第21話 シアのもう一つの才能-2
「
(あたりだ)
「月狼の次に腕の立つ暗殺集団ですね」
そう言い当てると、男は目だけでシアを見上げびくっと体を跳ねさせる。
シアの実力が自分よりも優れていると見抜いたのか、それとも抵抗しても無駄だと悟ったのか。どちらにしろ、瞳からも体からも抵抗が消える。
「なるほど。二年ほど前、鴉が大きな依頼を受けたとは聞いていましたが。これは近衛兵、カエルレウス宮の使用人ともに、関係者全員の体を検めたほうがいいでしょうね」
「入れ墨か」
「ええ」
シアは立ち上がりながらクロヴィスへ向き直る。
「鴉は必ず体のどこかに組織のシンボルを刻んでいます。見つけやすいとはいえ、必要であれば私がいたしますが」
「いや、アランバート」
「はっ」
「今の話を聞いていたな?」
クロヴィスは小さく首を振ると、傍らの近衛兵隊長に命じた。
「この宮から、膿を徹底的に絞り出せ」
「はっ。直ちに近衛兵全員を検めます。宮の使用人に関しては、ミセス・ロングバードとサー・マディエスへお伝えいたしましょう」
「ああ、頼んだぞ」
「ではこの者たちを収監後、作業に移ります」
深々と礼を取って、ふたりに増えた刺客を引っ立てた近衛兵たちの目には、新たな使命感のようなものが浮かんでいた。それから、シアへの畏怖のようなものも。
(まあ、とっさに体術まで披露しちゃったしねぇ……)
ある程度の実力があるものには、はっきりとわかる。シアが暗殺者としても優れていると。
(本当は、クロヴィス様以外には隠しておきたかったんだけどな)
そうでないと今以上に警戒されてしまう。
そう思って、やたらと静かなアイガスたちへ視線を向ければ、いつになく険しい顔でじっと見つめられていた。
「おい、小娘!」
(ほら、やっぱり……)
「ただ物ではないと思っていたが、やはり、いままでその軽薄な振る舞いで、実力を隠しておったな!」
「ああ、はいはい。裏の世界では闇ギルドの頭領と肩を並べるくらいには有名ですね。でも別に——」
「なんと! 素晴らしいではないか!」
「は?」
適当にあしらおう、そう思っていたのに。
予想外なほめ言葉が飛び出してきて、シアは思わず聞き返してしまう。
(素晴らしいって言った? あの皮肉屋、アイガス卿が?)
きょとんと見返しても、その顔はなぜか期待に輝いている。険しい表情は……どうやら、にやけないようにと堪えているかららしい。
「よおし、いまから手合わせをしようではないか。ほれ、ぼうっとしてないで演武場へ行くぞ!」
「は……?」
「あー、アイガス殿は強者とみると、すぐに剣を交えたくなる困ったお方なのです」
「気に入られてしまったな」
そう補足したのは、呆れ顔のリフとザノックスだ。
リフはくるっと目を回してみせると、今にも出ていきそうなアイガスの背をその手で押した。
「ほらほら、アイガス殿。その前に昼食がまだですよ。先ほどの件も踏まえて話合うことはいっぱいあるのですから。体力が有り余っているのなら、そうですね。厨房に殿下の料理を新しく用意するよう、伝えてきてくださいますか?」
「おまえ……」
「なにか?」
仮にもかつての師に、そんな雑用をさらりと仕向けるのは、きっとリフのように人懐っこく見えて実は誰よりも豪胆な者だけだろう。
(ふむ……)
話がそれていく会話を聞きながら、シアはおもむろに食事の乗ったワゴンへ歩み寄る。
それからクロヴィスのものにかかった銀の覆いを外し、綺麗に飾り付けられたムニエルの皿を持ち上げた。
「まだ暖かいですね。こちらは私が頂くので、殿下は私用に用意されたものをどうぞ」
料理に罪はない。
それに全員でテーブルを囲むようになってから、コックのミセス・ハンナは目に見えて張り切っている。
毎食工夫を凝らしたメニューを出してくれているのがその証拠だ。努力は報われるべきだろう。
(これもクロヴィス様が少しでも食事を楽しめるよう、相当手をかけて作られた一品でしょうし)
「魔法を使えば無毒化できます。かといってそれを殿下にお出しするわけにはいきませんので——」
「その必要はない」
皿に覆いを被せ直そうと視線を逸らした、一瞬のことだった。
静かに横から皿を奪われ、シアは完全に虚を突かれた。
(……いつの間に)
音も気配もしなかった。
「ハンナはいつも予備で一食多く用意している。それをもらってこい」
シアが不覚を取らされたことに「むむむ」と唸っているうちに、クロヴィスはアイガスに皿を突き出す。
「体力が有り余っているのだろう?」
「殿下まで……っ!」
