第11話 くれぐれも、サボっちゃダメですよ!

 かつてこの世界は、お菓子だけの世界ではなく、食べ物の世界だった。

 原理は同じだが幸福感に溢れても、この世界の住民は角砂糖になってしまうことはなかったのだ。

 

 しかし三十年前、この世界に魔女が現れた。

 魔女王マリアン・ワーネット。 勘違いしてる人が多かったかもしれないですが、魔王は女性です。

 ディアも資料を見ながらずっこけそうになっていました。 魔女王→略して魔王ですよ。

 

 魔王ワーネットは甘いものが好きだった、そしてそんな彼女はある日、とてつもない力を手にしてしまう。

 おそらくこの力は、悪魔が彼女をそそのかして与えた物だ。

 そしてその力を使ってこの世界を作り変えた。

 

 「私はパンなんかよりも、お菓子が食べたいのよ!」その一言と共に、この世界はお菓子が大量に造られる世界になってしまった。

 

 お菓子の時代が始まり、人々の体には異変が生じ始めた。

 過剰な糖分を摂取したことにより脳が溶け、体の成分が砂糖に変わってしまい、最後には角砂糖になってしまう。

 

 糖晶病【とうしょうびょう】という呪いが蔓延し始めたのだ。

 砂糖の塊になってしまった住民たちは、魔王ワーネットのアフタヌーンティーに溶かされてしまう。

 現在の魔王ワーネットは、世界のことわりすら変えるほどの力を持っている。

 

 さっきディアの話を聞くまでは、なぜこんなに強い力を持っているのだろうか? と疑問に思っていたりもした。

 恥ずかしい話この世界の設定がぶっ飛びすぎてて、考えたとしてもまあそういうものか? と水に流してしまっていた。

 

 冷静に考えればすぐわかる。 魔王が絶対的な力を持っているのは、悪魔が関与しているからで間違いない。

 私たち権天使の仕事は降臨者の監視で、悪魔の捜索ではない。

 

 そっちの仕事は我々よりも上の階級の天使、中級天使の仕事になってくる。

 言い訳がしたいわけではない、私よりも上の立場にいた天使ですら気が付かなかったことに、たった数時間で気がついたディアを心から尊敬しているのだ。

 

 さっきの一件から、私は彼女を見習いだなんて思うのはやめることにした。

 先輩とか後輩とかもはや関係ない、自分より優れている相手を尊敬できないと、自分は一生未熟なまま成長することなんてできないからだ。

 

 尊敬するディアの期待に応えるため、私は悪魔疑いのあるアイシスとコレットから一時たりとも目を逸らすわけにはいかない!

 常に監視の手を緩めぬまま、数日が経った。

 

 アイシスとコレットには怪しい動きは見られない。

 王城に着いた二人は普通に地下牢獄へ行き、捕らえた幹部たちを幽閉した。

 そしてそのまま王城を出ていき、玲照くんが向かっている魔王城へと足を進めていく。

 

 ………おかしい。

 

 この数日間、監視の手を緩めていなかったにも関わらず、あの二人は尻尾を見せなかったのだ。

 もしかして勘違い?

 

 そう思った瞬間、背後から悲鳴が響き渡る。

 王城から離れる二人を見ていたため、私の背後にあったのはもちろん王城。

 慌てて何が起きているのかを確認しようと振り返った瞬間、足元からチョコレートの味が染み渡って来るのを感じた。

 

 コクのある甘さが脳を直接揺さぶってくる。 チョコレートの甘さに浸りそうになってしまったが、すぐ我に帰り、慌てて飛び上がる。

 上空から下を見ると、私が立っていた場所が一面チョコに覆われている。

 

 そしてすぐさまバニラアイスの巨人が目の前に現れた。

 大きさの割に動きが早く、かわすのは不可能だろう。

 巨大な拳が振り下ろされる前に、念のため持ってきていた天使の弓矢でバニラアイスの巨人を射抜いた。

 

 本来天使の弓矢は降臨者を強化する物。 だが緊急時でもあり、天使の力を封印されている私にとっては強力な武器になってくれる。

 一瞬の攻防の中、上空を飛び回って周囲の状況を把握しようとする。 すると、巨人の足元に、二人の人影を確認できた。

 

