第4話 お子ちゃまですかあなたは!

 テレシール様の後に続き、神殿の渡り廊下を歩いていく。 お説教されたばかりなので気まずい空気だ。

 そのため私は、特に言葉は発さず渡り廊下から外の景色をぼんやり眺めていた。

 

 天高くから差し込んでいる黄金の輝きが、天界の足元に広がる雲の絨毯を照らしている。

 そこかしこに大きな神殿が建てられていて、私の目に映るのは黄金の光を反射する雲と白亜色の神殿だけだ。

 いつもと変わらない天界の景色をぼんやり見ながら歩いていると、テレシール様が私を横目に見ていることに気がついた。

 

「あなたの弟子になる源天使は照覧の間に待機させているわ。 ベリシュロンの仕事を見て雰囲気に慣れてもらおうと思ってね」

「ベリシュロン、ちゃんと仕事していると嬉しいのですが………」

 

 照覧の間とは、天界から各世界に散らばった降臨者を監視するための部屋だ。

 部屋の中には半透明な硝子で作られた映像版が複数浮いており、それを覗き込めば私たちが担当している銀河で活動中の降臨者を二十四時間体制で見張ることができるのだ。

 

 常に私の直属の部下、ベリシュロンがこの照覧の間で監視の任務をしているため、見習いの子はその補佐についているようなのだが………

 ベリシュロンは私が見ていないと、お気に入りの降臨者を監視しながらニマニマしているのだ。

 要はサボり魔である。

 

「これから会う弟子の名前はディアーナフォン。 つい最近までフォスナッソ派出所の所長をしていたわ。 このフォスナッソ銀河は文明レベルが低かったから争いごととかが多かったけど、天使が介入するほど複雑な争いは起きてなかったの。 これからはここも管轄になるから詳しくは彼女に直接聞きなさい? 後、あなたが元々管轄していた二つの銀河は、あの子にとって少し刺激が強いかもしれないからしっかりと教育してあげるのよ」

 

 かしこまりました、と頷きながら、気を取り直して歩みを進めていく。

 テレシール様の言う通り、私が管轄している銀河は問題が頻繁に起きている無法地帯だ。

 

 先日訪れていたグルーミー銀河は非常に強い降臨者が多く、力を乱用しやすい反面我々が介入するまでもなく問題は解決してしまう。 おかげですっかり油断していた私たちは、粕山葛雄の対応で後手に回ってしまったわけだが。

 

 もう一つの銀河はかなり厄介で、名をキャンナイクと言う。

 混沌とした銀河で、少し特徴的な世界が非常に多い。

 無重力でマッチョしかいない世界やお菓子でできた世界、他にもおしゃれが強さに影響する世界とか不思議なものを上げてしまえばキリがない。

 やる気のない降臨者や気性が荒い降臨者も多く、監視の手は一切抜けないのだ。

 

「あなたが成績優秀者だったのはキャンナイクの担当だったから、などと他の天使たちは勘違いしていますが、この機会にあなたの凄さを後輩や他の天使に見せてあげるのよ?」

 

 テレシール様がいつも通り、優しい方の笑顔を向けてきた。

 

「必ずやご期待に応えて見せます!」

「任務の前に指差し確認を怠らないようにしなさい? あと変装する時は鏡で自分の体をしっかりとチェックしてね。 それから………」

「あ、あの。 テレシール様。 指差し確認はいつもしています

 」

 モジモジしながら肩を窄める私を見て、テレシール様は小さくため息をついた。

 

「指差し確認していても、イージスの盾を忘れたということかしら?」

「は、はい。 滅相もございません」

 

 視線を逸らしながら謝る私を見て、テレシール様は頭を抱えてしまう。

 

「じゃあ盾を返す時は、あなたと盾を鎖で繋ぐしかないわね」

 

 冗談なのだろうか? いや、あの顔は本気だ。

 今回の騒動はテレシール様もかなりヒヤヒヤしたらしく、お説教にも力が入っていた。

 まあそれもそうだ、イージスの盾は神器クラスの装備だから、悪魔に奪われでもしたらタダでは済まない。

 本当に無事に戻ってきてよかった、私のせいで戦争が起こっていたとしたらもう謝っても謝り切れない。

 

 そんなことを考えている間に照覧の間に到着した。

 テレシール様がいつもお仕事をされている神殿よりはひと回り小さな神殿で、照覧の間はここ以外にも複数ある。

 目の前にある小さな神殿は私たちが使わせてもらっている場所で、ここが私の仕事場なのだ。

 入り口である白石の大扉にテレシール様が軽く手を触れると、大扉は鈍い摩擦音を立てながらゆっくりと開いた。

 

「それではファジエル、紹介するわ。 今日からあなたの補佐となる、ディアーナフォン・アークよ?」

 

 扉の向こうで座っていたのは、小柄で可愛らしい容姿の天使だった。

 金桃色の直毛は腰の辺りまでスラリと伸びていて、前髪は目にかからない長さで右下がりにパツリと切られている。

 身長は私の胸のあたりほどだろうか、座っていても小柄で華奢なのが分かる。

 

 テレシール様に名前を呼ばれたディアーナフォンは、眠そうな蒼玉の瞳を向けながら可愛らしく首を傾げた。 振り返った時に気づいたが、ドーナツを片手に持っている。

 華奢な割にはぷにぷにしてるほっぺに食べかすついてるし、羽衣の肩もはだけて美しい曲線を描いた肩が丸見えだ。

 もうちょっとはだけたらそのまな板のような胸が晒されてしまうではないか!

 

「その人がイージスの盾を無くしたポンコツ先輩ですか?」

「テレシール様、私この子と仲良くできそうにないです」

 

 即答する私に困った顔を向けながら、まあまあ落ち着いて、とため息混じりに呟くテレシール様。

 無理ですこの子、監視中にドーナツ食べていますし。 開口一番ポンコツ先輩とか言ってきました。 絶対に性格が合いません。

 

「ディアちゃん? またドーナツ食べているの? 監視中なんだから程々にしなさいね?」

「テレシール様! なんでこの子にはそんなに甘いのですか! ドーナツ食べてますよ! 仕事中に! どーなってるんですか! 怒らないとダメですよ!」

 

 私は勢いよくディアーナフォンを指差すと、指を向けられた彼女はニンマリと口元を緩ませ始めた。

 

「ドーナツだけに、ドーナッてるんですか。 ———ぷふっ、ポンコツ先輩寒いですよ〜」

「ちょっとディアーナフォン! なんですかその態度は! というかもっと居住まいを正しなさい! 肩がはだけてますよ! 口にも食べかすつけちゃって! お子ちゃまですかあなたは!」

 

 ディアーナフォンは肩をはだけさせている上に、ほっぺにはドーナツの食べカスが付いていたのに気にした様子もない。 なんてだらしないんでしょう。

 慌ててハンカチを取り出し、プニプニのほっぺについた食べかすを拭いてあげながら羽衣を着せ直す。

 

「わぁ、ポンコツ先輩ママ味強いですね〜。 あはは〜。 そんなことより、うちの名前長いんで〜、ディアちゃんって呼んでくださいね〜」

「テレシール様! この子本当に第七階級の見習いになるんですか! ダメダメじゃないですか! 自堕落すぎます! こんな天使初めて見ました!」

 

 ディアーナフォンを指差しながら再度テレシール様に異議を申し立てるが、そんな私を見てテレシール様はにっこりと笑った。

 

「私はイージスの盾をなくす天使なんて初めて見たので、さほど気になりませんよ?」

 

 ………………なんも言い返せなかった。

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