第5話 天使が降臨者にそんなこと言っちゃダメでしょ!
ディアーナフォン改め、ディアとの出会いは最低と言っても過言ではなかった。
ポンコツ呼ばわりされるし、ギャグを言ったつもりないのにつまらないギャグだとバカにされ、なぜこんな子が第七階級見習いに昇進したのかわからない。
自堕落すぎる! テレシール様に心をポキリと折られた私を見ながら、大爆笑とドーナツの咀嚼を交互にしているし!
「ファジエル。 言っておきますが彼女はかなり優秀なのよ?」
「テレシール様、天使ともあろうものが嘘をつくのはよくありません!」
とりあえず黙って聞きなさい、と言われながら頭を優しくこずかれる。
「まずこの子は危機察知能力が鋭いわ。 降臨者だけでなくその周りにいる人物の些細な会話や状況の変化を機敏に聞き分け、事前に危険を排除または降臨者にさりげなく伝える事ができるの。 かなり頭が回るし任務中はしっかりしているからポカはまず犯さない。 誰かさんと違ってね?」
心の傷を何度も抉ってくるテレシール様、未だにイージスの盾を無くした件を根に持っているようだ。
「だけどこの子の弱点はね、選り好みしてしまうことなのよ」
言葉の意味がわからず、私は首を傾げてしまった。
「まぁ一緒に仕事をすれば分かると思うわ。 とりあえずファジエルはこの子に色々と教えてあげなさい。 それと、管轄が広くなったんだから油断しないようにしなさいね? あとディアちゃん、ファジエルがポカやらかさないようにしっかりと見張ってちょうだいね?」
「うぃーっす! まっかせてくださ〜い」
新しいドーナツを咥えたまま、テレシール様に向かって気だるそうに手を振るディア。
「ちょっとディア! テレシール様に向かってその態度は何なの! 失礼でしょう! あのお方はいつも優しいけど怒ると怖いのよ! 超腹黒いんだから!」
「ファジエル? 反省室の床を針山に変えたいみたいね?」
口を滑らせた私は慌てて口を塞ぎ、目頭に涙を溜めながら振り返る。
いつも通り満面の笑み、だけど今日一番怖かった!
その後私がテレシール様に何度も平謝りする中、大爆笑するディアの笑い声が止むことは無かった。
▼
ディアと監視任務を初めて数時間が経った。
「ねぇねぇせんぱ〜い」
二人で監視をしていたのだが、ディアが突然気の抜けそうな声で話しかけてきた。
私は眉間にシワを寄せながら、何ですか? と返答する。
「こいつヒロイン五人いるんすか〜? ハーレム系降臨者かよ〜。 ………滅びろ!」
「ちょ! え? 何言ってるのあなた! 天使が降臨者にそんなこと言っちゃダメでしょ!」
急に般若面で映像版を蹴り始めたディアを慌てて止める。
「ファジエル様、その子さっきからハーレム系降臨者に文句つけてるんですよ」
あくびをしながら声をかけてくる子はベリシュロン。
白金色の髪をふんわりとしたボブにしていて、小動物のような愛くるしさをしているのだが、今彼女は横向きに寝そべって方肘で自分の頭を支えている。 まるで野球観戦しながらポップコーンを口に放り投げる親父だ。
いつも通りサボっているベリシュロンを横目に見て頭を抱える私をそっちのけにし、ディアの文句がヒートアップしていく。
「男っていつもそうなんですよ! 可愛い美少女
「そんなこと言っちゃダメでしょ! それにこの子は玲照くんって言ってね、すっごく心優しいしイケメンだし! 見ず知らずの人を命懸けで守るようなお人好しだしイケメンだし! ヒロインの子たち全員に言い寄られても『僕は君たちを仲間として尊敬しているんだ、特別扱いはできない!』とかっこよく言って、逆にヒロインの子たちを大切に扱っちゃうイケメンなのよ!」
私が玲照くんの素晴らしさを必死に伝えてディアを納得させようと試みる。
その様子を見ながらベリシュロンは大きなため息をついていた。
麻向 玲照(あざむか れてる)十七才の降臨者。 彼は不慮の事故で死んでしまい、神様の計らいで転移した。
彼が転移したのはお菓子の世界【パティシエル】
