第004話 新生活
翌日。
この日は月曜日であり、出社しないといけない。
朝早くに起きた俺は昨日買っておいたパンを食べ、着替える。
すると、部屋の隅にある昨日、引っ越しの際に使った段ボールからミリアムが飛び出してきた。
「ふわぁー……山田、早いな……」
ミリアムが身体を伸ばしてあくびをすると、ネクタイを結んでいる俺を見てくる。
「仕事だよ」
「仕事……そうか。山田は会社勤めか」
「まあね。ルリもだけど、ミリアムってこっちの世界のことをどれくらい知っているの?」
詳しいように思える。
「私もルリも知識としては知っている。でも、来たことも見たこともない。その程度だな……あ、その程度にゃ」
寝ぼけていた猫がキャラを思い出す。
「なるほどねー……ルリは? まだ寝てるのかな?」
ルリには空いていた部屋を一つあげた。
ミリアムは『これがいいにゃ!』ってえらく気に入った段ボールだ。
「寝てるにゃ。こんなに早く起きる生活リズムじゃなかったしにゃー……」
どういう生活リズムだったんだろう?
学校は?
いや、異世界に学校があるか知らないし、そもそもホムンクルスか……
「俺は仕事に行ってくるから夜に帰ってくる。好きにしてていいが、あまり騒ぎになるようなことをしないでくれよ」
人前でしゃべらないでね。
噂になったら動画配信者とかテレビ局が来そうだし。
「わかってるにゃ。あ、でも、少しだけお金を置いていってくれにゃ」
「お金?」
「ご飯とか買うにゃ」
それもそうか……
「じゃあ、これ」
そう言って、コタツ机の上に1万円を置いた。
金持ちのように思えるが、財布に万札しかなかっただけだ。
「悪いにゃ。ちゃんと夕食はルリが作っておくにゃ。お仕事、頑張るにゃ」
大丈夫かな?
いや、昨日の感じだと大丈夫か……
「ありがとう。じゃ、行ってくるよ」
そう言って手を挙げると、家を出た。
そして、電車に乗り込み、会社に着くと、仕事を始める。
この日も課長の小言を聞き、自分の仕事の合間に後輩の面倒を見ていく。
月曜から大変だったが、何とか仕事を終えると、帰宅した。
家に帰ってまず思ったことは明るかった。
当たり前だが、ルリとミリアムがいるのですでに電気は付いている。
「ただいま」
そう言いながらリビングに入った。
「おかえりにゃ」
「おかえりなさいませ。もうすぐでご飯です」
良い匂いがするなと思ってキッチンを見ると、エプロンを着たルリが台に乗って料理をしていた。
「大丈夫かな? ちょっと心配になる絵面だけど……」
「大丈夫にゃ。それよりお前、遅かったにゃー」
そう言われて時計を見るが、まだ7時だ。
「早い方だよ……」
苦笑しながらそう返すと自室に戻り、着替える。
そして、この日も2人と夕食を食べると、魔法の特訓をした。
この週はそんな感じで過ごしつつ、住所変更や引っ越しの手続きをしたりと、中々、大変な一週間だった。
だが、やはり家事をルリがやってくれるのは助かったし、かわいらしいルリやミリアムを見たり、撫でたりしていると、癒された。
それと通勤中にコントロールできるようになった魔力で少し実験をしてみた。
実験というほど大層なものではないが、魔力を身体中のあちこちに集中させてみたのだ。
すると、足に集中すると、脚力が上がったし、腕に集中すると腕力が上がった。
さらに目に集中すると、遠くのものが見えるようになったし、耳に集中したら遠くの声が聞こえるようになった。
このように魔力を集中させると魔法が使えるだけでなく、身体の能力も向上するのだ。
これはすごいと思った。
そうやって一週間を過ごしていると、ようやく仕事が終わり、金曜の夜になった。
「ハァ……」
この日もルリに作ってもらった夕食を食べると、一息つく。
「山田……この一週間、お前を見ていたが、働きすぎじゃないか?」
「私もそう思います。朝早くに起きられ、夜遅くまでお仕事……お身体を壊されますよ」
ミリアムとルリが心配するような目で見てきた。
「これが普通だよ……繁忙期には日を跨ぐこともある」
「え? そうにゃのか? お前、奴隷にゃ?」
奴隷……
異世界ワードとも思えなくもないが、心に沁みる。
「というよりも社会の家畜だろうね。こっちの世界では社畜っていう言葉があるくらいだし」
「奴隷以下……」
沁みる……
ビール飲も……
キッチンに行き、冷蔵庫から買ってきた缶ビールを取り出すと、リビングに戻り、飲む。
「仕方がないよ。こうやってお金を稼がないと生きていけない」
「まあ、それはわかるが……」
「でも、タダシ様は働いていませんでしたよね?」
そういえば、そうだ。
「爺さん、どうやって金を稼いでいたんだろう?」
「魔法を使っていたんじゃないかにゃ?」
魔法ねー……
「お金を増やす魔法とかあるのか?」
「うーん、ないにゃ……」
だよねー。
「どうやってたんだろ?」
「まあ、村の人に薬を売ってたりはしてたかにゃー?」
村?
