第7話 この人たち一体何してるんですか?

 私は今、広大な宇宙空間を一人滑空している。

 初めはディアと二人だったのだが、彼女は思った以上に飛行速度が遅すぎた。 キャンナイク派出所から数分間はディアの速度に合わせて飛んんでいたのだが、うちのことはいいから早く向かっちゃって下さい! などと言われたため、現在は単騎で全力飛翔している。

 

 流れ星のように宇宙空間を翼で切り裂きながら、ディアが慌てている理由を熟考してみる。 あの世界にこれといった不審点はないように思えた。

 麻向玲照くんは真面目な降臨者のため、神様から授かった力を乱用することはないだろう。 その上現在は魔王軍を、あと一歩のところまで追い込んでいるし、負けそうな予感もない。

 

 彼が戦う世界、パティシエルは現在、全てがお菓子でできている。

 意味がわからないだろう、私も初めて見た時は顎が外れんばかりに驚いた。

 大地は固めたココアパウダーやチョコパウダー、他にもサクサクのチョコクッキーやスポンジケーキでできており、クッキーでできた木にはマーブルチョコレートやモコモコのカップケーキが生っている。

 

 整備された道はモナカや水飴で舗装され、雲は綿飴で構成されている。 吹き荒ぶ風はほんのりチョコレートの香りだ。

 胸焼けしてしまいそうな混沌とした世界だが、その世界の住人は全銀河を見ても特殊な体質で構成されている。

 

 全身の皮膚に味覚があるのだ。

 戦闘の際は自らが秘める糖力をお菓子に変えて戦闘を行う。 その糖力の総数を糖度と呼んでいる。 おそらくとっつきづらいので、糖力は魔力や気力などと同じだと捉えていいだろう。

 

 戦闘時は糖力をお菓子に変換させて、相手の皮膚についている味覚を刺激する。 一定以上の旨味、甘味、幸福感を感じた人間は脳が甘さでとろけてしまい、限界値を超えると角砂糖になってしまうのだ。

 

 何を言っているのか分からないだろうか? 私もいまだに意味不明だ。

 初めて映像版を見た時、玲照くんが魔王軍幹部をチョコのお菓子で倒していて、その瞬間から原理とか常識とかを詳しく考えたり考察することを諦めた。

 玲照くんが引き連れている五人のヒロインもかなりの強者らしく、かなり美味しいお菓子を作り出せるようだ。

 

 この世界のことをおさらいしている間に、パティシエルが見えてきた。

 ピンクや黄色などで形作られた、パステルカラーで歪な形の惑星。 キラキラとベッコウのように光る惑星リングに囲われた、高級菓子店で盛り付けられた芸術品のような惑星だ。

 

 私が今回持参したのは天使が常に携帯している三種の神器。

 天使の首飾り、照覧の間で私たちの動きをサポートしているベリシュロンと通信できるのと、私がいる場所を常に知らせることができる。

 他にも光の屈折を利用したりして私たちの存在を見えずらくすることもできる。 私たちはこの機能をステルスと呼んでいる。

 ちなみにこの二つの能力は同時に発動できない。 ステルス機能を使ってる時はベリシュロンと通信できなくなってしまうのだ。

 

 天使の羽衣、先述した通り、ありとあらゆる世界の法則に従って、その世界で普通に生活できるよう体の組織を作り替えてくれる。 天使だとバレないよう変装するときなんかもこの羽衣の力を使う。

 こちらは同時使用可能だ。 変装しながらも世界のことわりに合わせて体質を変えられる。

 

 最後に天使の弓矢、これは我々の武装にもなるのだが、もう一つ重要な力がある。 この弓矢で味方を射た場合、全世界共有の力を暴発させることができる。

 少し恥ずかしいが、あえて口にしてしまおう「愛の力」だ。

 

 我々天使が降臨者のヒロインを確認したり、ヒロインがいない降臨者はヒロインと遭遇できるよう根回ししているのは、この天使の弓矢で付与するバフ(愛の力)を効率よく発動させるためだ。

 愛の力さえ芽生えるのなら同性でも構わないのだが、お互いの愛が深ければ深いほどこの天使の弓矢は強力になる。

 

 自分で言ってて恥ずかしいのだが、事実である。

 注意するとすれば、味方にバフをかける際は弓矢の先についてる鏃をひっくり返してハート型にしないといけない。 じゃないと味方を撃ち抜いてしまう。

 

