15.3章 パナマ南方洋上

 連合艦隊はパナマ作戦のために、一航戦、二航戦、五航戦の6隻の空母から、機動部隊を編制した。艦載の航空隊については、本土の部隊からも搭乗員が移動して、今までの海戦での損耗も補充できた。防空艦に改修した艦艇の配備も実行した。新型機として銀河や流星、烈風改も搭載して、部隊としての戦力は著しく増強されていた。


 機動部隊が、日本本土を出発してから既に20日以上が経過していた。その間、給油艦と3回の給油を繰り返して、8,000海里(14,800km)をはるばる航海してきた。今回の作戦を実行するにあたり、第一航空艦隊の司令長官に補職されたのは小沢中将だった。山本長官は、珊瑚海の戦いでの南雲中将の判断を必ずしも評価しなかったのだ。


 一航艦の将旗を掲げていたのは、空母ではなくアリューシャン攻撃作戦でも旗艦を務めた「衣笠」だ。「艦上では、作戦開始にあたり参謀長の三和大佐が、海図を広げながら作戦の説明をしていた。


「我々は、南米の東方海上に達しました。コロンビアとエクアドル国境の海岸線から、およそ300海里(556km)西方です。パナマ運河からは南南西の方角、約530海里(981km)です。まもなく、パナマに接近する航路に変針します。なお、これからは五航戦だけはやや東側に距離を空けて航行してゆくことになります」


 三和大佐は、一度説明を切って小沢中将の顔を見た。

「良かろう。我が艦隊は、当初の計画通り変針する。北上すれば、やがて米軍機の哨戒圏内に入ることになるが、参謀長はどのように考えているか?」


「アリューシャンでの経験から、米軍の哨戒機は400海里(740km)以上の海域に進出して偵察していることが判明しています。現状の距離で即刻発見されるとは思いませんが、これからは米軍の哨戒範囲に入っている前提で進むべきです。これ以降は、索敵機への警戒のために、艦隊上空に常に艦載機を上げることになります。現状の予定では攻撃隊の発進は350海里(648km)です。パナマ周辺に複数の米軍基地が存在していることを考えると、攻撃隊発進前に発見されれば、先手を打たれて米軍から攻撃を受けるでしょう。双発あるいは四発の米爆撃機が遠距離攻撃を仕掛けてくる可能性は、非常に大きいと判断します」


「夜間の暗いうちにできるだけ距離を詰めたい。深夜でも電探搭載の米軍偵察機は我々を発見する可能性がある。米軍の爆撃隊により空母が損傷を受ければ、我々の攻撃作戦は開始することすら不可能になる。偵察機の早期発見と米軍攻撃隊に備える必要があるぞ」


 小沢長官は、三和参謀と吉岡航空参謀の方を向いた。

「防空戦闘隊と、攻撃部隊の割り振りを決めてくれ。米軍偵察機がやってきたら、パナマ攻撃隊の発進を早めるかもしれない。そのつもりで準備しておいてくれ」



 ……

 日本艦隊は、計画通りの座標で変針した。五航戦は一航戦と二航戦の東側のやや離れた海域を進むことになった。経路としては、変針地点から一航戦がパナマへの最短距離を目指すが、五航戦は100海里(185km)程度、東寄りを航行していた。


 変針してしばらくすると、一航戦の前方を航行してた「榛名」が未確認機の飛来を電探で探知した。


「衣笠」の作戦室の計算機端末上のランプが赤く点灯した。計算機間通信で緊急通報が入ったという表示だ。艦隊の巡洋艦以上の艦には、通信用途の小型計算機が全て装備されていた。特別仕様の大型表示管と電動タイプライターも接続されて計算機間の通信内容の画面表示と印字が可能だ。通信は計算機が自動的に暗号化して、受信時は復号するので傍受されても相手に計算機がない限りは解読できないはずだ。しかも作戦直前に暗号化プログラムは技研が開発した最新版に更新されていた。これで傍受されてもまず解読されないはずだ。


 艦隊内の無線通信では、周波数帯を超短波として、百km程度の見通し距離内での使用に限定していた。高い周波数を利用することにより、情報通信の速度を上げるとともに、通常では遠距離には届かない電波なので、単純に傍受を防ぐ効果も期待していた。隊内電話として音声による通話もこの周波数帯の電波を使用していた。遠距離に電波が届かなければ、無線封止に近い効果がある程度はあるだろうと考えられていた。


