VS橋川龍二

 橋川龍二にとって、プロレスとは楽しいものであった。

 なにせこのリングには、減量のような厳しさもなく、デクであることを誇るプロレスラーしかいないのだ。

 キックボクシングとMMA、橋川の経験はガチでありフェイクではない。素行の悪さで、所属していたジムを離れていなければ、今頃どちらかの競技で名を残していただろう。行き場をなくした彼が無理矢理に入り込んだのは、自らが在籍する学校の弱小プロレス部であった。


                  ◇


 ショートスパッツにオープンフィンガーグローブ、そして薄いニーパッドに丈の短いレスリングシューズ。ショートタイツでオープンフィンガーグローブ無しならプロレス。ニーパッド無しで裸足ならMMA。橋川の格好は、どうにもチグハグであった。プロレスでもMMAでも有り得るのは、上に羽織っているシャツくらいだろう。


「シュッ! シュッ!」


 短く吐き出した息と共に、目の前のサンドバッグが揺れる。ライトパンチ、レフトパンチ、ローキックにミドルキック。橋川の試合前のウォームアップは、打撃練習である。試合会場に、立派なジムが備え付けられていて助かった。ここをほぼ独占できるのだから、本当にプロレスラーとは実戦を好まない人種だ。

 そんな橋川の練習を見守っていたプロレス部の部長が声を掛ける。


「なあ、プロレスは本来パンチは禁止なんだぞ」


「プロレスのルールなんて一応気をつけろレベルのものですよね? それに言われた通り、グローブとニーパッドはつけてますし。それより部長、スパーリングしてくださいよ」


「ちょっとまだ目が治ってないんだよ」


 部長の右目は眼帯で覆われていた。橋川との練習中に負った傷である。


「でも、部長以外相手してくれる人、居ないじゃないですか。俺がもし練習不足で怪我したら、その時点でウチのプロレス部は終わりですよ?」


 部長はふうとため息をつき、ジャージの上着を脱ぐ。今日は橋川の試合であるが、部長以外プロレス部の部員は誰もいなかった。現在他の部員は故障、もしくは現状に嫌気が差して部活に顔を出していない。

 マットに場所を移した二人は、そのままスパーリングを始める。アマレス式のタックルで部長を倒した橋川は、部長の腕を固める。部長がギブアップしたところで、再び立ち状態に戻る。橋川がテイクダウンから今度は足を取ったところで、部長がギブアップ。橋川が極め、部長がギブアップする。二人のスパーリングは、この繰り返しである。

 部長が試合前の橋川に勝ちを譲っているわけではない。単純に、橋川が強いのだ。


「もう、やめよう」


 首を押さえられたところで、部長は最後のギブアップを口にする。だが、橋川の腕が部長から離れることはなかった。


「レスラーなんですから、ちゃんと我慢しなきゃダメですよ」


「い、いや、それは違う……とにかく、離して、離してくれ……!」


 ジタバタ動く部長だったが、ピン! と最後に手足を張ったところで、くたりと動かなくなる。そこでようやく橋川は部長を開放した。


「ありがとうございました。おかげで身体がほぐれましたよ」


 先に立ち上がった橋川は、腕を抑えている部長に頭を下げる。その仕草にも敬語にも、まったく敬意など宿っていない。

 立技、寝技、共に非凡なものを持つ橋川が部に入ってから、万事がこれであった。橋川がスパーリングで無類の強さを発揮し、部長たちが痛めつけられる。部長以外の部員は、みなこれでめげてしまっていた。結果的に橋川が、部内唯一の五体満足、試合に出れる選手である。

 落ち着いた部長が、汗を拭う橋川に声をかける。


「今日の相手のこと、知ってるか?」


「えーと、オーガだかオークだかオールだか、変な覆面ですよね」


「総合風に言うなら、随分とウェイトが上の相手だぞ」


 今日の橋川の相手はマスク・ド・オークである。鍛え上げられた巨躯を持ち、おいそれと受けず、相手を叩き潰すような試合をする選手だ。対戦相手としては非常に扱いづらく、一部では塩、いわゆるしょっぱいレスラーとして扱われており、審判団の評価も決して高くはない。

 おそらく橋川にとって、初めての難敵である。

 だが橋川は平然としていた。


「いくらデカくても、プロレスラーですよね。なら、問題ないでしょう」


 これまでハイスクール・プロレスリングで三戦。すべての試合において、橋川は数分で完勝を収めてきた。普通の格闘技であれば見事な戦績だが、勝ち負けは二の次であり、見ごたえのある試合を求められるプロレスにおいて手放しで褒められる戦績ではない。