 指差し確認してこの三つを持っていることは確認済み。 しかし今の私は変装していないため、頭上に天使の輪がついているし、背中からは白鷺のような一対の羽根が生えている。

 天使の輪からは御光が滲み、神々しいオーラを溢れさせている。

 

 羽衣で隠すこともできるが、我々天使は翼や輪を隠してしまうと力が半減する。

 そのため降臨者やその世界の住人と接触するとき以外は首飾りの力だけで潜伏し、輪と羽根は隠さないのだ。

 私の到着は思った以上に早く、玲照くんは魔王軍幹部が占領していた【プリングカスタ】という街に向かっている最中だった。

 

 まだ街に到着するまで時間があるため、私は街の正門に向かう。

 空から街の様子を確認したのだが、この街は魔王軍に占領されているため兵士がそこらじゅうを警備している。

 鼠一匹入る隙間もない万全な監視体制。

 私は今までの経験上、玲照くんは正面から突破すると考えている。 というかこの警備の状況を見る限り小細工は効かない。 正面突破以外方法はないだろう。

 

 玲照くんを待つ間、正門近くにあるスコーンのような岩の影に隠れる。 というかこれは抹茶味のスコーンだ。

 私の体は現在、羽衣のせいでこの世界のことわりに準じて全身の皮膚に味覚が発生している。

 岩に触れた手の平から抹茶の風味が全身を駆け巡り、体の水分が奪われるような感覚と共に両手の平にサクサクとした触感が伝わってくる。

 

 手の平に作られた味覚が岩や大地の味を常に体に伝えてくるが、食べているわけではないのでお腹は膨らまない。

 全身に味覚ができてることを失念していた私は、ここに到着したと同時にサンダルから金属の味が伝わってきて気持ち悪かった。 銀匙をなぶっているような錯覚が嫌で早々にサンダルは脱いでおいた。 裸足である。

 

 足の裏からはココアパウダーの味が伝わってきているため、この辺りの大地はココアパウダーを固めてできているのだろう。

 ココアパウダーの大地と抹茶スコーンの岩、同時に触れているため、体内の水分が大量に持っていかれている気がする。 待ってる間にこの奇妙な感覚になれなければ。

 現在は岩陰に隠れた状態で首飾りの力を使い、姿を見えずらくしているのだが………

 

 念のため、岩陰から身を乗り出し魔王軍兵士の前で手を振ったりしてちゃんと潜伏できていることを確認する。

 ずっと観察していると、魔王軍兵士はたまたま手を振っている私の方に視線を送ったのだが反応なし、首飾りはしっかりと稼働している確認が取れた。

 

 警備している兵士たちの武装は全身ビスケットを加工した物だ、武器はチョコレイ刀やかりん刀。 これはこの世界によくある標準装備だ。

 装備自体は大して強そうではないが、油断は禁物だ! どこに強者が隠れているか分からない。

 私はテレシール様に怒られないよう、一挙手一投足を慎重に運ぶ癖がついているのだ!

 

 首飾りの発動確認ができてから数分後、玲照くんたちが街の正門にたどり着いた。

 今回も玲照くんはビスケッ刀を装備していた。 彼の能力とヒロインが作り出すお菓子の都合上、戦闘の際はこのビスケッ刀が一番強い。

 

 玲照くんがヒロイン五人と共に正面から歩いてきたのを確認した兵士たちは、慌ててフエラムネを鳴らす。

 甲高いフエラムネの音を聞きつけた魔王軍の兵士たちがゾロゾロと正門に駆けつけてきた。

 その数五十、その数を見て玲照くんは真剣な顔でビスケッ刀を抜いた。

 

「君たちを倒せば後は魔王ワーネットだけだ! 大人しく甘々の夢に浸り、幸福感にさいなまれてもらうよ!」

「く! 勇者玲照め! 我々がここで貴様の脳をとろけさせてやる!」

 

 字面がおかしいが、彼らは真面目だ。 勘違いしないで欲しい、本当にふざけてなどいないのだ。

 

「玲照! あなたは幹部との戦いまで温存しなさい! ここは私一人で十分よ!」

 

 ヒロインの一人、キャン・ディアが意気揚々と前に出た。

 わたしたちの観察に基づけば、彼女がメインヒロイン。 一番最初に出会って魔王を一緒に倒そうと誓った女の子だ。

 

