第007話 ごめんね


 俺は家に帰り、着替えると、リビングでルリが淹れてくれた濃い番茶を飲んでいた。


「ハァ……挨拶だけのつもりがあんなことを打診されるなんてねー……」

「村長の件か? 受ければいいにゃ」


 ミリアムがあっさりと答える。


「そんな才覚もないし、技能もないよ。それに仕事がある」


 俺、係長。


「たいしたことはしなくていいと思うにゃ。社畜なんか辞めて、村長になるのがいいと思うにゃ。それに村長になって、村が発展したら自分の領地になるにゃ。立派な領地貴族にゃ。大金持ちにゃー!」


 貴族になれるの?


「大金持ちねー……あっちの世界の通貨ってこれ?」


 そう言って、村長さんから受け取った金貨をコタツ机に置く。


「そうにゃ。金貨にゃ。本物の金にゃ」


 そりゃすごい。


「向こうで大金持ちになってもこっちで使えないんだから意味ないよ。払わないといけないものがいっぱいある」


 食費、光熱費、税金などなど……


「そっかー……じゃあ、断るにゃ?」

「まあ、その方向かなー……手伝いくらいはしてもいいけど」


 魔法の修行にもなるだろうし、村の発展を見ていくのも楽しいだろう。


「この金貨は売れないんですか? こっちの世界では金が高額で取引されると聞いたんですけど……」


 ルリが金貨を手に取りながら聞いてくる。


「無理じゃない? 少量ならリサイクルショップとかで買い取ってくれると思うけど、生活に困らない量となると、怪しまれる。そういう伝手もないしね」


 俺はごく一般的な会社勤めの人間だ。


「そうですか……お金を稼ぐって大変ですね。私にお手伝いできることがあればいいのに」

「いや、すごく役立っているよ。家事をしてくれるし、魔法を教えてくれるしね。あ、そうだ。回復魔法とやらを教えてよ。実はすごく興味がある」

「わかりました」


 ルリが嬉しそうに笑った。




 ◆◇◆




 土日はルリから魔法を教えてもらうことに使った。

 おかげで回復魔法とやらを教えてもらったが、傷を癒すだけでなく、疲れも取れるようで非常に興奮した。

 ただ、心の疲弊は癒せなかった。

 なので、日曜の夜はストゼロで心をマヒさせて月曜を迎えることになった。


「あー、だるっ」


 思わず、声が漏れた。


「が、頑張ってください」


 朝ご飯を用意してくれたルリが励ましながらカバンを渡してくれる。


「あー、ごめん、ごめん。月曜はいつもなんだよ。じゃあ、行ってくるね」


 そう言ってカバンを受け取ると、ルリが洗い物をするために皿をキッチンに持っていき始めた。


「山田、私もついていっていいかにゃ?」


 ミリアムが俺の身体を登り、肩にとまると、そう聞いてくる。


「ついていくって会社に?」

「そうにゃ。お前の仕事が気になる」


 猫を職場に?

 うーん……まあいっか。


「姿は消してくれよ」

「わかったにゃ」


 ミリアムが尻尾を上げた。

 多分、魔法を使ったんだろう。


「じゃあ、行こうか」

「行くにゃ」

「いってらっしゃーい」


 俺とミリアムは皿を洗っているルリに見送られ、リビングを出る。

 そして、玄関で靴を履き、家を出ようとすると、ポストに何かが入っていることに気が付いた。


「んー?」


 ポストに入っていたのは茶封筒だ。

 宛先と差出人を見てみると、爺さん宛でタイマー協会というところが差出人だった。


「なんだこれ?」


 タイマー?

 タイム……時計か?

 爺さんにそんな趣味あったかな?


「山田、遅刻するぞ」

「あ、そうだ」


 茶封筒をビジネスバッグに入れると、家を出た。

 そして、マスクを着けると、駅まで歩いていく。


 駅に着くと、俺と同じようなたくさんの社畜達が電車を待っていた。


「……皆、目が死んでいる」


 肩にいるミリアムが小声でつぶやく。


「……月曜だから仕方がないよ」


 俺も小声で話す。

 これなら聞こえないし、マスクを着けているから口元も見えない。


「生活は確実にこちらが豊かにゃ。でも、笑顔が……」


 ないねー。

 俺と同じようなおっさんもおばさんも若い人も皆、笑っていない。

 ただただ目が死んでいる。

 これが月曜の朝だ。


 俺達はそのまま電車に乗ると、満員電車に圧死された。

 そして、会社近くの駅に着くと、会社に向かって歩いていく。


「死ぬところだったにゃ……何あれ?」


 いや、君、上の網棚に逃げてたよね?


「奴隷船」

「笑えないにゃ……」


 俺も自分で言ってて引いた。


 その後、会社に着くと、仕事を始めた。

 この日も自分の仕事に課長の小言、そして、部下の質問に答えていく。

 そういうことをしつつ、デスクで丸まるミリアムを撫でて心の平穏を保ちながら仕事をしていくと、昼になったのでミリアムを連れて、近くのビジネスマンの憩いの場である公園に行き、昼食を食べることにした。


 俺は人が少ない適当なところに腰かけると、こっそりルリが作ってくれた弁当を取り出し、食べ始める。


「お前、本当に仕事辞めたらどうにゃ?」


 弁当を食べていると、隣で腰かけているミリアムが提案してきた。


「辞めたいよ。皆、そう思っている。でも、お金がないと生きていけないんだよ」

「うーん……それはわかるけど、そんなに魔法の才能があって、社会の家畜はにゃー……」

「現代ではその魔法がお金にならないんだよ」


 マジシャン? 動画配信者?

 それに加えて宅配業者や闇医者も浮かぶ。


 正直に言えば、お金になりそうなことは結構浮かぶのだが、どれも危ない気がする。


「大変にゃ……」

「地道にやるよ。それに以前ほど苦しくもないしね。今は家賃がかからないし、家に帰ったらルリやミリアムがいる。あのボロアパートで1人だった時と比べると、天と地だよ」


 そう言って、ミリアムを撫でる。


「山田……」

「ありがとうよ」


 実に触り心地がいい。


「…………私のお昼ご飯は?」


 忘れてた……

 すまぬ……

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