 連合艦隊の要請により、技術研究所からは穴山大尉が電子計算機の調整要員として派遣されていた。


 参謀の吉岡少佐が端末に近づくと、表示端末の前に座っていた穴山大尉に話しかけた。

「『榛名』が探知した目標の情報を表示できるかね?」


 大尉が命令を打ち込むと画面に一連の文字が表示された。

「『榛名』の計算機につなぎました。電探と逆探などの電子機器がとらえている目標に関する最新情報です」


 高速戦艦の電探がとらえた目標の方位や距離、高度などが文字情報として、表示管に映し出された。


 吉岡少佐は、大型表示管の文字をじっと読み取ってから小沢長官の方を向いた。

「電探が探知したのは、艦隊の北北東、70海里(130km)。単機と想定。米軍の索敵機に間違いありません。逆探も電探と思われる電波を受信中。まだ夜明け前で暗いですが、接近すれば電探により発見される可能性があります」


 文字を表示した画面の横にも同様の表示管が設置されており、将棋の盤面のような駒の形で、「衣笠」を中心とした艦隊の配備を示していた。画面の上端あたりに十字の表示が追加された。新たに探知した北方の米偵察機を画面上に表示したのだ。


 小沢長官は神官のような厳かな口調で命令した。

「直ちに要撃せよ」


 小沢長官の回答を聞いて、穴山大尉がカチャカチャと電動式タイプライターを打ち始めた。

「『赤城』と『加賀』経由で命令を伝達します。まもなく、上空の戦闘機が急行してゆくはずです」


「偵察機がやってくるのは想定よりも若干早かったな。とにかく偵察機が通報する前に撃墜してくれ」


 三和参謀が緊張した面持ちで、長官に向き直った。

「現状の距離でも、パナマの四発爆撃機の行動圏内に入っています。我が艦隊の位置が通知されれば、米軍は攻撃隊を差し向けてくるでしょう」


 ……


「加賀」戦闘機隊の石川一飛曹は、電探を装備した複座型烈風で北北東に向かって飛行していた。約10分間飛行すると、後席の米沢二飛曹が電探で目標を発見した。

「電探に感あり。2時方向、おそらく同高度と推定」


 北西に飛行してゆくと、薄暗い夜空を背景にして、四発機のシルエットが見えてきた。機載の電探で、日本機の接近をとらえたのだろう。艦隊に接近するのではなく、旋回して北に向かおうとしている。接近すると星空を背景とした影の形から、細長い翼に4基の発動機を備えて、太い胴体と楕円形の2枚の垂直尾翼がわかった。


 石川一飛曹は列機の甲斐二飛曹に指示した。

「米陸軍のB-24のようだ。我々を発見して、パナマ方面に逃げてゆくつもりだ。後方にまわり込んで撃墜するぞ」


 2機の烈風は機首を若干下げた。四発機よりも若干低い高度の斜め下方から1列になって攻撃した。尾部の銃座から反撃してくるが、夜間のため照準が正確ではない。一方、烈風は、高度を下げたおかげで、月明りの夜空を背景に爆撃機の影を視認できた。下方から射撃した石川機の20mm弾は胴体中央部に命中した。胴体下部の引き込み式の銃座がバラバラになるとともに、胴体に大きな穴が開口した。甲斐二飛曹の長い射撃は、左翼に集中した。連続して20mm弾が命中して爆発したので、防弾燃料タンクも全く役に立たない。左翼が激しく燃えだすと、2番エンジンが脱落していった。


 B-24は炎に包まれた左翼を垂直にして海面に向けると、きりもみになって墜落していった。


 ……


「『赤城』の淵田中佐から通話が入っています」


 超短波帯の電波を使って、日本艦隊でも米艦隊のTBS同様に艦艇の間で音声通信が可能になっていた。しかも計算機間の通信と同様に、音声を2進符号化して送信してそれを、受信側で音声に復号するので、傍受されても計算機を利用しない限り内容がわからない。しかも、2進符号化すると雑音が乗らないので格段に音声の品質が良くなっていた。戦局の変化が急な場合はやはり音声による連絡や説明が手っ取り早い時もある。


 航空参謀の吉岡少佐が受話器を取った。通話の内容は、「赤城」の戦闘機の交戦報告だった。吉岡少佐が戦闘状況を小沢長官に報告した。

「偵察にやってきたB-24を撃墜しました。距離から考えて、我々の艦隊を電探で発見しているはずです。烈風から攻撃されたことも墜落する前に通報しているかもしれません。これから先は、艦隊が発見されたという前提で行動することを提案します」