 巨大な棒を二本背負っていて、カラフルで色鮮やかな配色のツインテールが特徴的。 桃色、水色、黄色、翠色、白色などのパステルカラーを基本とした太い毛束が何本も交わっており、毛先はクセが強く螺旋状にカールしている。

 

 髪の配色とは裏腹に、衣装は和風だ。 ショートパンツの上には法被を羽織り、胸部と腹部を包帯で覆っている。 さらには足袋を履いているため、お祭りを楽しむヤンチャ娘のような印象を与えてくる。

 可愛らしい見た目に反して、口調は男勝りなところがあり、少しミスマッチ感がある。

 

「キュートでポップな職人芸! 子供心に雨あられ! あめんぼ赤いのあいうえお!」

 

 これがキャン・ディアちゃんが繰り出す必殺技の呪文。 この子の名前はディアのニックネームとかぶっているため、なんと略そうか考えている私の前に巨大な七色の塊が出現する。

 キャン・ディアちゃんは背負っていた二本の棒を取り出し、その塊に突き刺した。

 

「やばい! あいつを止めろ!」

「飴細工ハッピーホリデーが始まるぞ!」

 

 彼女の必殺技【飴細工ハッピーホリデー】様々な形の飴細工を作り出して自在に操る技だ。

 キャン・ディアちゃんの作り出すお菓子は、その名の通り飴だ。

 

 彼女は背負った二本の棒で飴の塊を変幻自在に操り、様々なものを作り出す。

 体全体を大胆に使い、突き刺した二本の棒を踊るように動かしながら様々な動物を形作って行く。 そして作り出した動物たちを、腰につけたハサミで切り離す。 飴でできた鶴や虎、龍や狐は魂を持った生き物のように兵士たちに次々と襲いかかっていく。

 ちなみにハサミも棒も、べっこう飴でできている。 なぜだか分からないが切れ味抜群だ。

 

「な、なんて甘酸っぱさだぁ!」

「の、脳が! とろけてしまうぅ!」

 

 動物たちが体当たりや巻きつき攻撃を仕掛けていくと、兵士たちは目をトロンとさせながら次々と膝をついていく。

 

「キャンディ! やりすぎたらみんな角砂糖になってしまう! ほどほどにしておくんだぞ!」

「わかってるわよ玲照! くらえ! 金太郎連斬!」

 

 玲照くんはキャンディちゃんと呼んでいるのか、ならば私もそう呼ぼう。

 キャン・ディアもとい、キャンディちゃんが細長い飴を作り出し、その飴を等間隔で切りながら兵士に弾丸のような速さで投げていくと、兵士たちは次々と目をトロトロにさせた。

 

 キャンディちゃんはヒロインたちの中で最も応用の効く戦闘方法を持っているため、攻撃も防御も彼女には弱点といった弱点がない。 しかし、相手が幹部クラスとなると実力は危ぶまれてしまう。

 

「オーホッホッホッホッホ! よくも私たちの子犬たちをとろけさせてくれたわね?」

 

 聞きなれない声の高笑いが鳴り響き、玲照くんとキャンディちゃんは渋面を浮かべながら視線を彷徨わせた。

 

「この声は! プリディン令嬢! って事は執事の兄さ……… カラメールも一緒かもしれないっしょ!」

 

 別のヒロインが声を上げると、正門の方から二人の男女が優雅な足取りで歩いてきた。

 

「お遊びはここまでよ? ここからはこの子犬たちじゃなくて、私たち二人が相手をしてあげるわ!」

「プリディン様? 私の準備は整っております」

 

 執事のカラメール、玲照くんのヒロインの中に妹がいたらしい。

 珈琲色のタキシード、黒髪をきっちりと七三分けしたダンディーな容姿の男性が、隣を歩いていた貴賓あふれる令嬢に恭しく頭を下げる。

 貴賓あふれる令嬢は、プルプルとした肌で凹凸のはっきりした色気のある体型。 体のラインを綺麗に見せるハイウエストのドレスには、卵の殻を砕いて散りばめたようなデザインが施されていた。

 

 髪色はツートーンになっており、根本から前髪までは黒糖色、毛先は卵黄色をしていて、ふんわりと丸みのあるボブカット。

 カラメールの言葉を聞いたプリディン令嬢は真っ赤な口紅を歪め、丸々とした可愛らしい瞳を満足そうに細めながら、天高く手をかざした。

 

「私のお尻はプリンプリン。 あなたの希望はここでプッチン! 落ちよ! プッチンプリンメテオ!」

 

