3.5章 ジャイロ式照準器開発

 少し時を巻き戻す。


 小林中佐と永野大尉が欧州訪問で、ドイツの爆撃照準器を知ったのは、昭和14年(1939年)5月だった。二人は欧州から帰国すると、さっそくドイツから提供された情報を基にして、自動化した爆撃照準器の実現について検討を始めた。


 操縦席に取り付ける反射板に照準環や着弾位置を表示する「Stuvi」に相当する機器は、日本の光学企業でも製造が可能なことは、容易に想像がついた。海軍ではドイツの「Revi2B」を参考にして九八式射爆照準器を既に開発していた。技術的に大きな飛躍が必要だとは思えない。


 一方、「BZA」の機能を実現するのは、圧倒的に難しい。精密なジャイロにより自機の加速度を検知して、演算により機体の運動状態を明らかにする。その答えと高度計や速度計からの計測値も用いて、計算により爆弾の投下位置を予測しなければならない。ドイツでは、アナログ式の計算機により実現していたと聞いたが、渡された資料だけで、そのような機器を簡単に実現できるとは思えない。


 高度な技術が要求されることは明らかなので、実現手段については専門家の見解が必要だという結論に達した。まずは自分たちの所属組織である航空廠長に相談した。廠長の杉山少将は、二人の説明を聞きながら、ドイツ語の説明書類をぱらぱらとめくってから、自分の見解を述べた。


「未知の装置であっても航空機に搭載する機器である以上、本来であれば航空廠で主管して開発すべきだろう。しかし、このような高度な機器の短期開発はなかなか厳しそうだ。君たちの説明を聞いた限りでは、自分の位置や姿勢情報を取得して、爆弾の弾道を予測して命中させるということなんだろう。そうであれば、むしろ艦艇に搭載している射撃盤に機能的には近いと思う」


 永野大尉も少将の意見に納得した。

「おっしゃる通り、艦砲の射撃盤は、自分の艦と狙った相手の相対位置が変わる状況で、目標の未来位置と大砲の弾道を計算して、砲の制御をしています。『BZA』という装置は、機体の運動を検知して爆弾の弾道を計算します。確かに機能的に近いですね」


「広い意味で射撃管制装置の一種だと思う。そんな装置を開発できるのは、海軍技術研究所だろう。技研には光学装置や射撃管制の研究をしている人員もいるはずだ。弾道を計算するための計算機という観点からは、電子関係の部隊も技研に存在している。いっそのこと海軍技術研究所にまとめて相談したらどうかな。所長に対する検討依頼書には私の名前を出してよい。ドイツが開発できたのだから、不可能だと拒絶されることもないだろう」


 ……


 ドイツ訪問で顔なじみになった小林中佐と永野大尉が私のところにやってきた。挨拶もそこそこに、ドイツで見聞したことや、ジャイロ式の爆撃照準器の開発を依頼することになったいきさつを説明してくれた。


「……というわけで技研に爆撃照準器の開発をお願いすることになった。既に所長の了解はもらったので、射撃管制装置を開発している君のところにも指示が下りてくると思う」


 昭和14年(1939年)8月には、ドイツの装置を参考にして急降下爆撃用途のジャイロ式照準器の開発が始まった。しかしこのころの計算機担当は、艦船に搭載する射撃管制用の計算機の開発に追われていた。機能的には近いが、艦載計算機そのままでは航空機に搭載できるはずがない。艦載計算機をまずは利用して、外形は大きいが機能的には爆弾の弾道を計算が可能な装置をまず開発することになった。


 技研の理学研究部第7科には光学照準器の研究者が在籍していたので、日本光学などの民間と協力して「Stuvi」に類似した装置の開発は、どんどん進んだ。小型のジャイロについても、第7科で時計会社の協力により3軸の試作機が完成した。


 開発に関係する技術者が増えると、呼び名が決まっていないのはなにかと面倒だ。2つに分割した装置について、区別できる呼称を決めることになった。装置全体では、「ジャイロ式射爆装置」と既に呼ばれていた。「Stuvi」に相当する操縦席内に設置される部分は、既存の機器の呼称にならって、「ジャイロ式射爆照準器」と決まった。「BZA」に相当するジャイロを内蔵した演算を行う機器については「ジャイロ式射爆管制器」と呼ぶことになった。長い名称なので、通常は「照準器」と「管制器」と呼んで区別していた。