この世界は全てお菓子で構成されてる不思議すぎる世界であり、戦い方も非常に特殊だ。
元々はお菓子以外にもたくさんの食べ物があり、食べ物で構成されていた世界だったのだが、今は魔王の呪いでお菓子だけの世界になってしまっている。
ちなみに玲照くんは、純粋な上に超が付く程のお人好し。 人が良さすぎて誰かに騙されてしまわないか心配になってしまう。
そんな完璧とも言える性格の上に、彼はかなりのイケメンで薄桃色の短い髪をさわやかに整えた三白眼の美男子なのである。
私が必死に玲照くんの良さを伝えようとしたにもかかわらず、ディアは鬼のような形相で、この色ボケ天使がぁぁぁぁぁ! などと喚き散らした。
「ファー先輩! まさかこいつがイケメンだからちゃんと監視してないとかふざけたこと言わないですよね?」
「そんな事はありません、しょっちゅうこの子の事は見ていますよ? あ、勘違いしないで下さい! イケメンだから見てるわけではなく、仕事として! ちゃんと仕事として監視していますよ!」
「かぁ〜。 完全に脳内恋する乙女じゃないですか! そんなんだからこの前粕山葛雄が大暴れするまで問題点に気が付かなかったんじゃないんですか?」
さっきまでの気だるそうな雰囲気から一点、ガミガミとお説教される私。 というかちゃっかりファー先輩と略称されていた。
だがしかし、的を射ているお説教のため反論できず、なぜか流れるような動作で正座してしまった。
「こいつは念のため注意をツーランク上げて、監視強化してくださいね! 今は大丈夫かもしれませんが、また調子に乗って暴れ出すバカが出たら困るでしょう!」
こくりと頷き、素直に照覧日誌に記入する私。 あれ? 何で私が記入してるんだ?
「ちなみにこっちの降臨者は何ですか? 部下が暴走して世界征服しようとしてるじゃないですか!」
ディアは頬を膨らませながら別の映像版を指差した。
私はペンを止め、ディアの指先を目で追って降臨者が誰なのかを確認する。
「ああ、その子は大丈夫ですよ。 無闇な殺生を禁じていて、部下たちもそれをしっかり守っていますし。 世界征服って言葉は少し抵抗ありますが、もともとその世界は人種差別が酷くて………。 それをどうにかしたいから、一度世界征服して人々の意識を改めようとしているんです。 ちなみにベリシュロンはこの子を推してます」
「頭がいいし、少しクールなところがいいですよねぇ」
すかさずニマニマしながら相槌を打つベリシュロン。
その後この世界の詳細をベリシュロンが説明すると、ディアはふむふむと顎に手を添えながら唸り出した。
「確かに、言われてみればこの人は色ボケてないし賢い降臨者のようですね。 こういう降臨者は楽だし助かります。 素晴らしい降臨者ですね、ここの人員は減らしていいでしょう」
「さすがディアさんです! 話がよくわかりますね!
ベリシュロンの発言に対し、物申したいところではあるが、とりあえずディアに言われるまま照覧日誌に記載を——————って!
「何で私が秘書みたいになってるんですか!」
思わず日誌を投げ飛ばす私、しかしそんなことお構いなしに他の映像版を指差すディア。
「この降臨者、魔王の討伐そっちのけでヒロインたちとイチャコラし始めましたよ! っていうか、ちょっと待て! これは明らかに犯罪だろ! ギルティギルティギルティぃぃぃぃぃ!」
またもや狂ったように地団駄を踏み始めたディアに呆れながら、私も改めて映像版を見てみる。
三十代近くのお兄さんが、小さな背丈の少女たちと楽しそうに
「この方は昭条 愛流(しょうじょう めでる)さんですね。 ヒロインたちの背は低いですが、年齢はヒロインたちの方が上ですよ? 全員ドワーフやコロボックルですから」
「この世界は不思議なことに体積が小さければ小さいほど強くなるんですよ? だからこのヒロインたちもかなり強いです。 ちなみに一般人の平均身長は十三メーターですから、百五十センチに満たないこの子たちは一騎当千です」
「なんじゃその意味不明な世界! って、いやいや! そういう問題じゃないでしょ!
