第8話 手元に資料がないのでわかりません

「ついていけね〜」

 

 ディアが燃え尽きたような顔で文句を吐き捨てる。 まあ気持ちは分からないでもない。

 

「そう言わないで? ここは少しおかしな世界だから」

「お菓子だけに? かぁ〜! ファー先輩は相変わらずギャグセンスゼロっすねぇ!」

「誰もギャグで言ったわけじゃないわよ! なんなのよもう!」

 

 声でかいっすよ! などと言いながら口元を緩ませるディア。 この子は本当に私のことを馬鹿にしすぎだ!

 

「それにしてもなんなんすかこの世界。 このサンダルの感触とか、空気の甘ったるい匂いとか。 もう胸焼けしそうっすよ。 早く帰りたい」

「何言ってるのよ! まだ来たばかりでしょう? そもそもあなたがこの星に行くって言い出したんじゃない! でもまあ今の戦い見たでしょ、玲照くんにはなんの心配も………」

「甘い! 甘すぎるっすよファー先輩! お菓子の惑星だけにね! なんちって、うしゃしゃしゃしゃ!」

 

 一人で冗談を言い、一人で笑い始める可哀想なディア。 私の呆れたような視線を受け、ディアは居心地悪そうに体を揺らしながらさっき玲照くんが倒した幹部に視線を送る。

 キャンディちゃんの飴細工で体をガチガチに固定されている二人は、抵抗するのを諦めていた。

 

「問題点はあのハーレムキザ野郎じゃないっす。 つーかあのヒロインといい幹部といい、決め台詞ダサすぎっすよ。 なんすか? 私のお尻はプリンプリンって」

「だってあの子、スタイルすごくいいじゃない。 それに比べて………………」

 

 私は無言でディアの胸元に視線を落とす。

 

「何か言いたいことでもあるんすか?」

「いいや、別になんでもないわよ?」

 

 ディアの声が少し低くなっていたので、私は何も言わずに玲照くんたちに視線を戻した。

 

「それで? 問題点って何?」

 

 私が問いかけると、ディアは何も答えずに悪人面で口角を上げた。

 

「まあ黙って聞いててくださいよ」

 

 私は首を傾げながら玲照くんたちの会話に耳を傾ける。

 

「これでようやく幹部を全員捕まえたな!」

「後は魔王ワーネットだけですね。 捕まえたプリディン令嬢とカラメールはあたしが王城まで連行しますわ!」

 

 自ら率先して捕虜を連行しようとしているのはヒロインであるヴァニーラ・アイシス。

 雪のように真っ白な長い髪とまつ毛、人懐っこそうな淡黄色の瞳。 上品な白と黄色を基調としたドレスを纏っている。

 彼女は糖力をバニラアイスに変換して戦う。 彼女が作り出すバニラアイスは濃厚な上に攻撃範囲も広いため、かなりの強者なのだ。

 

「いつも助かるよアイシス。 でも、一人だと心配だ。 いつも通り、誰かと二人で連行してもらいたいんだけど………」

「なんならアタイが付き添うよ。 二人なら安心だろ?」

 

 心配そうな玲照くんの肩に手を置いたのはチョー・コレット。

 褐色肌に葡萄酒色の髪を団子にまとめたつり目の女性。 きつそうな印象だが表情豊かで周りからの信頼も厚い。

 かなりの薄着で丈の短い真っ赤なジャケットにキャミソールとショートパンツ。 かなりスポーティな服装で、キャミソールの下からヘソがチラチラ見えている。

 

 彼女が操るのはチョコレートだ、基本的に飛び道具にチョコを纏わせたフォンデュ戦法を使い、液体状に溶かしたチョコレートで相手の味覚と嗅覚を虜にする。

 

「コレットが一緒にいてくれるなら安心だね。 いつも二人にばかり任せていてすまないね。 僕はプリングカスタで準備を整えたら魔王城に向かうよ。 君たちも幹部を連行した後余裕があったら助けに来てほしい。 おそらく最後の戦いになる。 総力戦になれば、一筋縄にはいかないからね」

 

 玲照くんが優しい笑顔で語りかけると、コレットちゃんはモジモジしながらそっぽを向いた。

 

「い、言われなくても、すぐ駆けつけるさ! お前を放っておくのは心配だからな!」

「そうですわね、玲照様は意外とおっちょこちょいなところもありますから」

 