 第7科の主任研究員である北川大佐が計算機課にやってきた。

「ジャイロ式射爆装置についてだが、照準器については、試作の見通しが立った。来週には試作品ができてくる。さっそく、試験を開始する予定だ」


 照準器の試作が進んでいることは、知っていたが既に試作ができるのだ。

「早くも照準器の方はめどが立ったのですね」


 北川大佐がまじめな顔で話した。

「電探が広く使われることになれば、光学機器の出番はだんだん少なくなるだろう。光学分野の人間が頼りにされる間は、我々も頑張らないとな。この装置が完成すれば間違いなく大きな効果があると信じている。実は少し違う相談があるんだ。これを見てくれ」


 望月少佐と私の前に広げられたのは、ドイツの「Stuvi」によく似ていたが、上下がさかさまで、戦闘機で見慣れた従来の照準器の配置になっていた。


 すぐに望月少佐がその差分に気付いた。

「十二試艦戦などの戦闘機に搭載する九八式射射爆照準器によく似ていますね。但し、照準環を投影する反射ガラスの面積が一回り大きくなっています。機器本体の方もやや大型化しているようですね」


「さすがに観察力が鋭いね。これは、戦闘機に搭載して空中戦で使用する照準器の想定図面だ。開発中のジャイロを利用した爆撃照準器は、多少の機能を追加すれば、戦闘機用のジャイロ照準器に発展させられるはずだ。目標までの距離を指示して、ジャイロから機体の動きを取得して、計算機が機銃弾の弾道を計算する。それができれば、戦闘機の照準で最も難しい見越し射撃が簡単に可能になるはずだ」


「戦闘機が使う照準器となれば、利用範囲は飛躍的に拡大しますね。しかも熟練の操縦士でなければ不可能な見越し射撃が可能になれば、機銃の命中率はかなり向上するはずです。まあその分、開発は難しくなるでしょう」


「このジャイロ照準装置が完成すれば、大きな効果をもたらすのは間違いない。研究所長から戦闘機向けの管制器についても開発の許可はもらった。二つの装置の同時開発になって申し訳ないがよろしく頼む」


 ……


 昭和15年(1940年)1月になって、やっと急降下爆撃向けの照準装置の試験機が完成した。我々が最初に作成した爆撃機向けの管制器は、ジャイロと計算機を内蔵して、縦横共に1メートルを超える箱になってしまった。大型計算機とは異なり、演算回路を計算に必要な機能に削減した。更に記憶容量も弾道計算用途に絞って減らしたが、まだ大きい。それでも装置としての機能を試験してみると、目的とした爆弾の着弾予想位置を計算するという基本機能は実現できていた。ケーブルで接続した「Stuvi」を参考にした折畳み式の照準器の反射板にも、着弾想定位置を表示することもできた。


 空中試験で実際に投弾時の性能を確認するために、選定されたのは、当時既に旧式になっていた九四式艦上撃機だった。重量軽減のために、後席の機銃などの装備品を外して、試作品のジャイロ式射爆管制器を胴体内に搭載した。操縦席には反射板式の照準器を取り付けた。試験機で急降下爆撃試験を行うとやはり投下位置に誤差が発生する。この試験機は、外付けのフェライトコアを利用した磁気記憶装置を追加で取り付けることができた。後部座席を取り外して、実験用の記憶装置を追加した。


 搭乗員は爆撃手兼操縦員の1名になるが、計算機への入力と計算機の状態、計算結果が磁気記憶に残せるようになった。それと実際の着弾誤差を比較すれば、誤差の原因をたどることが可能になる。計算機の内部状態も記録できるので、ジャイロの指示数値とプログラムの実行状態も手に取るようにわかった。


 誤差の理由が判明すると、海野少尉配下のプログラム専門家が、修正したプログラムをあっと言う間に作成した。修正作業の速さは、計算機の大きな利点の一つだ。海野少尉が小林中佐のところに修正版プログラムを持ち込んだ。


「いくつか修正プログラムを作成しました。それぞれ計算に含める風力や気温、地球の自転などの影響をどこまで計算に含めるかの計算式を若干変更しています。まずは、管制器の計算機に読み込ませて投弾試験の結果を比較してください。計算機への読み込み作業は10分もかかりませんから、1日もあれば比較のための試験飛行もできるはずです」


 プログラムを修正しても、計算機への入力として、風力や風向をあらかじめ設定するが、正確な値を入力するのは不可能だ。その結果、風の強い日には誤差が拡大するが、これはやむなしとされた。また、装置が故障する可能性を考えて、計算機が正常に動作しているときのみ光るランプを照準器に追加した。前線で修正プログラムの変更を簡単に行うために、外部から電線を接続してプログラムを書き換える機材も開発した。これは後になって、プログラムの変更が必要になった場合に、大いに役立つことになった。