「攻撃隊の発進までにはまだ時間がかかるな。目標までの距離を縮めるのが優先か、それとも遠距離でも米軍から攻撃を受ける前に発艦させるかだな。意見はあるか」


 小沢中将の質問に誰かが答える前に、計算機が作戦に関する出力を打ち出した。用紙を受け取った三和参謀長は、その内容をすぐに説明し始めた。


「長官、計算機の青軍は全速で4.5時間北上した後に攻撃隊を発艦させる作戦を採用しています。赤軍の攻撃隊が飛来するのは、準備も含めて約5時間後と想定しています。いっぽう、運河への攻撃隊の発進位置はパナマから約430海里(796km)程度の距離と判断しています。これは、攻撃機の航続距離からもかなりギリギリの距離なので、計算機は攻撃隊発進後も目標に接近して帰投距離を短縮するつもりのようです」


「米軍機の襲来時刻は、計算機の推定通りになるだろうか? これよりも早くなれば、攻撃隊の発進に重なって、我々は大混乱になるぞ」


「パナマと我が艦隊の距離と米軍の爆撃隊が発進に要する時間を考えると、飛行場に部隊が即時待機していても3時間以内にやってくることはあり得ません。実際には出撃前の準備と編隊を組むのにも時間を要するので、5時間という計算機の見積もりは、かなり短い場合だと思います。一方、我々の艦載機の航続距離から、430海里以内に踏み込んで発進させるというのも必要な条件です。これでは航続距離に余裕がないので、私ならばもう少し接近してから発艦させます」


 小沢中将はしばらく考えていた。

「わかった。おおむね計算機の案で行こう。但し、パナマ上空での空戦の発生も考量すると、計算機より30分程度は遅らせて発艦させたい。米軍機の襲来もその程度は遅れる可能性が高いのではないか」


「了解です。この海域は、これから1.5時間程度で明るくなります。その後、2.5時間北上して攻撃隊を発艦させます」


 強く小沢長官は強くうなずいた。

「艦隊を全速で北上させろ。第四戦速は出せるだろうな」


「衣笠」の参謀は分担して、他の艦に小沢長官の言葉を伝えた。艦隊を北上させるとともに、発艦予定時刻に向けて攻撃隊の準備もしなければならない。


 司令部要員が忙しく動き回っている間も、計算機の打ち出した青軍の詳細な作戦計画が画面に映ったままだった。小沢長官は、じっくり画面を見ていた。


 ……


 陸軍航空隊でパナマ防衛の任務に就いている第6空軍司令官のハーマン少将は、偵察機が洋上で攻撃されたとの報告をドール准将から受けていた。


「運河の210度、約600マイル(966km)の海域で偵察機が攻撃されました。日本軍機から攻撃を受けたとの連絡を最後に、連絡がとれていません。日本艦隊の戦闘機により撃墜されたと考えられます」


 まだ暗い外の景色を波なめながら少将は答えた。

「日本軍の機動部隊がついにパナマにやってきたということか。日本艦隊の詳細な情報が欲しい。付近の偵察機を想定海域に向かわせろ。爆撃隊は攻撃準備を急がせろ。双発戦闘機と新型戦闘機による護衛も検討してくれ。他の戦闘機隊は運河上空で迎撃の準備だ。ああ、そうだ海軍基地にも連絡を忘れないようにな」


 ハーマン少将は、本国の情報局(SIS)が連絡してきた分析結果を思い出していた。彼らの分析によると、近いうちに日本が攻撃対象と選定するのはパナマの可能性が高いとのことだった。判断の理由までは明らかにされなかったが、その分析は、今のところ事実になろうとしている。


 少将にとって幸運だったのは、単なる情報提供だけでなく、アメリカ本国が分析の結果を信じて、戦力強化を実行してくれたことだ。最近になって、パナマ地域の戦闘機と爆撃機は本土からやってきた部隊によって大幅に増強されていた。爆撃機も戦闘機も2倍以上が出撃可能になっていた。しかもやってきた飛行隊には、B-17も戦闘機も最新型が含まれている。おそらく、ハワイやサンフランシスコなどの太平洋側の重要拠点に優るとも劣らない戦力となっただろう。彼は、ヤマモトの艦隊がうかつに手を出せば、手ひどい目に遭わせられるだろうと信じていた。



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