 だが橋川にとって、ハイスクール・プロレスリングでの評価などどうでもなよかった。こんなものは、次のキックボクシングやMMAのジムが見つかるまでの繋ぎであり、身体がなまらないようにするための暇つぶしでしかない。

 プロレスにおける評価も、対戦相手の怪我も、どうでもいいのだ。


                  ◇


 プロレスとは受けの美学であり、受け身を取ることに価値がある。すばらしい美学だ。橋川は掛け値なしにそう思っている。こちらの打撃や寝技に対し、常に後手を踏む。攻める側にとって、これほどありがたい美学はない。

 一戦目の腰抜けはスリーパーホールドで泡を吹いて気絶した。二戦目の痩せぎすはアバラがイカれたと言い出し、試合放棄した。三戦目のデブはローキック三発で動けなくなった。木偶の坊を作り出してくれる、素晴らしい美学である。

 プロレスのルールは緩い。体重制限もあやふや、反則も4カウント以内であれば許される。他の格闘技に比べ、あまりにも粗雑だ。それでいて、怪我ややり過ぎに対しては、実に緩い。怪我をさせた方よりも、受けきれなかった方が悪いだなんて、なんて優しい解釈だろう。これもまた、レスラーでなくとも強い橋川にとって最高の環境だった。


「赤コーナー。身長不明、体重不明、マスク・ド・オークー……」


「ウオオオオオオオオッ!」


 橋川に遅れリングアナに名を呼ばれたマスク・ド・ナンチャラが吠えている。リングで向き合っても、橋川にはおそれも何も無い。いくら凶暴だと言われていても、しょせんはプロレスラーである。多少ガタイはいいようだが、これも許容範囲だ。だいたい体重だけなら、おそらくデブの方があった。

 橋川の興味は、むしろオークのセコンドにあった。ビクビクとしつつ、主を応援しているかのような演技をしている、自称奴隷のエルフ。あの仮装はいただけないが、なかなかにいい女である。大抵の女は、目の前で近しい人間をボコボコにされればなびくものだ。少なくとも橋川は、何度もそうやって口説いてきた。


「ファイトッ!」


 レフェリーの声とともにゴングが鳴り、橋川は左手と左足を前に出した構え、オーソドックスな打撃格闘技寄りの構えを取る。一方のオークは、仁王立ち同然の構えである。いやそもそも、構えと呼べるものではない。橋川の一撃を受けるための、愚かなポーズだ。

 一応体格は橋川よりも上である以上、タックルからの寝技は考えていなかったが、それにしたって殴る気満々の橋川を前にこうも無防備な体勢を取ってくるとは思わなかった。

 左右のストレートからの、右ローキック。パンパン、ビシ! 小気味の良い、本格的な打撃音である。オークの顔面と左膝を、橋川のコンビネーションは穿っていた。顔面狙いも膝狙いも、ハイスクール・プロレスリングではあまり推奨されない危険な攻撃だが、なんなら明日追放されてもいいと思っている橋川がためらう理由など無い。

 そんなコンビネーションを無防備にくらっても、オークは平然としていた。ポリポリと頬をかく真似なんかしている。観客は、流石にデカいしタフだなとどよめいている。橋川もまた、観客同様に驚いてはいた。

 いやまさか、そんなことはないだろう。

 橋川の右のミドルキックがオークの横腹を叩く。二戦目の痩せぎすのアバラを折った一撃だったが、オークはこれもまた受け止めてみせた。

 蹴りを打ち終えた橋川は動揺する。このオークとか言うマスクマンは、フィジカルではなく、きちんとしたディフェンスで受け止めている。狙いすましたはずのポイントのズレ、殴った時の引き締まった感触、どれもこれも相手にガードされた時の感覚だ。

 観客だけでなく対戦相手にも無防備としか思えない構えで、しっかりガードして見せる。間違いない、このオークという男は打撃を学んでいる。それもおそらく、本格的にだ。

 橋川の背にゾクリとしたものがはしる。これまで、相手はしょせんプロレスラー、いくらデカくても木偶の坊と思ってきた。だがオークが、ちゃんとした格闘技の技を学んでいるとしたらどうなるのか。オークの体重は不明だが、どう見てもヘビー級である。一方、橋川の体重は現在65キロ前後のウェルター級相当。

 ヘビー級に挑む、ウェルター級。この体重差、他の格闘技なら半ば特攻である。

 オークは不思議そうに首を傾げる。なんだこのへなちょこな蹴りは? という嘲笑にも見え、まるでなにか考えているような仕草にも見える。おそらく見た人間によって、それは変わるだろう。少なくとも混乱している橋川が、オークの意思を察するのは難しかった。