 さすがの小林中佐も処置の速さに驚いた。

「海野君、計算機を使うとプログラムを修正するだけで照準の調整ができるのだな。しかも修正版のプログラムを書き換えるだけなら1時間もかからない。これは大きな利点になるぞ。実戦部隊で使われるようになってから、爆弾の種類が変わったり攻撃方法に変化が生じても、短時間でそれに合わせた計算方法に変更できるのは大きな利点だ」


 爆撃照準の性能は満足できるようになったが、管制器についてはジャイロと合わせて計算機をもっと小型軽量化しなければ、航空機に搭載できない。望月少佐と私のところに再び小林少佐がやってきた。


「試験機で性能は確認できたが、大きさは不十分だ。単発機に搭載するとなると、三分の一程度に小型化しないと搭載することは無理だ。もちろん、小さければ小さいほどいいのだが、複座機でも現状では大きすぎる。実際の機体には、この装置のほかに無線通信機や帰投誘導装置も搭載するのだ。それを前提とするとなると、もっと小型、軽量化してほしい」


「もちろん、我々も最初からこんな大きな装置を単発機に積むつもりはありませんよ。あくまでも機能を実証するための試作機です。ジャイロも計算機も、試作機の評価が開始された時から、既に小型化した本番機の開発をしています」


 小型化のために、我々は演算部において、半導体の使用範囲を大幅に拡大することを方針とした。管制器の小型計算機は、大型計算機への半導体適用という前例があったので、かなり短い期間で開発ができた。更に、航空機の加速度を検知するジャイロも時計会社が精密加工技術を利用して小型化してくれた。懐中時計や腕時計並の精密部品を利用することにより、手のひらに乗るような大きさのジャイロが実現できた。


 照準器の空中試験が始まった頃、航空機に搭載する超小型の半導体式計算機を海野少尉と三好少尉が持ってきた。なんと計算機は記憶部も含めて、数枚の基板に収まっていた。


「これは、半導体による演算器と磁気記憶部だけから構成された小型計算機です。単純な制御に限ることを前提に演算器は2進数の16桁(16ビット)まで縮小しました。航空機への搭載を考慮してできる限り部品数も減らして軽量化しています。我々は開発番号から、8086型計算機と呼んでいます。今までの計算機と基本的な命令は変更していないので、プログラムは若干修正するだけで利用できます。もっと小型の計算機が必要であれば、演算する2進数が8桁(8ビット)になりますが、8080型計算機もありますよ」


 ……


 昭和15年(1940年)6月になると、小林中佐が菓子折りを持ってやってきた。やっとジャイロによる爆撃照準装置が完成したのだ。管制器についても半導体や小型のジャイロを利用することにより、電源部を除いて縦横30cm程度の箱に収めることができた。これは参考にしたドイツの「BZA」のアナログ計算機よりも若干小さい。しかも、弾道の計算精度は圧倒的に優れている。


「爆撃機に簡単に搭載できる爆撃照準器が短期間で完成したのは君たちの努力の結果だと認識している。重量も装置全体で30kgを切っているので、いろいろな機体に問題なく搭載できるだろう。想定以上の小型化ができたことに感謝する。新型の急降下爆撃機での試験に関しては、空技廠飛行実験部の搭乗員として私自身が責任をもって試験をするよ」


 望月少佐が答える。

「我々の成果を認めてもらってうれしいです。今回開発した小型の計算機はいろいろな場面で使用することが可能です。プログラムさえ変更すればいろいろな機能を果たすことができます」


 しばらくして、空技廠で試験を行ってきた小林少佐から再び連絡があった。

「例のジャイロを使った照準器は、私の評価では十分使い物になりそうだと判断している。但し、実際の爆弾命中率については、実戦部隊の重大な関心事なので、複数の部隊での評価が必要だということになった。まあ、了承を得るためには必要な手続きなのだろうが、制式化されるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。何しろベテラン搭乗員が、自分が狙って投下すれば命中率は機械を上回ると言って、競争心をむき出しにしているからな」


「爆弾の命中率は爆撃隊にとって死活問題なので、仕方ないですよ。新米の搭乗員でもベテラン並みの腕前になるというのがこの照準器の利点なのですがね。望遠鏡式の照準器を使っても、爆弾を命中させられる搭乗員にとっては、効果はそれほど目立たないはずです。これから、いろいろな試験が行われば、その結果が集まってきますので、我々はそれを見てプログラムの改良を行ってきますよ」