ディアは散々騒ぎ散らしていたが、この降臨者には魔王討伐を促すよう根回しをしている。
そのことを説明すると、ディアはぶつぶつと文句を言いながらまた監視に戻った。
結局、昭条愛流にはこれと言った対処はせず、しばらく様子を見ることになった。 その後もディアはかなりうるさかったが………
一緒に仕事を始めて数時間しか経っていないが、驚くことにディアはこのわずかな時間で降臨者たちの状況やヒロインの見分け、それから降臨者自身の性格や能力をしっかりと覚えていた。
その上ですぐさま今後の問題となることをいくつも連想し、あらかじめそういう問題が起きそうな状況になった時の対策をいくつも考案し始めたのだ。
恐ろしいほどの観察眼と予知能力、ハーレム系の降臨者にかなり当たりがきついが、それでも対応は完璧と言っていいだろう。
私の場合は問題点に気づく頃には既に事態が深刻化した状況だったりして、ベリシュロンと二人であたふたしながら急いで現地に駆けつけ、バレないように力ずくで対処するということの方が多かった。
テレシール様が言っていた通り、この子は相当優秀な子なのだろう。
だが! ずっとドーナツを食べてるし口が悪いし、ちゃっかり私をこき使っているところは良くないと思う!
こう言ったところはしっかりと教育していかなければいけない!
「ちょっとディア! あなたはいつまでドーナツ食べてるんですか! 今は仕事中ですよ!」
私のお説教を聞き、ディアは小さく息を吐きながら手に持っていた残りのドーナツを一口で平らげた。 食べるなと言ったばかりなのに!
しかしディアは、むすっとする私の顔を見ても顔色ひとつ変えず、リスのように頬を膨らましせたままペロリと口の周りについた食べかすを舐めとった。
「ファー先輩、うちは監視に重点を置いていましてね。 問題が発生したときに慌てて解決するより、その前の段階で対処する。 天使としてこの対処は理想だと思うんすよ」
神妙な
「監視の仕事は頭を使うんすよ。 つまり脳に糖分が足らなくなる。 だからうちはドーナツ食べながらだらけてるわけではなく、真剣に監視をするためにドーナツを食べているんすよ」
さっきまでと違い真剣な顔をしているディアを見て、私は自分が間違っていたことに気がついた。
「つまりあなたは———真面目に仕事をするために、ドーナツを食べていたのですか?」
「………はい」
「仕事に集中しすぎていたから、肩がはだけていることにも気がつかなかったと?」
「………………は、はい」
なんていい子なんだ! この子はとっても真面目な子だからこそ、周りから冷ややかな目を向けられても言い訳をせずにドーナツを食べ、周囲からどう思われようともただただ仕事に集中しながらドーナツを食べる芯の強い子だったのか!
「ごめんねディアちゃん! 私、まだまだあなたのことを何もわかっていなかったわ! あなたはとっても真面目でいい子なのね!」
「………ぷふっ」
ん? 今、笑ったのか?
ディアは私が親身に謝っているにも関わらず、口元に手を添え、肩を小刻みに揺らし始めた。
「うっしゃっしゃっしゃっしゃっっしゃ! ファー先輩ちょろすぎっしょ! 嘘に決まってんじゃないですか! う、うっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃ! なんで涙目で謝ってくるんすかぁ! 反応が純粋すぎて嘘つくのが申し訳なくなっちゃったっすよ! もう、こんな純粋だと、ファー先輩が悪魔に騙されないかが心配になっちゃうっすね〜」
腹を抱えながら大爆笑をするディア。
さっきから私、この子に弄ばれている気がするのだが………
さすがに先輩の威厳を見せなければ、このままでなめられてしまう!
「ディア、あなたって子は………あなたって子はぁぁぁぁぁ!」
威厳を見せたかったのだが、恥ずかしすぎて涙目になってしまった私は適当な言葉が浮かばす、子供のように喚き散らしながらディアのこめかみに拳をぐりぐりとめり込ませた。
ちなみに私はこの方法をぐりこの刑と読んでいる。 人によってはどんぐりとかうめぼしとも言うらしい。
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