第3話 ほんと怖いもの知らずだなぁ
神様はありとあらゆる銀河で彷徨う魂を選別している。
生前に悪行を重ねた魂は小動物や小さな虫に転生させて、生きるのも過酷な世界で悔い改めさせる。
逆に善行を重ねた魂には人間としての生を与え、善行を複数重ねていくと魂は神様に認められて天使へと昇天する。 はてさて粕山葛雄にはどんな罰が下されるのだろうか?
我々天使が生きる天界は変人も多いが、生前に善行を重ねてきた清らかな魂の持ち主しかいないのだ。
そんな私たち天使の仕事は複数ある。
我々下級天使は神様が選別した魂、通称【降臨者】の補助や取り締まりを仕事としている。
降臨者とは、分かりやすく言えば異世界転生、または転移者のことだ。
生前報われない人生を生きた魂を救うためだったり、善行を重ねた魂に天使になるための最終試験を与えるため、神様は複数の魂を異なる世界に転生させる。
神様の介入がなく、異世界の魔術や次元の歪みによって転移した魂にも同じ呼称をする。
転移にせよ転生にせよ、他の世界に渡るためには神様の住む【楽園】で魂の選別をしなければならない。
そこで神様との面談を経てから出発となるため、気に入った降臨者たちには特殊な力を与えるのだ。
そうして特殊な力を得た魂たちは、新たな世界でほのぼのした日々や、戦いに暮れる毎日を送る訳だが。 これを見張るのが私たちの仕事である。
特殊な力を悪行に使わないかはもちろん、世界を救う気がない魂にやる気を出させたり、悪魔たちに騙されそうになっている魂を正しく導いたり、やる事成す事うまくいかずに自信を無くした魂に元気づけたりと………
はっきり言って仕事が多い。 さらに付け加えると、今言ったことを全て対象にバレないように遂行しなければならない。
対象に天使の姿を見せるのは、さっきみたいな緊急のケースだけだ。 ちなみになぜこんな事を今頃復習しているのか気になるだろうか?
それはもちろん、現在テレシール様にこっぴどく叱られて、反省室で正座させられているからである。
イージスの盾を置いてきてしまった私は、テレシール様にカンカンに叱られた。
テレシール様は眉目秀麗のモデル体型で、中級天使のため二対四枚の鶴のように美しい羽を生やしている。
檸檬色の細くてクセのない長い髪を風にゆらめかしながら、にこにこと微笑んだまま超絶胃が痛くなるようなお説教をしてくるのだ。
見た目は優しそうだがその毒舌は切れ味抜群である。 彼女の毒舌は凄まじすぎて鋭利なナイフどころではない。
テレシール様の満面の笑みを思い出しながら身震いしていると、勢いよく反省室の扉が開かれた。
「ファジー! 反省ご苦労さーん! もはや反省室はファジーの家だね!」
「アストロン、なんであなたが迎えにきたんですか」
「テレシール様が帰ってきたタイミングで丁度鉢合わせてさ! 満面の笑みであんたを連れて来いって言ってたよ?」
アストロンは私の同期みたいな天使で、同じ第七階級の権天使だ。
雛色の髪を頭頂部で括った無邪気な少女を思わせる外見で、その見た目通り口調は軽いしちゃらんぽらんだ。
アストロンの手を借りて生まれたての子鹿のように足を震えさせながら立ち上がる。
私の反省室(いつも使っているのが私一人だから)での正座は懲役三日だった。
最高記録更新です。 やったね。
天使の体は人間や、その辺の世界に住む人型の生き物よりも丈夫なため、この程度で死んでしまったりはしない。
寿命もかなり長いため、三日とは言っても人型の魂に例えて言うなら三時間程度にしか感じないだろうか? たぶん。
まあ、足は痺れるし直ぐに立ち上がれないほど痛くはなるが。
反省室からようやく出られた私は、アストロンの肩を借りながら老婆のような歩調でテレシール様の元に向かった。
一面白亜色の壁で建てられた巨大な神殿が、雲の上に浮いているかのように建設されている。 周りに立っている神殿よりも一回り大きい。
テレシール様はこの神殿の責任者である。
