第006話 打診


 ルリが爺さんが死んだことを報告すると、村長さんと金髪の女性が驚いた。


「本当かね? あのタダシ殿が……」

「はい。少し前より体調を崩されまして……」

「確かに最後に会った時にそんなことを言っておったのう」

「はい。そういうこともあり、今まで薬を渡せずに申し訳ありません」


 ルリが頭を下げる。


「あ、いや、そういうことなら仕方がないじゃろう」

「それで今日はタダシ様のお孫さんであるタツヤさんを連れてきました」


 ルリはそう言うと、俺を見上げてきた。

 入口付近で待機していた俺は村長さんのところまで行く。


「はじめまして。私はタダシの孫の山田タツヤと申します。祖父が生前、お世話になったようで……」

「いやいや! こちらの方が世話になっていたのです。それと私はこの村の村長を務めていますダリルです」


 村長さんが頭を下げた。


「村長さん、まずはこれを」


 そう言って空間魔法を使って薬を取り出すと、村長さんに渡した。


「これは?」

「腰痛に効く薬です。昨日、ルリとミリアムに事情を聞きまして、急遽、用意しました」


 作ったのはさっきだけど。


「村長さん、タツヤさんがタダシ様の跡を継がれます。今日はその挨拶に参ったのです」

「本当ですか?」


 ルリが説明すると、村長さんが確認してくる。


「はい。そのつもりです。ただ、私はまだ若輩で魔法も修行中の身です」


 それどころかドシロウトです。


「いやいや。魔法の才がおありな時点で素晴らしいです。しかし、なるほど、跡継ぎですか……」


 村長さんが悩み始めた。


「どうかしましたか?」

「あ、いや、実は先程までこの者と似たようなことを話していたのです」


 村長さんはそう言いながら席についている金髪の女性を見る。


「こちらは?」

「この村の監査官です」


 監査官?


「村長さん、私が説明しましょう。私はこの村の監査官を務めているモニカです。監査官とは王都から派遣されているこの村の監視役と思ってください」


 金髪の女性が答える。


「監視役ですか?」

「ええ。不正がないか、進捗はどうかなどを王都に報告する役目です。とはいえ、それは名ばかりで実際は開拓事業にはどうしても魔法使いが必須なため、こうやって手伝いのために派遣されるのです」


 ということはこの人は魔法使いか。

 まだ若いのに大変だな。


「魔法使いの方でしたか。道理で……」


 魔法使いっぽいローブを着ていると思ったわ。

 とある部分が大きく膨らんでいるのであまり凝視はできないが……


「やはりわかりますか……」


 そりゃね。


「それで似たような話とは?」

「はい。ご覧のように村長さんはご高齢です。しかも、腰をかなり悪くしており、村長の役目を果たすのが難しくなっているようでその相談を受けていたのです」


 確かに見た目は高齢だ。

 死んだ爺さんと変わらないように見える。


「引退されるんですか?」


 村長さんに確認する。


「ええ。私もいつぽっくり逝くかわかりません。急に村長が死んでしまうと他の者に迷惑がかかります。ですので、元気なうちに他の者に任せ、引継ぎを行おうと思ったのです」


 確かにそっちのほうがスムーズだろう。


「なるほど。そちらの方が良いでしょうね」

「はい。そこでお願いがあるのですが、ぜひとも、タツヤ殿に跡を継いでもらいたい」


 ん?


「はい? 私ですか?」

「ええ」

「えーっと、急すぎてついていけないんですが?」


 先週のルリよりひどいぞ。


「村長は誰でもなれるわけではありません。実は最も大事なことがあるんです」

「何でしょう?」


 魔法?


「文字の読み書き。そして、算術です」


 あー……何かわかった。


「もしや、この村でそれをできるのが村長さんだけなのですか?」

「そうです。もちろん、こちらのモニカもできますが、この者はあくまでも監査官です。村長にはなれません」


 識字率が低いのか……

 いや、開拓事業なんてそういう学のない人達しかしないのかもしれない。


「他所から呼ぶわけには?」

「その相談をしていたのですが、できたらこの村の者に任せたいと思っております。ここまで頑張ってきた開拓事業を他所の者に任せるのは気が引けますし、皆もいい顔はしないでしょう」


 それはわからないでもないが……


「私も同じでは? 私は今日、ここに来たばかりですよ?」

「いや、あなたはこの村に多大な貢献をしてきた大魔導士であるタダシ殿の孫で後継者です。皆も納得するでしょう」


 大魔導士って……


「え? 本当に?」

「はい。ぜひともお願いします」


 そう言われてもなー……

 仕事があるんですけど……

 帰ってルリとミリアムに相談してみるか。

 こういう時は即断せずに保留するのが大人の対応なのだ。


「すみません。すぐには回答できません。何せ、先日、祖父の跡を継いだばかりでして」

「もちろん、こちらも急いではいません。私もまだ死ぬ気はありませんからな。わはは」


 笑えない。


「村長さん、今日は薬を渡すのと挨拶に来たばかりですのでこの辺で失礼したいと思います」


 俺の心を読んだのかはわからないが、ルリが締めてくれる。


「うむ。薬、ありがとうございます」


 村長さんはそう言って、金色の硬貨をテーブルに置いた。


「これは?」

「料金です。1錠が銀貨2枚なんですよ」


 ということは銀貨が10枚で金貨(?)か。


「では、確かに」


 俺は金貨らしき硬貨を受け取ると、ルリとミリアムを連れて家を出た。

 そして、村を見渡してみる。

 色んな仕事をしている人がいるが、皆、比較的若い。


「子供までいるんだ……」


 2人の男の子が追いかけっこしていた。


「若い方が多いのはそれほど開拓事業が大変だからですね」

「まあ、村長さんみたいな人も必要だけど、基本は体力勝負にゃ」


 ルリとミリアムが教えてくれる。


「あのモニカって子は? 魔法使いなんでしょ?」


 魔法でいくらでも伐採作業ができそうだ。


「監査官の主な仕事は結界を張ることですよ。もしくは、ケガをしたり、病気をした人の救護です」


 後ろから答えが返ってきたと思い、振り向くと、モニカさんが立っていた。


「結界とは?」

「魔物がこの村に入ってこないようにするためです。危ないですからね。そういうことのために王都から派遣されているのです」


 この人、王都の人なのか。


「なるほど……お若いのに素晴らしいですね」

「いえ……言い方は悪いですが、こんな辺境の開拓事業を任せられるのは落ちこぼれです」


 あっ……


「失礼」

「いえ……それでも仕事があるだけマシですよ。それにここに住んで1年ですけど、良い人ばかりですし、頑張ってほしいです。それでは」


 モニカさんは笑顔でそう言うと、どこかに行ってしまった。

 モニカさんを見送った俺達も村をあとにし、家に帰ることにした。

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