魔王領は今日も平和です。

りんご

第1.1話:プロローグ

 はぁ、はぁ...やっと辿り着いた。魔境【イレーネ】、王都のはるか西、誰一人帰って来ないといわれる【嘆きの森なげきのもり】を抜けたこの土地に。よくやった私!魔王城はもう目と鼻の先よ!


 私は勇者サヤ、本名は浅野紗夜あさのさや。お察しの通りもともと日本でJKやってたんだけど、夏休み前日に召喚?されちゃってさ、気付いたら王座の前にいたわけ。後は…まあわかるでしょ、よくあるように勇者に指名されて、魔王討伐に送り出されたの。体が真っ二つになっても傷一つ残さず治してくれる聖女アイシャ、ドラゴンのブレスをあっさり相殺する賢者ルイスの二人の優秀な仲間。国から支給される豊富な装備。勇者パーティーはどの街でも村でも歓迎され、厚くもてなされた。向かう所敵なし、旅は至って順調...そんな状況が一変したのは【嘆きの森】に入ってから。無限に湧く神話級の魔物、呼吸も難しいほど濃い瘴気しょうき。食事はドブのような水と悪臭のする魔物の肉のみ、睡眠は取れても2時間。そんな生活環境に耐えかねて、ある日2人は私を置いてどこかへ行ってしまった。


「あなたと世界平和より、自分の家族の方が大事だ」


...なんて書き置きを残して。こっちはもう帰る家ないんだぞ!家族にも二度と会えないんだぞ!いや、確かにね、バイコーンの肉は鼻つまみながらじゃないと食べれなかったし、水も暗紫色だったけどさ、そういう問題じゃなくて!幸い私は強かったから生き残ったけど、仲間を見捨てて逃げるなんてさ!アーシャ、ルイス...生きて帰ったらとりあえず一発グーパンお見舞いしてやるからな...


 ともに戦い励まし合う仲間を失い、一人孤独に進み続けた3ヶ月。その地獄のような日々も今日で終わり。バイコーン肉ともおさらばだ!さっさと魔王を倒して、報酬金で田舎に家を買ってスローライフを満喫するんだ!ふふふ...待ってろよ魔王!お前の首と胴が繋がってるのも今日が最後だ!


 今日はもう暗くなったことだし、さっさと寝て明日に備えよう。じゃあおやすみ。


 瘴気阻害の特殊素材で作られたテントに、一人の少女の寝息が静かに響く。




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