神殿の奥に足を進めていくと、美しい緋色の長い絨毯の奥に神々しい光が射している祭壇があり、その祭壇の上でテレシール様が佇んでいるのが目に入った。
ヨタヨタ歩きで祭壇の下まで歩いて行き、慌てて片膝をついて頭を下げる。
「テレシール様! ファジエルはとても反省いたしました」
「あらあらそれはよかったわ? いつも口先だけの『反省しました』という懺悔でしたからね。 あなたが相当のド阿呆で無い限り、二度と同じ目に遭っている姿は見なくて済むのでしょう?」
相変わらずテレシール様は満面の笑みである。
私は顔を引きつらせながら再度頭を下げて、必ずや同じ失態は犯しません、と宣言する。
テレシール様は私が忘れてきた盾をしっかりと持っていた。 それを見て少し安堵する。
「期待しているわよ? 次同じような事があれば、反省室の床を針山にしてしまおうか検討していたところですから」
………え? 冗談、ですよね? あ、テレシール様は満面の笑みだ。 これではどっちかわかんないですね。
隣でアストロンが笑いを堪えているのか、肩が小刻みに揺れているが気にしない。
青ざめながら眉をひくつかせる私に、テレシール様は糸のように細めた目を向けて満足そうに息を吐く。
「さて、ファジエル。 あなたの盾はこの私が、わざわざ他の仕事を遅延させてまで取りに行った訳ですが、そのせいであなたにお願いするはずだった仕事も遅れてしまいました」
そう、私が帰った直後、アカンペニメント王国での事を報告し、盾を天井に刺しっぱなしにした状態で忘れてしまった事を報告すると、テレシール様は見たこともないような輝きを放つ満面の笑顔で私にこう言った。
『今すぐに鉄槌を喰らわせ、頭をかち割ってしまいたいところですが、即座に盾を取りに行かないと取り返しのつかない事件になりかねませんね』
『デデデでしたら私がすぐに戻って………』
『あなたのような救いようのないポンコツに取りに行かせては気が気でなりません。 二次災害が発生して余計に大変なことが起きます。 仕方がないから私が直々に取りにいくので、あなたは反省室で正座していなさい?』
と、至近距離でつぶやかれ、テレシール様は光の回廊を再度開いて飛び立った。
短期間で二度も光の回廊が使われたのは天界初の快挙………否、大失態だったようだ。
反省室で震えながら待っていること三日間、正座の痛みよりもテレシール様からどんな罰を受けるのかが心配で心配で目汁まみれになり、反省室は大洪水だった。
光の回廊ですぐにアカンペニメント王国に行ったから、イージスの盾郵送には三日もかかったことになる。
私は手ぶらだったから数時間で到達したが、イージスの盾は神器クラスの武具だ。 搬送作業にはかなりの手間がかかっただろう。 その盾を所持していたってことはテレシール様の能力が封じられているということだ。
光の回廊で戻ればよかったかもしれないが、流石に三回も使ってしまえば確実に悪魔に見つかって戦争が発生する。 戦闘になれば能力が使えないテレシール様は不利になってしまう。
搬送する経路に先遣隊を送り、無事を確認してから移動する。
護衛も数名つけて慎重に経路を選び、悪魔やその他の敵に遭遇しないよう細心の注意を払っての飛行だ。
三日三晩寝ずに飛び続けないとならないし、考えただけで面倒だ。
テレシール様はそれはそれは疲れていたのでしょう、少し頬がこけてげっそりして見える。
一人冷や汗をかきながら自らの失態を振り返っていると、テレシール様が目の前で屈んでいることに気がついた。
「ファジエル? 聞いているのですか?」
「も! っもっも! 申し訳ありませんテレシール様、自らの行いを振り返って再度反省していたため、話を聞いておりませんでした!」
「ぶふっ! ファジーってほんと怖いもの知らずだなぁ」
思わず噴き出すアストロンはそっちのけで、テレシール様は三日月を逆さまにしたような恐ろしい糸目で物騒な笑顔を向けてくる。 震えが止まりません!
