第002話 魔法
「ごめん……俺、全然、状況がわかっていないんだ。今日、爺さんの家に来たんだよ」
「そうでしょうね。実はタダシ様より、タツヤ様に説明するように命令されております」
命令?
爺さんが?
こんなかわいい少女に?
え? 大丈夫?
「えーっと、俺は爺さんが死んで家を譲ってくれるって聞いていたんだけど……」
「もちろん、存じております」
少女が頷いた。
「どうなってんの? 悪いんだけど、まったくわからない」
「はい。説明しましょう。タツヤ様の補佐するのも私の仕事です」
さっきからちょいちょい言ってるけど、補佐って何だろう?
あ、いや、とりあえずは話を聞こう。
「お願い」
「その前に立ったままでは疲れるでしょうし、おかけください。お茶を淹れますので」
「え? あ、うん……」
勧められるがまま部屋の中央にあるテーブルについた。
椅子に座りながら少女の後ろ姿を眺めていると、少女は作業台で番茶と書いてある袋に手を突っ込み、茶葉を握る。
そして、急須に茶葉を入れ、ポットでお湯を注いでいく。
あ、お茶ってそれか……
なんとなく雰囲気的に紅茶を予想していた。
少女はお盆に急須と湯呑を乗せて、持ってくると、湯呑を俺の前に置き、お茶を淹れてくれる。
あと黒猫がいつの間にかテーブルで丸まっていた。
かわいい。
「ありがとう……」
「いえ、これも私の仕事です。得意なんですよ」
そう……
めっちゃ濃いけど……
爺さんの好みか?
「うん、美味しいよ」
そう言うと、ずっと無表情だった少女の口角が緩んだ。
これで『もうちょっとお茶は薄い方が……』とは言えなくなった。
「では、説明を致しましょう。何も聞いていないでしょうから一から説明致します」
少女は無表情に戻る。
「お願い」
「はい。かつて、タツヤ様の祖父であるタダシ様は神から魔法の力を授かりました」
聞こう……
とりあえず、最後まで聞こう。
「すごいね」
「はい。その力を得たタダシ様は日々、魔法の研究をしてこられました。そして、ついに異世界の扉を開いたのです」
「異世界?」
「ここですね」
ここ?
ここ、異世界なの?
「マジ?」
「マジです。そこから外を覗いてみてください」
少女が窓を指差したので立ち上がると、窓の方に行き、外を覗く。
すると、そこは森の中のようで木しか見えなかった。
「へ? 何これ? 森?」
「はい。向こう世界の家と繋がっておりますが、この家は森の中にあります」
異世界……
確かにその言葉が脳裏に浮かんだ。
当たり前だが、爺さんの家は住宅街にあるから周りに森なんかない。
少なくとも、ここは絶対に俺がいた都内ではない。
「なるほど……」
「話を続けましょう」
そう言われたのでテーブルに戻り、席についた。
「どうぞ……」
そう促しながら濃い番茶を飲む。
これはこれで美味しい気がしてきた。
少なくとも、今の俺にはちょうどいい。
「はい。タダシ様はこの異世界でさらなる魔法の研鑽を積んでこられました。しかしながらご高齢になり、いよいよ厳しくなられました」
まあ、90歳だしな。
前に会った時もあちこちにガタが来ているって言っていた。
「仕方がないね」
「はい。ですが、タダシ様はまだ成し遂げていないらしく、後のことを後継に託すと言われました」
後継……
「弟子とかいないの?」
「いません」
まあ、そんな気はした。
爺さん、自他共に認める偏屈だもん。
「もしかしなくても後継って俺?」
「はい。残念ながらタダシ様の子である御二人は魔法の才能がなかったようです」
親父と伯母さんか……
「え? 俺にはあるの?」
魔法なんて使えんぞ。
当たり前だけど。
「はい。タダシ様はそのような判断をなさいました。そして、私の目にも素質があるように見えます」
マジか……
「え? 本当に?」
魔法って何ぞや。
ゲームとかのやつかな?
「あるよね?」
少女が丸まっている黒猫を見る。
「あるにゃ」
え? 猫がしゃべった……?
いや、まさかね……
「にゃ?」
「にゃ」
にゃー……
「名前は何て言うの?」
「ミリアムにゃ」
へー……
「かわいい名前だね…………いや、猫がしゃべった!?」
嘘だー!
「あ、ミリアムは使い魔なんです。正確には猫ではなく、悪魔ですね」
悪魔!?