 アイシスちゃんが上品に微笑むと、玲照くんたちは控えめに笑い出した。

 

「いつもアイシスやコレットばかりに連行をお願いしていて本当にすまないね。 面倒な仕事をいつも率先してくれてありがとう」

「気にしないでくださいませ。 むしろ、いつも幹部との戦いをあなたにお任せしてしまい申し訳ありません」

 

 深々と頭を下げたアイシスちゃんを見て、困ったような顔をする玲照くん。

 そんな光景を遠目に見ながら、再度首を傾ける私。

 

「普通に大丈夫そうじゃないですか」

「はぁ? バカっすか先輩! あなたの目は節穴ですか! 今まであのクソハーレム野郎のこと無駄に長時間監視してたんでしょ? ストーカーみたいに!」

 

 ストーカーとは失礼な! と熱り立ちながら口をへの字に歪める。

 だがディアは信じられないものを見るような視線で私を凝視してくる。

 

「え? 本当になんの違和感も感じなかったんですか? うち、資料見てただけで気づきましたよ?」

 

 ディアは先ほどのやりとりで、嫌な予感が確信に変わったと主張したいようだ。 しかし改めて考えても、玲照くんたちのやりとりには全く違和感を感じなかった。

 捕虜をそのまま街に放置した方がいいと言いたいのか? それともこの場で命を奪い、角砂糖にしてしまうべきだと言いたいのか?

 

 流石に命を奪うような方法は肯定できない。 魔王軍は今まで罪もない人間たちを苦しめ続けたが、簡単に命を奪うような事は非常に良くない。

 適正な罰を与えるために、捕虜とすることになんの問題があるのだろうか?

 

「あ〜。 言っておきますけど、あの幹部の命を奪えだなんて非情なことは言わないっすよ? うちが言ってるのはあのヒロイン二人の発言です。 白いのと赤ワインみたいな色の二人」

 

 ディアが眉を歪めながら二人を指差していた。 ますます意味がわからない。

 もう、考えてもわからないので直接教えてもらいたい、じれったくなってきたし。

 

「もったえぶってないで教えてくださいよ」

「ヒントをあげましょう! 幹部を倒すたびに捕虜を連行したメンバーを思い出すことです」

 

 人差し指を立てながら可愛らしくウインクしてみせるディア。

 けれど幹部の連行は今まで五回、今回も合わせれば六回だ。 そんなにたくさん覚えているわけがない。

 

「手元に資料がないのでわかりません」

「はぁぁぁぁぁ? ファー先輩はほんっとうにポンコツっすね! そういう記録は資料頼りじゃなくて頭にしっかり入れとかないとダメっしょ! 超重要でしょうが!」

「何よ! 自分が頭いいからってお高く止まっちゃって! 先輩に向かってポンコツポンコツって! 無礼よ無礼! このまな板娘!」

 

 ポンコツ発言に怒った私は、ディアの胸を引っ叩く。

 するとディアは、きゃあ! っと悲鳴を上げながら涙目でにじり寄ってきた。

 

「人が気にしてることをよくも言ってくれましたね! レディのおっぱいを叩くなんて! セクハラですよセクハラ! 胸が縮んじゃったらどう責任取るんですか!」

「縮む胸ないでしょうが! まな板が縮んでもまな板にしかなりません〜だ!」

 

 掴みかかろうとしてきたディアの手を掴み返し、両手を組みながら歯を食いしばって睨み合う私たち。

 バチバチと火花を散らしていると、隠れていた岩陰の方に足音が近づいてきている事に気がついた。

 

「誰かそこにいるのか! 魔王軍の残党かい? 十数える前に出てこい! 十、九——」

 

 喧嘩がヒートアップしすぎて声が聞こえてしまったらしい。 玲照くんが岩の前でどっしりと腕を組み、カウントダウンを始めてしまった。

 さっきまでバチバチに喧嘩していたとは思えないほどの速度でひっつきあう私たち。

 

「どどど、どうしましょう! ディアがひどいこと言うから………………」

「なんで私のせいにするんですか! そんなことよりここは羽衣の能力で村娘に変装するしかないですよ!」

 

 顔を青ざめさせながらうなづき合う私たち。

 こんな調子でこの先やっていけるのか心配になりながら、私たちは素早く変装し始めた。

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