「何それ?」
「あの家の近くには村があるにゃ」
「そんなに離れてないにゃ。玄関から出たら一本道があって、村はその先にあるから玄関から出たら見えるにゃ」
マジか。
「へー……どんなところなんだろう? まさか、村に行ったら石を投げられたりしないよね?」
「そんな蛮族が住む村じゃないにゃ。ただの開拓村だにゃ」
「開拓って?」
歴史の授業で習ったワードのような気がするが……
忘れた。
「窓から森が見えたろ? あの辺一帯は大森林が広がっているんだが、それを伐採して畑を作っているんだにゃ。あそこはそういう村だにゃ。国の事業で認められていて、自分の土地にしていいんだにゃ」
へー。
「でも、伐採って大変じゃない? バックホウでもあれば楽だけど……」
「まあにゃー。そういう建設機械はさすがにあっちの世界にはないけど、魔法を使えば楽だにゃ。でも、魔法使いってそんなにいないにゃ。いても他に儲かる仕事があるから開拓事業なんかに参加しないにゃ」
技能があれば都会の華やかな仕事に就くか。
その辺はどこの世界も一緒だな。
「爺さんはやらなかったの?」
「お前の方が詳しいと思うが、あの爺さんってかなりの偏屈だったにゃ。まず、村の人とコミュニケーションが微妙だったし、引きこもって魔法の研究をしてたにゃ。話をしていたのは村長さんくらいだったと思うにゃ」
あー……
確かにそんな感じはする。
言葉数が少ないし、外には滅多に出ない人だった。
出る時は婆さんに付き合ったりするくらいだったはずだ。
「ふーん……ということは薬を売ってた相手って村長さんなわけでしょ? 大丈夫なのかね? 爺さん、死んじゃったけど」
薬ってことはどこか悪いんでしょ?
「……大丈夫じゃないようにゃ?」
「……そういえば」
ミリアムとルリが顔を見合わせる。
「えー……忘れないでよ」
「仕方がないにゃ。私達はあそこから出られないし」
あそこってあの家か。
「それも命令?」
「そうにゃ。ホムンクルスも使い魔も主人の命令は絶対に逆らえないにゃ。ちなみに、今の主人はお前にゃ」
そうなんだ。
「じゃあ、出ていいよ。猫は外に出てなんぼでしょ」
「お前、軽いにゃー……」
何か問題があるのか?
あっ……
「獲物を獲ってきても見せびらかさなくてもいいからね」
確か猫はそういう習性があったはずだ。
「しないにゃ。グリフォンを獲ってきてもお前が気絶するだけにゃ」
グリフォンって……
ゲームだと中ボスじゃん。
「タツヤさん、明日にでも村長さんに薬を届けた方がいいかもしれません」
「俺が行くの?」
「はい。タダシ様の後継者ですし、挨拶をした方がいいかと……」
異世界の村ねー……
「そういう村でスローライフな生活を過ごすのもいいかもなー」
「スローライフ?」
「そういう田舎の村でさ、ゆっくりのんびり生活すること。都会は華やかだけど、疲れるんだよ」
本当に……
魔力を集中させていれば、身体が疲れることはない。
だが、どんなに魔力を集中させても心は疲弊するのだ。
「普通の生活のような気がしますが、別世界の人にはそれが憧れなんですかね?」
「憧れというほどでもないけどね。単純に疲れたし、心がすり減っているんだよ。それを癒したい。まあ、お金を稼がないと生きていけないから無理だけどね」
異世界で畑を耕せばご飯を食べられるかもしれないが、他にも光熱費なんかを払わないといけない。
何をするにしてもお金が必要なのだ。
「大変ですね……私もお仕事をお手伝いできればいいんですけど……」
無理。
「家事をしてくれるだけでも助かってるよ。とにかく、明日、村長さんのところに行けばいいわけね。了解」
俺は明日の予定を決めると、ルリに魔法を教えてもらうことにする。
結果、山田はレベルが上がり、空間魔法を覚えた。
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