 橋川の身体が腹からへし曲がる。オークのミドルキックが、橋川の横腹に直撃していた。威力、速さ、正確さ、何処を取っても見事な一撃である。そして何より、重い。

 ぐにゃりと崩れ落ちる橋川。こんなもの、まともにくらって耐えられるわけがない。猿芝居に騙されて、ほぼノーガードでくらってしまった。MMAなら、レフェリーが割って入る段階である。

 橋川はちらりと、懇願するような目でレフェリーを見る。しかしレフェリーは、まったく動いてなかった。いつも通り、遠目でこちらを観察している。その姿に、試合を止めようとする気配などない。まだまだやれるだろう。そんな様子だ。

 ここで、橋川は気づく。これまで最高だと思っていたプロレスのルールの曖昧さが、最強の矛であり、あまりに弱い盾であったということに。怪我をさせた方より、受けきれなかった方が悪い。今の橋川のポジションは後者である。プロレスのルールは、弱者を守ってくれないのだ。

 選手の怪我の許容範囲が広すぎるレフェリーより先に、オークが動き始める。

 片膝をつき、橋川の足元から顔面めがけ片腕を伸ばす。なんとも素人じみた動きである。足で突き放すか股で挟んでのガードポジション、腕と首を捕らえる三角絞め、腕のみに狙いを絞る腕固め、寝技も学んでいる橋川の脳裏に数々の選択肢が浮かぶ。

 だが、どの選択肢もすぐに潰れていく。ここまで体格差のある人間を、足で突き放すことも、股で捕らえられることもできるわけがない。全力で挑めば、三角絞めや腕固めに持っていけるだろうが、あそこまで正統派の打撃センスを見せたオークが、寝技を学んでいないはずがない。躊躇が橋川の手を、二手も三手も遅らせた。

 結果、橋川が仕掛けることが出来たのは、相手の腕を捕らえ、自身の太ももで相手の首を絞める三角絞め。焦って仕掛けた不細工な三角絞めであった。


「ギブアップ!? ギブアップ!?」


 レフェリーが技を仕掛けられているように見えるオークにそんなことを言っている。オークが突き出していた手とは反対の手、空いていた手がオークの首と橋川の太ももの間に差し込まれている時点で、ギブアップなんてするはずがない。絞め技は、隙間を作られてしまえば無力である。

 いくら橋川の仕掛けが雑だったとはいえ、こうも即座に反応してみせた。やはりこの男には打撃だけでなく寝技のセンスもあった。自分の直感は間違っていなかったのだ。橋川が誇れるのは、もはやそれしかなかった。

 おそらくオークは、三角絞めを仕掛けられたままこちらの喉を押しつぶしてくるに違いない。ならばその瞬間、ギブアップと叫ぼう。そうすれば、鈍すぎるレフェリーも試合を止めるしかない。腰掛けでしかないプロレスで、オークのような化け物に潰されてしまったら、たまったもんじゃない。

 そんな橋川を見て、オークのマスク越しの目がわずかに揺らぐ。オークが一度手を止めた瞬間、橋川の三角絞めは力で外された。橋川が驚くより先に、オークは橋川を掴む形で立ち上がる。そのままオークは、力みなぎる両腕で、力なき橋川の身体を自身の頭上に持ち上げた。


「ヒ……」


 思わず橋川の口から悲鳴が漏れる。付き合う気をうしなった対戦相手を、寝技から無理矢理に持ち上げて見せたオークの力も恐ろしい。だが更に恐ろしいのは、190センチ弱の人間に持ち上げられたことによる、未知の視界であった。

 この体勢からいったいオークは何をする気なのか。技なんて関係ない。ただ落とされただけでも、無事でいられる自信がない。こんなふざけたことを、人間にしていいわけがない。

 それに、オークは寝技からこの体勢に至るまで、技らしい技を仕掛けてこなかった。おかげで、ギブアップも出来なかった。ただ触られただけ、ただ持ち上げられただけでギブアップするなんて、いくらなんでもできるわけがない。ふざけている。

 こんなふざけた状況に付き合えるはずがない。ギブアップと叫ぶのは賢いことであり、恥ずかしいことではない。

 喉からGの母音が漏れた所で、橋川は気づいてしまう。レフェリーや観客の視線に。こちらを落胆と嘲笑と期待で見る視線に気づいてしまった。

 あれだけ今までワガママに振る舞っておいて、この体たらくか。

 まさかここでギブアップ? 高いところが怖くて?