「この私に苦労をかけた上に、話も聞いていない。 堪忍袋の緒が今にも切れてしまいそうですが、今はそれよりも先にお願いしなければならないことがあります」
折れそうな勢いで何度も首を縦に振る私。
それを確認したテレシール様は満足そうに小さく息を吐き、立ち上がりながら私の周りをゆっくりと歩き始めた。
「あなたは第七階級天使の中でもかなりの善行をおこなっている上に、任された任務は『過程はどうあれ』しっかりと遂行している。 『成績だけ見れば』優秀な権天使です」
所々声のトーンが大きくなっていたが、気にしないのが吉だと判断します。
「そこでお願いがあるのです。 あなたにこれから、第七階級に昇進予定の天使を補佐してもらいます」
テレシール様は私の周りをゆっくりと歩きながら、平伏している私をチラリを見下ろす。
私は下げていた頭を少しあげ、わずかに首を傾けた。
「昇進予定の天使を見極めると言う仕事でしょうか?」
「ええそうです。 言っておきますがイージスの盾は没収して能力の封印も解きません。 これを今回の罰とします」
「え? それは流石に………降臨者たちは皆かなり強いですし、万が一悪魔やその世界の敵対勢力と戦うことになったら、イージスの盾を持っていないと対抗するのは難しくないですか?」
「そうですね。 『成績だけは』優秀なのに、『理解不能な問題を起こし』イージスの盾を没収されたあなたにお願いしなければならないのは『非常に心配この上ないのですが』 天界の規定で昇進予定の天使には成績最優秀者が補佐として就くことになっております。 私の管轄で最も成績が良かったのは『誠に遺憾ですが』あなただったため、天界規定に則りあなたが補佐についていただかなければならないのです」
相変わらず毒舌すぎて心が痛いです。
というか見習いの指導ならば処罰が終わってからでいいだろう。 なぜそんなに急いでいるのだろうか?とは思ったが。 こんな事は口が裂けても言えない。
「『見習いの指導は、処罰が終わってからでいいのでは? どうしてそんなに急ぐのです?』とでも言おうとしているかしら?」
「え? 嘘! 口に出ちゃってた?」
慌てて口を塞ぐ私。 口は塞いだが、恐怖による目汁が漏水してきました。
「口に出ちゃってませんでしたが、思っていたのは認めたと言う事ですね? まあ思うだけなら私から新たに罰を与える事はしませんよ。 私も鬼ではないですからね。 なので、なぜこんな急ぎで見習いに会わせようとしているのかお伝えしてあげましょう」
目汁まみれになっている私の隣に屈んだテレシール様が、私の頭に優しく手を乗せた。
この人は、私がやらかしてしまった時は非常に怖いが、普段はとっても優しい天使様なのです。
そんな優しい天使様が、私の頭に手を乗せたままぐっと顔を近づけてきた。
「本来は三日前に見習いにつける予定だったからですよ? 私自らあなたの間抜けな失態を拭う羽目になったため、見習いの子は三日間も待ちぼうけをしているのです。 処罰が終わるまで待たせるとなると、待たせる時間がさらに伸びることになりますよね? あなたなら最悪盾がなくてもどうにかできるはずです。 と言うか、どうにかしなさい」
テレシール様の満面の笑みには影が差しており、声のトーンはいつもよりワントーン低かった。
笑顔通り越して般若面になっているところは初めて見た!
何が言いたいのかというと、ものすごく怖い。 殺し屋に耳元で囁かれているかのようだ。
極寒の地に裸で放り出されたような勢いで震える私。
それを横で見ていたアストロンが腹を抱えて笑い出す。 こいつは後でシめる。
どうやらテレシール様の予定では、私が帰ったらすぐに見習いと会わせて仕事を教える予定だったようだ。
しかし私がポカをやらかしたせいでテレシール様はイージスの盾を回収しにいくことになってしまった。
急いで戻ってきたみたいだがそれでも搬送に三日かかり、今は見習いの子が仕事場で見学しながらずっと待っている状況。
我々天使の仕事は人手が足らず、かなり忙しいにも関わらず第七階級昇給予定の優秀な人材の手を持て余らせてしまっている。 これはテレシール様としても苦渋の決断だったようだ。
私に取りに戻らせるのは二次災害が発生しそうで非常に危険、しかし自分が取りに行けば優秀な天使の時間を浪費してしまう。
この二択を前に、テレシール様はなんの躊躇もせず自分で盾を取りに行った。 私への信頼はかなり薄いらしい。 ………とほほ。
こうして無事にお説教が終わった私は、テレシール様に連れられて見習いの天使と会う事になった。
にしても見習いの子、初対面の先輩がイージスの盾を無くした先輩って………
私、滑稽すぎて非常に恥ずかしいことこの上ないです。
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