第003話 引っ越し


 ルリとミリアムが魔法を教えてくれるらしい。


「あ、でも、悪いんだけど、後にしてくれるかな? 引っ越しの準備とか色々しないといけないんだよ」

「引っ越し? あ、そうか。別のところに住んでいたのか……わかったにゃ」

「そちらを先に優先してください。まずは生活が第一でしょうし」


 一人と一匹が頷く。


「じゃあ、やってくるよ」


 そう言って、立ち上がると、扉まで行き、立ち止まって振り返った。


「そういえばなんだけど、ルリとミリアムはここに住んでいるの?」

「そうですね」

「そうにゃ」


 以前からなんだろうか?


「こっちに来たりしないの?」

「しませんね。私とミリアムはそちらに行ってはならないと命令されております」


 爺さんか。


「ふーん……別に来ても良いと思うけどなー」

「良いのですか?」

「良いのかにゃ?」


 何か不都合があるだろうか?

 あっ……


「ミリアム、人前でしゃべらないでくれよ」

「おっさん、他人から『何かズレてない?』って言われないかにゃ?」


 い、言われてない!


「ごめん。逆に何かマズかったりするの?」

「いや、私的にはそちらに行けた方が良いにゃ」

「私もそちらの方がお世話できます」


 お世話?

 こんな子供が?

 逆に世話をしないといけないように思える……


「まあいいや。来なよ。今晩は引っ越しそばでも食べるからさ」

「私にお任せを。お料理は得意です」

「おっさん、私は肉がいいにゃ」


 肉……

 豚小間でいいよね?


「ミリアム、肉を買ってきてあげるから頼みがある」

「何にゃ?」

「おっさんはやめてくれない? 俺には山田タツヤという名前がある」

「微妙なお年頃なんだにゃー……わかったにゃ、山田」


 山田……

 まあいいか。


「私は何とお呼びしましょうか?」


 ルリが聞いてくる。


「何でもいいよ。あ、でも、待って」


 この子が家にいて、誘拐と思われないだろうか?

 そうなると娘は嫌だし、妹という設定か?

 いや、親戚でいいか。

 爺さんが作ったんだったら似たようなものだろう。


「どうしたにゃ?」

「ちょっと設定を考えていた。ルリは親戚の子ね」

「わかりました。そちらの世界の都合もあるでしょうし、それで問題ありません。そうなると…………お兄ちゃん?」


 お兄ちゃん……

 悪くない響きだが、この歳になるとこっぱずかしい。


「山田でいいにゃ」

「わかった。よろしくお願いします、山田」


 すごく違和感があるんですけど?


「やっぱりタツヤさんにするにゃ……」


 ミリアムも同じことを思ったようだ。


「じゃあ、それで。よろしくお願いします、タツヤさん」


 敬語が親戚っぽくないけど、個性と言いきれるだろう。


「よし。じゃあ、おいでよ」


 そう言うと、一人と一匹がこちらに来たので扉を抜け、家に戻った。


「ここが異世界ですか……」

「雰囲気が随分と違うにゃ」


 一人と一匹はリビングにやってくると、部屋を見渡す。


「そうか……ルリとミリアムからしたらこっちが異世界なのか……」

「そうなりますね。タダシ様に聞いてはいましたが、実際に来てみると感心します。ところで、引っ越しと言っていましたが、お手伝いをすることはありませんか?」


 うーん……

 そう言われてもなー。


「基本はここの物を使うし、やることは主に処分なんだよ。後は日常的な物を持ってくる程度」


 服とか。


「でしたらお手伝いができると思います。空間魔法を使いましょう」


 空間?


「何それ?」

「こういうのです」


 ルリはそう言うと、大型テレビに触れる。

 すると、あっという間に消えてしまった。


「え? 何それ?」


 憧れの大型テレビはどこに!?


「空間魔法です。別次元に収納しました。もちろん、取り出せます」


 ルリがそう言うと、大型テレビが元の位置に現れる。


「そんなこともできるの?」

「これはそこまで難しい魔法ではありませんし、タツヤさんならすぐにできると思います」


 これが難しくないの?

 魔法ってすごいな……


「じゃあ、お願いしようかなー……ところで、ルリってさ、その服しかないの?」


 白いフード付きのローブだ。

 変ではないが、10歳くらいの女の子が着る服ではない。


「他にもありますよ。フードがないやつとか赤いやつとか」


 全部、ローブなのか。


「えーっと、パジャマとかは?」

「ないです」


 マジか……


「その辺も買わないといけないか……」


 出費が……

 あ、いや、これからは家賃がかからないわけだし、多少は貯金を崩しても大丈夫か。


「じゃあ、買い物に行ってから俺の家に行こうか」


 何かこのセリフ、見た目が10歳くらいの少女に言ってはいけないセリフな気がする。


「いいんですか? 私はこのままでも構いませんし、認識阻害の魔法がありますからどうとでもなりますよ?」


 認識阻害って何だろ?