リフと同じことを告げられ、アイガスが悲壮な声を上げる。けれど主君に逆らうこともできずに、すごすごと皿を受け取り厨房へと向かう。
少しだけ丸まったその背中は、何とも獲物を取り逃がしてすごすごと巣穴に帰る、熊のようだった。
アイガスがクロヴィスの料理を取ってきた後、全員が席に着いた。
いままで部屋の中央にあったソファーは部屋の隅に移動させられ、いまは食事兼会議用のテーブルがそこへ据えられている。
クロヴィスが上座。
その左右にアイガスとジュノーが座り、さらに隣にはリフ、ザノックスと続き、シアは下座が定位置だ。
最初、ザノックスとリフが席を譲ってくれたものの、クロヴィスが正面から眺められるという理由で、シアは下座に落ち着いた。
(こうやって食卓を囲むのは、いつ以来だろう)
シアはバターの効いた白身魚を味わいながら、騒がしい癖に嫌にテーブルマナーが上品な不思議な光景を眺める。
こうした団らんに最初は抵抗があった。仲間には入れないだろうとも思っていた。
だが、こうして食事をとると決めたその日から、シアの分の席はあったし、個々の食事量に合わせた料理も必ず用意されている。
「おい、小娘。食べ終わったら、手合わせだ」
「……。消化に悪いので遠慮しておきます」
嬉々としたアイガスの誘いを、シアは笑顔でかわす。
「はは、嫌われてしまいましたねアイガス殿。これも日ごろの行いか……」
「なぬっ。適当なことを言うな、リフ!」
「おや意外と的を射ていると思いますが」
「いや、そんなはずは」
アイガスが助けを求めたのは、公平なザノックスだ。
物静かな彼は口の中のものを呑み込むと、ズバリ言った。
「リフに同感だな。呼び方から、好意的ではない」
「うぐっ」
それはシアも思っていたことだった。
倍以上生きているアイガスからしてみればシアは『小娘』かもしれないが、それは名前ではないのだ。
「今日から改めてはいかがですか?」
「う、うぐぐ」
リフからそう勧められ、アイガスは苦虫を噛み潰す。
「小娘は小娘だ。それに殿下も呼ばれていないのだから、わしだけ責められるのはおかしい」
その瞬間、一斉にクロヴィスへと視線が集まる。
静かに蚊帳の外を決め込んでいたクロヴィスだったが、嘆息するとその口を開いた。
(お?)
かすかに、シアの胸が期待と好奇心で高鳴る。
だが——。
「お前たち、煩い」
にべもない一言で、全員がしゅんとする。
「これ以上騒ぐようなら追い出すぞ」
ジュノーだけがなぜか、そんなクロヴィスを見て、微笑んでいた。
* * *
そして、その日の出来事は広く王宮の隅々にまで伝わり、使用人や近衛兵の中から鴉の構成員が数名、捕らえられた。
シアはいつもの定位置で、初夏の爽やかな風を受けながら、クロヴィスにあがる報告を聞いていた。
(全員ではないだろうけど、あいつらも馬鹿じゃない。この件からは手を引くはず)
下手に手出しをすれば、本格的にシアに狩られると理解しているからだ。
あいにくと、あのメイドや捕らえた鴉からタリアやコラッド伯爵の名は引き出せなかったが、仕方がない。
手駒を失ったタリアは、しばらくの間、新たな駒探しに奔走するだろう。
(鴉よりも腕利きの暗殺集団はそうそう無いし、月狼も使えない。となれば、しばらくは平穏に過ごせる)
その読み通り、嘘みたいに平穏な時間が過ぎていく。
相変わらず国王はクロヴィスの謁見の申し入れを無視しているが、それも第四王子が帰還するまでのことである。
(王が廷臣たちの意見を跳ね除けるたび、彼らの中に澱が溜まる。それはいずれ、第四王子への不満としても跳ね返る……)
焦ったタリアが奇抜な策に出ないとも限らないが、それはきっと第四王子を溺愛する王にしか通じない。
(ただ問題は、国王が王としても父親としても、クロヴィス様に対して多大な影響力を持つということ)
「父親、か……」
憂慮を宿した呟きがシアの口から洩れる。
それと同時にアッシュの忠告がよみがえる。
『最近の国王はどこか異様だ。第一王子を相手にすると攻撃的な衝動が突き上げるのか、感情を抑えるたびに持病を発症している』
『世間が言うように憎んでいるようではないらしい。ただ——』
(わかるのは、第一王子が王座を勝ち取るのは、想像以上に困難……)
なぜならすべては、王の采配しだいなのだから。
それから三日後、ジェフリー一行が帰城した。
大勢の負傷者を抱えて——。
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