第14話 『禁忌』と『因果律』-1
結局、黒魔法の込められた魔道具は、一人の傭兵の所持品の中から見つかった。
最終戦にて片腕を失ったその傭兵は、もともとは第四王子が雇った者だ。
怪我自体は魔法使いによって処置されていたものの、戦闘不能者としてクロヴィスの一団と共に帰路についていた。
彼の主張によれば、魔道具はアーノルド辺境伯の古城に滞在していた際、魔塔の魔法使いから購入したものだという。
「その魔法使いの名は?」
「リーヒという者です」
クロヴィスのためにあつらえられた客室の窓から、ぼんやりと外の夕闇を眺めていたシアだったが、この会話には思わず反応せずにはいられなかった。
(リーヒ……?)
どこかで聞いた名前だ。
そう思って振り返った先には田舎の宿屋にしては珍しく、上等な応接セットが据えられている。そこで、クロヴィスの側近たちは小さな宴会を開いていた。
「リーヒと言えば、そこの魔法使いに半殺しにあった、間抜けではないか」
「どうやら、前から過激派と呼ばれる一派に属していたそうですよ」
「身から出た錆だな」
それぞれ酒の入ったゴブレットを片手に、肉やチーズ、パイをつまみながら、アイガス、リフ、ザノックスの三人は、思い思いに感想をもらす。
主君の前とは思えぬほどの無礼講ぶりだが、大量の書類を捲るクロヴィスは特に気にした様子もない。
そばに控えたジュノーだけが、若干呆れた表情をしているので、もしかしたら馴染みの光景なのかもしれない。
「あの魔法使いどもが、血相変えて一斉に引き上げた時はなにかと思ったが、なるほど。黒魔法使いとは確かに一大事だな」
「当分は王都が騒がしくなりそうですね」
「魔塔と対立する教会が、この機会を逃すはずがないからな」
一行が予定していた街道にある宿屋へ到着したのは、あたりが暗く染まり始めた夕刻の頃だった。
先ほどアイガスが言ったように魔法使いがすべて引き上げると聞いた時は、魔物に襲われた際の防衛はどうするのかと不安の声も上がった。けれど幸いにして魔物に遭遇することもなく、無事にたどり着くことが出来た。
(それから各々、割り当てられた部屋へと消えたと思ったのに……)
当然のように、一人また一人とこの部屋に集合し、食事類も運ばれて、いつの間にやら宴会が開かれている。
皆すでに風呂を済ませたのか、髪の先が濡れていたり旅装を説いてラフな格好に着替えていたりと、完全に寛ぎモードだ。
(そういえば、王宮でもこんな光景を見かけたかも)
氷の王子とその側近——というよりも、もはや『一家団欒の図』に毒気を抜かれたのは、一度や二度のことではない。
人類皆兄妹を掲げる第四王子を中心に繰り広げられていれば、まだ違和感はないのだが。
団欒とは無縁そうなクロヴィスを中心としているだけに、思わずまじまじと眺めてしまう。
なんとも不思議な絵面だ。
そんな彼女がふいに左側へ首をめぐらせたのは、何やら視線を感じたからだった。
壁際に据えられた机の上の、書類の山に囲まれたクロヴィスが、じっとこちらを見つめていた。
彼もまた、部下たちと同じように、軽装に着替えている。
上着を脱いでシャツの上にベストを羽織り、第二ボタンまで寛げているその姿は、かなり絵になる。おまけに、身内以外決してお目にかかれる光景ではないだろう。が……。
(表情はまったくもって、身内に向けるものじゃないんだよねー、これが)
いつからこちらを観察していたのだろう。
クロヴィスは探るような眼差しをシアへ注いでいた。
「なにか?」
「……どうやって見分けたのだ?」
唐突に問われ、シアはぱちぱちと目を瞬く。
「黒魔法を見分ける術はないと聞いた。それなのに、そなたは黒魔法使いの関与を言い当てた」
補足するように呟いたクロヴィスに、シアは「ああ」と小さく漏らす。それからにっこりと笑って、机の端に置かれた皿へ視線を投げる。
「食事が冷めてしまったようですね、取り替えて参りましょうか?」
毒見を終えたリフが、クロヴィスのために取り分けた食事や飲み物は、手をつけた形跡がないまま忘れられている。
それを口実に、シアは答えをはぐらかそうとした。
「こういった料理は、殿下のお口には合わないかもしれませんが、温かければまだ食べられる——」
「いい。それよりも質問に答えろ」
(逃がすつもりはない、か……)
冷えた口調で答えを促され、シアは肩をすくめて溜息を吐く。
それから、諦めてクロヴィスが求めた答えを口にした。
(まあ、隠すことでもないし)
「ラギメスの契約者は、薬草と木香の臭いがするのです」
「……どういうことだ?」
純粋に眉を顰められ、シアも言葉を選ぶように唇を指でなぞる。
「うう~ん、表現が難しいですね。黒魔法使いとそうでない者は、異なる匂いを発すると言いますか……まあ単純に、私は一般の魔法使いとは違うとだけ認識してくだされば、それで説明になるかと」
「つまり魔法使い殿の嗅覚は、犬のように優れているということですか?」
「……」
「……」
「え?」
これにはさすがのクロヴィスも、呆れた眼差しをジュノーへ向けた。まったくデリカシーがない。
シアはと言えば、静かに微笑んで低い声で告げる。
「そう表現されたのは初めてですね」
一見すると優し気なのに、全然微笑んでいない。
冷ややかな二対の瞳に見据えられ、ジュノーも己の失言を悟った。
「……申し訳、ありません」
素直に謝罪する姿はそれこそ、叱られてしゅんと耳を垂らした大型犬のようである。が、シアは触れずに話を戻した。
「つまり犬のようであるかどうかはともかくとして、ラギメスの契約者や穢れた魔法は感覚で分かります。一般の魔法使いがその違いを見分けられないのは、どちらもラギメスによって生み出された力だからでしょう」
「それを知る者は」
「ここにいる者以外は知りません」
両手を広げて、シアは側近の三人も数に含める。
少し前からお喋りが止んでいた。騒いでいるように見えて、彼らの神経は常に周囲に張り巡らされているのだ。
「……第四王子のもとに、同じ気配の者はおったか?」
珍しく真剣な表情のアイガスに、シアは小さく首を振る。
「いいえ。そうであれば早々に片が付いてよかったのですが」
「他に、黒魔法使いは?」
そう聞いたのは物静かなザノックスだ。彼の声を聞いたのは、今日が初めてかもしれない。
「生存が確認されている者は、魔塔から離反したテネブレ・セルウィーただ一人です」
そう言うとシアは淡々とした口調で続けた。
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