「今のに反応すんのかよ。 さすが天使だな? せっかくだからこの世界の力でねじ伏せようとしたけど、多分無理くさいな」

「翼の数から仮定して、おそらく権天使でしょうか? 厄介極まりないですね。 先日の一件で、ただの間抜けかと思っておりましたが………。 あの動きを見る限り一筋縄では行かないでしょう。 牢獄から解放した幹部たちも、天使の対処にあたらせましょうか?」

「いいや、最悪こいつは足止めでいい。 そこら辺の実力者じゃ歯が立たないだろうな。 おそらくアタイら以外は足止めすらできねえだろう。 とっとと王城を制圧させろ」

 

 悠長に会話をしながらチョコとバニラのコンビネーション攻撃をしてくるアイシスとコレット。

 二人の動きには不審な点がなかった、だからこそ出し抜かれたのだろうか。

 

 おそらく王城内に彼女たち以外の協力者がいたのだろう、彼女たちだけを監視していたせいでその協力者の存在に気づけなかった。

 後手に回ってしまった私は一瞬の隙を突かれ、先制攻撃をされてしまっている。

 

 マシュマロやイチゴをチョコで包み、チョコでフォンデュした食材の流星群と、吹雪のようなバニラアイスの冷気が同時に襲いかかってくる。

 攻撃範囲が広いバニラの吹雪と、甘さの破壊力が尋常じゃないチョコフォンデュの大砲。 かわしきるのは容易ではないだろう。 私以外の天使なら………

 

 私の飛行速度はそこらの天使とは比べ物にならない、速さを活かして雨のように降り注ぐ攻撃をかわし続ける事はかろうじでできる。 少しジリ貧だが。

 しかしこれは喜ぶべきかもしれない。 相手が悪魔じゃなかったにしても、私を直接仕末しようとした。 公務執行妨害を適用し、余裕で刑を執行できる。

 

 尻尾を見せた以上、すぐに対処したいのだが、かなり戦い方がうまいし狡猾だ。

 絶妙に私が反撃できないように攻撃を仕掛けてきている。

 迂闊に攻撃を喰らえば脳を溶かされかねない。 だがこのまま反撃できずに回避をし続ければ王城が陥落してしまう。

 

 それでは本末転倒だ、玲照くんが魔王を倒しても王城が幹部に制圧されてしまったら意味がない。

 おそらく真面目な玲照くんは、王城が陥落したという事実に絶望してしまう。

 

 いくら真面目な子でも、弱みを見せればこの悪魔たちは容易に第二の魔王を作り上げてしまうだろう。

 一刻も早い悪魔退治が望まれる。

 渋面を作りながら照覧の間の部下に連絡を試みる。

 

「照覧の間、聞こえますか? ファジエルです。 パティシエルで悪魔と遭遇しました! テレシール様へ連絡を!」

(え? ええ! 悪魔と遭遇してしまったんですか? 突然すぎますよ!)

 

 照覧の間にいたベリシュロンはかなり慌てていた、私たちの行動を監視してサポートしてるはずなのだが………やはりさぼってたな?

 

「奇襲されたのです、突然すぎても仕方がないでしょう? とりあえず、現在悪魔二人と交戦中です。 悪魔の相手は権天使の仕事ではありません、至急応援要請をお願いします!」

(どどど、どうしましょうファジエル様! テレシール様はグルーミー銀河に出張中でして、今はアストロン様しかいらっしゃらないんです………)

 

 マジかよ。 テレシール様はおそらく光の回廊を使ったグルーミー銀河で後処理しているのだろう。

 だとしてもアストロンは私と同じ権天使で同期だ。 同じ下級天使に応援要請しても全く意味がない。

 しかもあいつ、ちゃらんぽらんだから頼りにならない。

 

「仕方ないですね、テレシール様が帰ったらすぐに報告しておいて下さい。 根性でなんとかしてみます。 くれぐれも、サボっちゃダメですよ!」

(あ、はい! かしこまりました! って、えっ? 悪魔二人いるんですよね? 大丈夫なんですか!)