「悪魔……」
「ふふっ、混乱してるにゃ」
にゃ……
「なんで語尾が『にゃ』なの?」
「気にするところ、そこ? わかりやすいキャラ付けと思ったんだけど……」
ミリアムが普通にしゃべった。
「あ、確かに『にゃ』がついてる方が似合ってるし、かわいい」
「そうだろう? そういうわけにゃ」
うん、かわいい。
俺はミリアムを撫でる。
すると、ミリアムが気持ちよさそうな顔になる。
うん、猫だな。
実は昔から飼いたかったくらいには猫が好きなのだ。
「そういうわけであなた様には魔法の才能があります」
少女が話を戻した。
「あるにゃ」
あるのか……
「跡を継ぐって言われても何をすればいいの?」
「うーん……どうすればいいのかな?」
少女がミリアムに聞く。
いや、知らんのかい……
「研究を引き継ぐことだろうけど、このおっさんはまず基礎を学ぶことからだと思うにゃ」
おっさん……
いやまあ、おっさんだけど、直で言われると、響くなー……
「なるほど……では、まずそこから始めますか……」
少女が思案顔になる。
「あ、あの、ちょっといいかな?」
「何でしょう?」
視線を上に向けながら考え込んでいたルリさんが俺をまっすぐ見てきた。
「えーっと、ルリちゃんだっけ?」
「ルリとお呼びください」
「え? いやでも……」
女の子を呼び捨てなんてしたことがない。
「ルリとお呼びください」
圧が……
「ルリはどういう存在なの? さっきホムンクルスって言ってたけど……」
人造人間だっけ?
何号とか付いてないよね?
「ホムンクルスと人の手によって作られた人工生命体です」
「どうやって……」
いや、待て!
製造方法を聞くのはセクハラだ!
社会的に死ぬ!
「いや、ごめん。それで魔法って?」
「?? あ、魔法はこういうのです」
ルリが手のひらを天井に向けると、炎が現れた。
「なるほど……確かに魔法だ」
どう見ても魔法。
もしくはパイロキネシス。
「それが俺にもできるの?」
「はい。かなり素質があるように見えますし、すぐにでもできるでしょう」
そう言われたのでルリと同じように手のひらを天井に向ける。
「メ〇ゾーマ! ファ〇ガ! マハラ〇ダイン! ……出ないよ?」
おかしい……
「おっさんだにゃー……」
おっさんだよ。
最近のゲームは知らない。
「魔力を込めてませんね。お手伝いしましょう」
ルリはそう言うと、俺の後ろに回り、天井に向けている俺の手のひらの裏側の甲にそっと触れる。
小さな女の子の手だ。
「おっさんの心拍数が上がったにゃ」
う、うるさい!
「ちょっと緊張しただけだよ」
「緊張? よくわかりませんが、私の魔力を流してみますね」
マイペースなルリがそう言うと、手から何か温かいものが体中を巡っている感覚がした。
「何これ?」
「それが魔力です。手に集中してみてください」
「集中……」
俺の中にある温かいものを操作しようとすると、確かに操作できた。
ルリに言われた通り、その魔力とやらを手に集中させてみる。
すると、俺の手のひらがどんどんと温かくなってきた。
「――ッ! ルリ、やめさせるにゃ!」
「え?」
ルリが声を出すと、俺の手のひらから炎というか、火柱が出てきた。
「えー……」
俺はその火柱を呆然と見ている。
「くっ! ディスペル!」
ミリアムがそう言うと、一瞬にして火柱が消えた。
だが、天井には穴が開いており、青空が見えている。
「え? 何これ?」
魔法ですか?
「すごい魔力ですね……」
「こいつ、おっさんのくせにとんでもない魔力を持ってるにゃ……」
すごいの、それ?
というか、天井が……
爺さん、ごめん。
「あー……ごめん。どうしよう?」
謝りながら焦げて穴が開いてしまった天井を見上げる。
「初心者だから仕方がないにゃ。それにこのくらいなら直せるにゃ」
テーブルの上にいるミリアムはそう言うと、尻尾を穴に向ける。
すると、時間が巻き戻ったかのように穴が塞がっていき、元の天井に戻った。
「すごっ!」
「これが魔法にゃ」
ミリアムがドヤ顔を見せる。
「本当にすごいね……」
正直、炎を出すよりも魔法っていう感じがした。
極論を言えば、炎はライターでも火炎放射器でも出せる。
だが、今の技術では燃えたものを元に戻すことは絶対にできないからだ。
「お前はこういうのを覚えるにゃ」
「できるの?」
「できるにゃ。お前は魔力も高いし、才能もある。私とルリが教えてやるにゃ」
できるのか……
このしがない係長が……
だったらやってみたいと思う。
昔から勉強ができるわけでもない、スポーツができるわけでもない普通の俺……
何の才能もない俺だったが、やってみたいと思う。
死んだ爺さんの頼みだし、俺自身も興味がある。
それくらいに魔法というは神秘だった。
「わかった。やってみるよ」
「では、まずは魔力のコントロールだにゃ。ルリ、頼むにゃ」
「うん。わかった」
ミリアムが頼むと、ルリが頷いた。
よし! よくわからないけど、やるか!
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