「試験が進めば、ジャイロ照準器を活用した戦術も考えられるだろう。命中率向上という効果があるということは事実だから、間違いなくそれは認められるはずだ」


 ジャイロ搭載の爆撃照準器が、最終的に零式自動射爆照準として制式化されたのは、昭和15年(1940年)11月であった。爆撃機への配備は、前年に制式化された九九式艦爆に搭載することになった。なお制式化時には、搭載する爆弾の種類が変わると弾道も変化するので、操縦席に爆弾種別を指定するダイヤルを追加した。設定された爆弾の種別に応じて、計算時の係数を変えるのだ。


 ……


 一方、戦闘機に搭載するジャイロ型の照準器は昭和15年(1940年)7月になって本格的に開発が始まった。基本検討の時点で、操縦席に設置する照準器は空中戦闘に対応できるように反射ガラスの面積を拡大して、しかも照準環(レチクル)はガラス面で2次元的に動く必要がある。一方、胴体内に設置するジャイロと計算機は爆撃機用を若干改修すれば使えることは想定できた。但し、照準の条件としては、自分の機体も狙う相手も3次元動作していることが前提となる。プログラム変更は容易ではないはずだ。


 開発を本格的に開始するにあたって、北川大佐が方針を説明するためにやってきた。

「爆撃機の照準器と大きな違いは、空戦中に変化する目標と自機との間の距離を正確に計測する必要がある点だ。爆撃機は高度計により、距離に相当する情報を得られたが、戦闘機の場合、直接的に目標までの距離を測る機器がない。そのため、目標とする機体の翼幅の見え方によって、測定することを考えた」


 かなり複雑な方法なので、北川大佐は解説用の絵をかいてきていた。その絵を見せながら説明を続ける。

「まず、距離の測定法は反射板の円環の中に敵機をとらえる。操縦席には表示した円環の直径を連続的に変えるためのボタンかダイヤルを設ける。搭乗員が照準しながらボタンかダイヤルを操作して、目標の翼幅がぴったり収まるように円環の直径を調整する。これにより、自分の機体からの見かけ上の翼幅を知ることができる。見かけ上の大きさがわかれば、実際の目標の翼幅は事前にわかっているので、簡単な比例計算で目標までの距離は求められる。目標が小型機なのか、大型の爆撃機なのかにより、見え方は違うから、それは空戦開始時に機種を設定することが必要になる」


 私は大佐の説明した原理をすぐに理解した。

「なるほど、10mとか20mとか実際の翼幅を決めるために機種をまず入力する。次に、円環の直径を見え方に応じて調整すれば、操縦員から照準器の間の距離で翼幅がどの程度の大きさに見えているのかわかる。それで距離が計算できるというわけですね」


「計算機で機銃の弾道を計算した結果は、計測した距離での弾着位置を想定して、照準器内の円環により示すことになります。もちろん自機の運動も計算に含むことになります。計算の結果に基づいて、反射板に投影される円環は、機体の運動と距離に応じて上下左右に動き回ることになります。それを追いかけだすと、操縦員は相当忙しいですが、大丈夫でしょうか?」


「現状では照準器に弾着位置は示されないが、弾の飛んでいくところを想定して操縦するという意味では、今でも同じことをしているのだよ。実際の戦闘時に頻繁にボタンやダイヤルで照準環の操作はできないだろうから、自分が決めた輪の大きさにぴったりと目標の翼がはまるように、相手を追いかけて行って機銃を撃つという戦闘法が現実的かもしれない」


 ……


 戦闘機用の操縦席に設置する照準器は、実験用の機材が昭和15年(1940年)3月に完成した。ジャイロ内蔵の管制器は、操縦席の照準器と接続できるように回路を戦闘機向けに改造した。プログラムも3次元動作をする目標への弾道を計算するように変更した。加えて、戦闘機はかなり高速に動き回るので、短時間で多くの回数を計算するように計算頻度を増加した。その代わり演算の精度が粗くなるのはやむを得ない。さっそく九六式艦上戦闘機に搭載して試験を開始した。


 実験を開始してみると、自機と目標が直線的に飛行しいてる時の照準は正確だと判定された。しかし、目標が旋回などの運動していて、それを試験機が追尾していって射撃するような場面では命中率が著しく低下する。これでは、ジャイロを搭載しない従来の照準器よりも若干ましな程度だ。


 芳しくない試験状況を、私が、北川大佐に報告する羽目になった。先に北川大佐が問題を切り出した。

「自分の機体と目標が機動している状況では、命中率が著しく悪化するという判定結果が出ている。これはかなり難しい条件での射撃だと私もわかっている。しかし、目標が直線的に飛行している状態でなければ使えないのでは、ジャイロ照準装置を装備する価値はほとんどない。正直、熟練の戦闘機パイロットでも機体が旋回していれば、命中させるのは非常に難しいと思う。それでも見越し射撃ができるように改善できなければ、制式化はできないぞ」


