第2話 すぐに帰らないと怪しまれてしまうかと……

 粕山葛雄を拘束した私は上司に連絡をして、後処理をお願いする。


 まずは目撃者の記憶消去。

 今後も同じように天使が助けに来るだなんて思われないよう、我々が間に入った事実を忘れてもらわなければならない。

 本当はこんな大胆に人前に出てはいけないが、粕山葛雄の場合は激情に身を任せて急に暴れ出したから仕方がなかったのだ。 実に迷惑である。


 第二に容疑者の拘束及び誘導。

 これは私の下の階級である天界序列第八階級、『源』の力を司った下っ端源天使の仕事なのだ。

 まあ、実働部隊である第七階級の私も下級天使で翼も一対しか生えてないし、下っ端といえば下っ端だが………


 第三に今後同じような失態を犯さないための事情聴取と情報整理、それらを参考にした訂正案の考案と提出。

 こちらも下っ端の役目、この世界で駐屯監視役の任を請け負っている、天界序列第九階級『天』の力を司った見習い天使たちの仕事。


 私は自分の仕事は終わったので、部下たちに引き継ぎを済ませて帰るだけとなった。

 ここまで来るために光の回廊を使ったが、あれは使いすぎると悪魔にハッキングされ悪用される可能性がある。 


 光の回廊は空間や時間の法則を無視し、次元を捻じ曲げて開くため強力な力が発生する。

 使えばしばらくの間痕跡が残るため、その力に反応した悪魔が近くに来ていないかとか、ハッキングの形跡がないかの確認も必要になる。

 ここから数ヶ月間この世界周辺を厳重に見回る必要があるだろう。


 こちらは中級天使の仕事だが、このように光の回廊を使うのは後処理が面倒だしリスクも高いので非常にレアケースだ。

 緊急事態の時だけしか使用が許されず、今がまさにその緊急事態だったのだ。


 私の上司である中級天使、テレシール様の許可を経て光の回廊を使用した訳だが、帰りはもちろん普通に飛んで帰らなければならない。 帰ったらお説教間違いなしだろう。


 怒りに任せて急に暴れ出されるケースが一番迷惑である。 文句を言っても言い足りない。

 王座の間でのびていた粕山葛雄を拘束していた天使に帰ることを伝え、念の為やり忘れたことはないかと指差し確認をする。


「記憶の消去、容疑者拘束、事情聴取、大体引き継ぎも終わったし、大丈夫よね!」


 独り言を呟き、背中に生えていた純白の翼をバサバサと揺らす。

 ここから天界までは宇宙空間を飛んで帰らないといけない。


 私たちが生活する天界は、ここや宇宙とは隔離された別空間。

 天使の権能を使わなければ入ることを許されず、悪意を持った者は魔除けの結界に弾き返されるのだ。


 私が着ている羽衣は、どんな環境にも一瞬で対応する効果があり、空気がない宇宙空間や水の中。

 たまに存在する不思議な世界の法則にも簡単に適応できるのだ。


 いつものように翼を広げ、超高速で移動を開始する私。

 後ろから下っ端天使たちの騒ぎ声が聞こえた気がしたが、忘れ物はない。


 ———はずだ。


 ちゃんと引き継ぎしたし、指差し確認もしたからね!

 一人で満足げにうなづきながら、広大な宇宙空間まで流れ星のように飛び上がっていく。

 ここらの星を管轄する天使派出所まではものの数時間でたどり着いた。


 天使派出所とは、各銀河系の目立たない位置に設立されており、第八階級の天使がそこに駐屯して、ここいら一帯の世界を監視しているのだ。

 形は地球という星にある交番という建物をモデルにしている。


 そんなに大きくはないが、天界への門もそこに設置されているため、目立たないようにしないと悪魔たちに嫌がらせされる。

 それを避けるため、目立たないこの形で定着しているのだ。


 宇宙空間にポツリと孤独に浮かぶ、四角形の建物を発見し、私は旋回しながら建物内に飛んでいった。

 この四角形の建物こそ私が管轄するこの銀河系、通称『グルーミー』を監視するグルーミー派出所である。

 派出所についた私は天界までの扉を開いてもらうために、責任者を探した。


「ファジエルが任務を達成して戻りました! リスタルフォンはどこですか?」


 リスタルフォンはこの派出所の責任者、展開序列第八階級の源天使。 私の部下だ。

 私が呼びかけると、奥の部屋から顔を出してくるリスタルフォン。


「ファジエル様? お帰りが早かったですね?」

「あまり強い降臨者ではなかったですからね。 安心してください、無事に逮捕できましたよ」

「え? 粕山葛雄が、あまり強くない? ………そ、それはよかった。 ははっ。 お怪我がないようで何よりです。 ささ、天界に扉を繋いだので戻ってゆっくりお休みください!」


 私は自慢げに鼻を鳴らしながら奥へと進むと、リスタルフォンが訝しみ気な視線を向けてきた。

 思わず立ち止まり、何か? と問いかけてみると、リスタルフォンは困ったような顔をしてしまう。


 「あ、いえ。 ちょっと気になっただけだったのですが………あの、その〜

 ———盾は、どちらに?」

 

 ——————沈黙。

 

「リスタルフォン、ちょっと用事を思い出したので、扉を閉めたりできるかしら?」

「申し訳ありません、テレシール様にもう帰宅すると伝えてしまいましたので、すぐに帰らないと怪しまれてしまうかと………」


 ———で〜す〜よ〜ねぇ〜。


 まずい、帰ってくる前に指差し確認までしたというのに、一番大切な盾を天井に刺しっぱなしにして来てしまった。

 顔をしわくちゃにしながら、唸ることしかできない。 汗がとめどなく溢れてくる!


 いや、マジでヤバいですこれは。


「あの、その………誠に申し訳ありません」


 気まずそうな顔で頭を下げるリスタルフォン。 大丈夫、あなたはこれっぽっちも悪くない。 だけど、扉開く前に言って欲しかったな!

 ああ、ダメよ私、リスタルフォンのせいにしても仕方が無いのです。 完全に私が悪い。 私はまたうっかりをやってしまった。


「あ、いいのよリスタルフォン? あなたはなんにも悪くないじゃない、あはははは! どうしましょう。 またテレシール様に怒られちゃうかもしれないわ! あはははは。 でも今回のうっかりは本気でやばいうっかりですね。 あはははははははは!」


 動揺のあまり声がかなり裏返っているし、胃のあたりに締め付けられるような違和感が発生する。

 ちなみにテレシール様は、いつもうっかりをやらかす私を何度も叱っている直属の上司。


 怒るとガチで怖い。


 私たち第七階級天使にとって、イージスの盾は生命線とも言える超大切な武具で、超貴重なため一人一つしか支給されない。 いわば秘密兵器と言っても過言ではない。


 神器クラスの力を持っている武具なので、うっかり悪魔の手になんて渡ってしまえば大問題だ。


 さて、この苦境———どうやって乗り切ろうか。

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