 

 心配するならちゃんとしてくれ、と思いながら、ディアにも連絡を取りたいので一方的に通信を切る。

 照覧の間と通信している間も、イチゴやオレンジをフォンデュしたチョコの砲弾や、バニラアイスの吹雪による連携攻撃が降り注いでいた。

 

 私は持ち前の飛行テクニックを駆使し、何食わぬ顔で全てをかわす。

 かわし続けるのも時間の問題だろうか、攻撃手段は未だこの世界での力。

 悪魔本来の力を出されたら少し自信がない。

 

「すばしっこいやつだね、もういい! 本来の力で捻り潰すよ! アディスペリウス! いくぞ!」

 

 もしや私の心の嘆きが伝わってしまったのだろうか? 早速とばかりに悪魔の力を解放しようとする二人。

 コレットちゃんがスパイのように、顔の皮を捲った。

 

 容姿は大して変わりなかったが、頭には細く湾曲した角が生えており、背には小さな蝙蝠のような翼、トカゲのような黒い尻尾を腰の辺りから伸ばしていた。

 その姿を見て青ざめる。

 

「げ! まさか中級悪魔ですか!」

 

 隣にいたアイシスちゃんも同じように顔の皮を捲ると、頭頂部から後ろに向かって伸びているヤギのような巻角と、カラスのような翼、そして細いネズミのような尾を生やした本来の姿をあらわにする。

 

 人型で角、翼、尻尾の三種類しか異形の姿をしていないという事は、下級悪魔でないことが判明してしまった。

 階級の見分けはその外見で決まる。 天使の場合は翼の数で見分けるが、悪魔の場合人型に近ければ近いほど階級が上という事になる。

 想定していた最悪の状況ばかり続き、さすがに胃が痛くなりそうだ。

 

「下界序列第伍階級、カスポルフだ。 お前の予想通り、中級悪魔だぜ」

 

 コレットだったはずの褐色の悪魔が名乗りを上げ、手のひらの上で黒紫の炎を燃え上がらせた。

 

「同じく下界序列第伍階級。 アディスペリウスと申します。 死の国に私の名前を持ち帰っていただきますね?」

 

 さっきまでアイシスだった白肌の悪魔は、大きな氷柱を体の周りに浮遊させ、嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 流石に中級悪魔が二人となると、無傷で帰るのはきついかもしれない。

 

 悪魔の場合天使とは別で、数字が大きければ大きいほど階級が上がる。

 どちらにせよ第伍階級となるとかなり上の階級に位置している。

 私は梅干しのように顔をクシャリと歪めながら、ディアに念話を飛ばした。

 

「ディアちゃんごめんなさい。 あなたの予想通り、あの二人は悪魔でした。 しかも中級悪魔です。 不覚にも見つかってしまい、これから戦闘になります」

(中級悪魔ですか? すぐにテレシール様に連絡を………)

「しようとしたんですけどね、今天界にいないみたいなんですよ。 多分グルーミー銀河で光の回廊使用後の後処理をしています」

 

 私の念話に対し、何してんですか使えない腹黒天使ですね! とか言ってガヤガヤと文句を言い始めるディア。 テレシール様に聞かれたらマジでやばいと思うが、今はそんな流暢なこと言ってられない。

 

(ファー先輩! やむおえません、すぐに撤退を………)

「あ、いえ。 ちょっと無理しますけどなんとかできそうなんで、ディアはそのまま玲照くんの監視してて下さい。 その代わり私は今から音信不通になりますが、どうかお気になさらず」

(は? え? ちょっと! 待って下さい先輩! ちょっと! 応答し………)

 

 やかましいので通信を切る私。

 通信している最中も、悪魔二人は私に向かって黒紫の炎で作られた龍を飛ばしてきたり、氷柱をマシンガンのように連射してきてたりしていたのだが、私は器用に全て避けていた。

 

「なんで当たらない! あいつほんとに権天使かよ!」

「飛行テクニックが尋常じゃないですね。 追い込もうとしてもひらりとかわされる! 忌々しいわね!」

 

 額に汗を浮かべながら苦言を吐くカスポルフと、そんな彼女に愚痴を吐くアディスペリウス。

 さて、ちょっと気は進まないけど本気を出さないと死んでしまいそうなので………

 この機会を利用して、ディアにいいところを見せよう思います!

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