「うーん、でも、女の子が常時、その格好は良くないと思うなー……」

「そうですか……こちらにはこちらのルールや文化がありますしね……わかりました」


 この子、絶対に頭が良いんだろうなー。


「私も行っていいかにゃ? 外が気になるにゃ」


 ミリアムがせがんでくる。


「猫かー……店は無理だと思うよ?」

「じゃあ、姿を消す魔法を使うにゃ」


 ミリアムはそう言うと、尻尾を立てる。


「かわいい尻尾だね」

「ありがとうにゃ。これで大丈夫にゃ」


 ん?


「何が?」

「もう消えたにゃ」


 いるじゃん……


「もしかして、バカには見えない的な?」

「じゃあ、山田が見えてる時点でおかしいにゃ。山田やルリには見えるようにしているだけにゃ」


 本当か……?

 わからん……


「まあいいか。しゃべらないでね」

「だからしゃべらんて……」

「じゃあ、行こうか」


 俺達は家を出ると、まずはルリの服なんかの日用品を買うことに決めた。

 そして、服屋なんかを巡り、日用品を購入していく。

 当たり前だが、俺にはよくわからなかったので全部、本人と店員に任せた。


 結構な出費だったが、日用品を買い終えると、俺が住んでいるアパートに向かう。


「ここが山田の家か……狭いにゃ、汚いにゃ」

「苦労されたんですね……」


 部屋に入ると、ミリアムとルリが同情した目で見てきた。


「いや、これが普通だから。一人暮らしの男の家なんてこんなもん」


 多分……

 ちょっと掃除をしてないぐらいだ。


「なるほど……男性はずぼらなところがありますからね。これからは私にお任せください。それでどうしますか? 全部、収納してもよろしいでしょうか?」


 ルリが聞いてくる。


「できるの?」

「はい。言ってくだされば必要なものだけを取り出すことも可能です」


 すごい……


「じゃあ、お願い」

「では……」


 ルリは頷くと、家具や家電に触れていき、収納していく。

 そこそこ物はあったと思うが、10分足らずですべての物が消えてしまった。


「これが魔法か……」

「魔法にゃ。山田もすぐに覚えるにゃ」


 できる気がしないんだが?


「終わりましたし、戻りましょう」

「あー……そうだね」


 俺達はアパートをあとにすると、スーパーで買い物をし、爺さんの家に戻った。

 家に戻ると、リビングのコタツ机でルリとミリアムが魔力のコントロールとやらを教えてくれる。


「先程の火魔法の失敗は魔力の量が多すぎたのです。普通はこんなに簡単に魔力を一点に集中できないのですが、タツヤさんは魔力量が多いこととコントロールが上手すぎるのが原因でしょう。少しだけ集中してみてください」


 買ってきた服なんかを整理しているルリが教えてくれた通りに指先にわずかにだけ魔力を集中してみる。

 すると、ライターぐらいの火が現れた。


「山田……お前、すごいにゃ。そこまで魔力をコントロールできる人間なんか滅多にいないにゃ」

「素晴らしいことだと思います」


 これがすごいのかどうかもわからない素人なんだけどね。


 俺は立ち上がると、キッチンに行き、換気扇をつける。

 そして、タバコを取り出すと、咥え、さっきの魔法を使い、火をつけた。


「ふう……ライターがいらなくなったな……」


 便利だが、人前では使えない。

 微妙……


「山田……猫を飼っているくせにタバコを吸うにゃよ」


 飼っているという認識でいいのか?

 やった!

 憧れの猫がいる生活だ!


「あ、ごめん……」


 慌てて、火を消した。


「小さい子もいるんだぞ」


 そういやそうだ。


「ルリもごめんね」

「いえ、私は我慢できますので」


 よし! やめよう!


 俺はタバコをゴミ箱に捨てると、リビングに戻った。


「タバコはやめることにしたよ」

「え? はやっ……」

「あ、あの、別にやめなくてもいいですよ?」


 2人がちょっと引いている。


「いや、どっちみち、やめようかと思っていたんだよ。生活も変わったし、いい機会だからやめる」


 タバコも年々、高くなっているしね。


「そうですか……身体にも悪いですし、そちらの方が良いでしょう」

「単純に良いことだにゃ」


 その後も魔力のコントロールを教えてもらっていくと、自在にコントロールできるようになった。


 夜になると、ルリにキッチンの使い方を教えながらそばを茹で、豚小間を炒める。 

 そして、それらのご飯を2人と1匹で食べた。


 何故か、昨日、葬式で食べた高い寿司よりも美味しかった気がしたし、部屋が明るく、暖かった気がした。

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