 爆撃照準装置の試験に使用した外付けの記憶装置を、九六式艦戦に追加して、いろいろな条件で試験を繰り返した。計算機の内部状態の記録(ログ)も取得できたので、おおむね原因とおぼしきものがつかめてきた。さっそく想定原因について、北川大佐に報告にいった。


「計算機は、自機のジャイロが検知した各方向への加速度とその時点の速度、飛行姿勢を周期的に取得してそこから計算した結果により操縦席の照準用の円環(レクティル)を動かしています。しかし、実際には若干過去の時点で取得した加速度や機体の情報に基づいた演算結果により照準環を映しています。この情報を取得してから計算の答えを出すまでに時間的な遅延があります。機体が激しい運動をしている場合には、計算しているわずかの間にも機体の運動や距離は変化します。それが、誤差になっていると考えられます」


「わかってみれば当たり前のような話だな。計算機が答えを出すまでのわずかの時間でも、戦闘機のような高速の物体は状態が変化している。当然その変化は計算に反映されないから、それが照準の誤差になるということか。それで現実的な対策はあるのかね? 私には計算機の性能向上による演算時間の短縮くらいしか思いつかないが、それ以外にも打ち手はあるのか?」


「おっしゃる通り、基本的な対策は計算時間の短縮です。現状の計算機でもまだ多少は性能に余裕がありますので、ぎりぎりまで計算時間を短縮させます。プログラムも答えを短時間で出せるように変更します。戦艦の射撃とは違うのですから、照準のためにあまり高い精度は必要ありません。演算時の有効桁数を減らせば、計算の実行時間を短縮できます。計算の精度が多少落ちても空戦時の射距離程度ならば、問題にならないはずです。過去の時点で取得した加速度などの計測値がどのように変化してきているか変化量を求め、計算結果が出るまでの微小な時間後の測定値の変分を想定して計算に含めます」


「計算機の余裕分を利用することと計算自身の短時間化、それに一瞬後の変化を予測して計算に含めるということか。予測といっても過去からの変化の延長で予測するのだな。予測が複雑になると、かえって演算量が増えそうに思うが大丈夫なのか? 演算時間を短縮して単位時間あたりの回数を増やして、照準器の円環を動作させる周期を増やさなければ意味がないはずだ」


「おっしゃる通りです。単純な予測法として計算量があまり増えないようにしなければ、本末転倒になります。例えば旋回中の機首の方向変化は、直前と同じ旋回率で変化が続くと予測します。時間的に古い情報は参照しません。更に計算機自身の性能を向上させるつもりです。半導体の動作周波数をもう少し増加して、性能を改善した演算部が間もなくできるのでそれを利用するつもりです」


 計算時間が短縮できるようにプログラムを変えたおかげで命中率は改善したが、まだ機動中の照準は外れることがある。改善の余地はあるが、やっていることの方向性には間違いがないことが証明された。


 試作が終わったばかりの動作周波数が増加した半導体を使用して、演算性能を向上させた計算機を持ち込んだ。新型計算機といってもジャイロと計算機を内蔵した管制器の演算部分の基板を交換しただけで他の部分に変更はない。8086型中央処理部(8086CPU)の動作周波数の増大は大きな効果があった。基板の交換だけで演算時間が3割も改善して、誤差はほぼ気にならない程度に減少した。


 最後の変更点は、機銃弾の種別の計算機への設定だ。見越し射撃をする場合に機銃弾は山なりに飛んでゆくが、落下する量は銃弾の初速と弾丸の重量に依存して変わる。また目標に到着するまでの時間も初速と速度の減少率に応じて変わる。もともと弾道計算には機銃弾の速度と重量を含んでいたが、それが異なる機銃が出てきた。今までの7.7mmとは大きく機銃の仕様が異なる13mmや20mm機銃が戦闘機に搭載されるようになって、機銃の種別設定は必須になった。機銃の種類を設定できるように照準器に回転式のダイヤルを追加した。搭載している機銃が変わると、それに応じてスイッチを回して設定値を変えることとした。複数の種類を搭載した戦闘機は、基本的に口径の大きな機銃の設定を前提とした。


 半年以上、空中試験が続けられて、零式自動射爆照準器として制式化されたのは、昭和15年(1940年)10月になった。


 海軍が開発したこれらのジャイロ式の爆撃照準器と戦闘機用の照準器は、陸軍もすぐに知ることになった。海軍機に数カ月遅れて陸軍機への搭載も始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る