 プチン! という音が響いたと同時に、上空に巨大な黄色い塊が出現する。

 それを確認したカラメールはその黄色い塊に手をかざした。

 

「ほろ苦い気持ちをトッピング。 甘い夢と共に、からから絡めてカラメール。 カラメルソースビーム!」

 

 男性がかざした掌から、黒くねっとりとした液体が噴射されていく。

 砂糖を焦がしたようなほろ苦い香りと、卵を蒸したような香ばしい香りが胃を刺激し、私のお腹がきゅるりと反応を示した。

 

「………………ファー先輩。 この人たち一体何してるんですか?」

「魔王軍最後の幹部、プディング令嬢と執事のカラメール。 この二人のプッチンプリンカラメールメテオは凶悪な技なのよ! というか、ディア? いつの間に来ていたの?」

「たった今来たばっかですよ。 先輩、飛ぶのクッソ早いっすね。 で? この意味不明な戦いはなんなんです?」

 

 正門の方からはギャアギャア悲鳴が聞こえてきているが、ディアは年老いた老婆のような無気力な瞳で戦いの光景を眺めていた。

 そんな彼女にこの世界のことを説明したのだが………

 

 説明の最中、てんやわんやになっていた戦場から、突然白い粉が吹き飛んできた。

 突風が吹き荒れ、粉を全身に喰らいながら、私たちは腕で顔を覆う。

 

「うわぁ! しょっぱ! なんすかこれ! この世界は糖力が重要って言ってたっすよね?」

「し! 声がでかいわよ! そうよ、この世界では糖度の高さが勝敗を分ける。 けれど純粋な糖度だけでは幸福感を満たせない。 だからこそ、玲照くんが作る物はかなり強いのよ!」

 

 ディアにこの世界の説明をしてる間に、プリンの海になってしまっていた戦場には色とりどりの彩色が施された、小さな飴の城が出来あがっていた。

 降り注ぐプリンから身を守るため、キャンディちゃんが慌てて作ったのだ。

 七色の城の頂上で、玲照くんがビスケッ刀をかざしながら白い粉を噴射させている。

 

「知ってたかいプディング令嬢! 甘さの化学反応、それはほのかな塩味が引き起こすんだ。 対比効果を利用して甘みを一層際立たせる、科学的根拠を応用したスイーツの革命。 この味こそが至宝!」

 

 真剣な顔つきでビスケッ刀をプディング令嬢に向ける玲照くん。

 

「今のって、塩と至宝で韻踏んでたりします? マジさっむ」

「ディア、この世界ではつっこんでいいタイミングと、つっこんではダメなタイミングがあるの。 今のは後者よ」

 

 呆れたような表情で顔を見合わせる私たち。

 一方玲照くんたちの戦いはクライマックスを迎えていた。

 

「ああ! なんというしょっぱさ! こんなのお菓子ではないわ! 邪道よ邪道!」

「それはどうかなプディング令嬢! 今から君の脳は、僕たちが作り出す甘々のスイーツの味を体感し、脳がトロトロにとろけてしまう。 さあ、君の脳みそを………とろっとろにしてあげるよ?」

 

 玲照くんがウインクしながらビスケッ刀を振りかぶると、ヒロインの一人が振りかぶったビスケッ刀にチョコを纏わせる。

 

「ねぇディア! 今のウインクみた! すっごくかっこよかったわ!」

「ファー先輩の脳がとろとろにされてどうするんすか」

 

 私が興奮しながら声をかけたのに、ため息混じりにつぶやくディア。

 

「く! お嬢様! お逃げください! この塩味の直後にあのチョコビスケッ刀は………ぐぎゃあ!」

「ふふ、玲照特性の塩あめよ? 塩分たっぷり含んでるんだから」

 

 玲照くんに気を取られて油断していたのだろう。 キャンディちゃんがニヤリと笑いながらカラメールを飴の手錠で拘束していた。

 カラメールは突然の甘じょっぱさに驚いてけいれんしている。

 

「カラメール! おのれ! おのれ玲照ぅぅぅぅぅ!」

 

 悔しそうな顔で逃げようとするプディング令嬢の背中を、玲照くんのチョコビスケッ刀が一閃する。

 背中にチョコビスケッ刀が直撃したプディング令嬢は、うっとりとした顔で頬に両手を添え、幸せそうな顔で悶絶しながら意識を失った。

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