 いったいオークは、これから何をするんだろう。橋川に逆転の一手があれば面白いけど。

 誰もが勝敗よりも、楽しさを優先している。だからこそ、この状況を、橋川の危機感を察してくれない。いや、それどころか危機感すら楽しみの一部にしている。

 危機を迎えた時、自分自身以外、誰も救ってくれないスポーツ。それが、プロレスであった。

 橋川の身体がふわりと持ち上がり、背中からリングに落ちる。オークが仕掛けたのは、多少高度はあるものの、ただのボディスラムであった。必殺技でもなんでもない、繋ぎの技である。

 リングに落ちた瞬間、橋川の股間から温かな水が吹き出た。


                  ◇

 

  借りてきたドライヤーで、水洗いしたスパッツを乾かす。控室のドアが軽くノックされたのは、そんな作業が終わった時であった。


「どうぞ」


 スパッツを畳んでから、部長は返事をする。


「失礼しまーす」

 

 ドアを開け、勢いよく入ってきたのはエルフであった。

 いや違う。現代社会にエルフが居るわけがない。エルフのコスプレをした、一般人だ。確か彼女は、マスク・ド・オークのセコンド……いやただ、奴隷然として、オークと一緒に入場してくる存在をセコンドと呼んでいいのだろうか。とにかく彼女は、オークの連れであった。

 リング上での気弱な様子から考えられぬほどに、彼女はハキハキと明朗に話し始める。


「どうもどうも、マスク・ド・オークの関係者こと長耳エルフです」


「ながみみ……?」


「ああ、名字です、名字。芸名っていうか、ユーチューバー的な? まだ特に動画とかアップしてるわけじゃないんですけどねー。それはさておき、橋川さんいますか? なかなかに大変なことになったので、ちょっと様子を見に来たんですけど」


「あいつならいませんよ」


「まさか病院に?」


「そうじゃなくて……気がついたら、消えてたと言うか」


「ああ。逃げたんですか。ただのボディスラムで失禁KOなんて、前代未聞というか空前絶後な話になってほしい代物ですしねー。ハイスクール・プロレスリングの歴史に残らないけど、ネタとしては延々と擦られるでしょう」


 試合後、気の抜けた様子で控室に戻ってきた橋川は、脱ぎ捨てたコスチュームだけ残し、姿を消していた。

 マスク・ド・オーク対橋川龍二の試合は、オークのハイアングルボディスラムにより、橋川は失神。試合続行不可となり、没収試合となった。もしオークが受け身が取れない危険な技を仕掛けていたら、オーク側になんらかのペナルティが課せられていただろうが、オークのボディスラムが危険な技でなかったことは、レフェリーもリング下の審判員たちも確認している。ならば、悪いのは、まともな受け身が取れなかった橋川ということになる。

 橋川がリング上で失禁し失神したことにより没収試合となったが、どちらが敗者であるかは明確だろう。勝者はいなくとも、敗者はいた試合であった。

 部長はサバサバとした様子のエルフに言う。


「もうちょっと、どうにかならなかったんですか?」


 オークほどの実力があれば、もっと穏便に試合を終わらせることができただろう。たしかに橋川の態度は良いものではなかったが、あそこまでやる必要はなかったのではないか。プロレスとは受けて受けて、お互いに見せ合うものなのだから。


「もうちょっとどうにからならかったは、こっちのセリフだけどねー。ボディスラムですらまともに受けられないレスラーを、リングに上げられても困るんですよ。もしオークの意地がもっと悪くて危ない技を使ってたら、頭からグシャー!で、今頃警察沙汰だったよ?」


 飄々とした雰囲気も、穏やかな口調も変わっていない。しかしながら、エルフの目は、ここにいない橋川を、そして責任者たる部長を見下していた。

 エルフはそのまま言葉を続ける。


「きっとアレでしょう。あの橋川って人は、スパーリングがとにかく強くて、みんなボコボコにされて、あーだこーだ強く言えなくなっちゃったんでしょ。きっと受け身の練習なんてサボって、自分の得意なことしかしてなかったわけだ」


「確かにアイツは、プロレスの練習よりも総合みたいなスパーリングを好んだけど、リングに上がる以上、受け身に関してはちゃんと一から教えている」


「いくら教えたって、気合を入れて練習しなきゃ、プロレスの受け身なんて覚えられないでしょ。受け身をしっかりやる柔道ですら追いつかないくらいに、プロレスの受け身は多彩なんだから。身に染み付いてないから、多少混乱したぐらいで受け身がとれなくなる。それは、ダメダメだよねー」


 長耳エルフの発言は、とにかく部長にとって耳が痛いものだった。しかしリング上では弱々しい奴隷を演じているくせに、ずいぶんといっぱしのレスラーのような発言である。少なくとも発言の芯に、ある種のプロ意識がある。


「プロレスラーは技を受けなきゃいけない。でも、自分を安売りして、ナメられちゃいけない。いきなり打撃で攻めてきて、こちらを潰そうとするような相手にちゃんと付き合うほど、ウチのオークは安くないんですよ」


 そしてエルフは、オークの価値を、プロレスラーの真価をわかっていた。プロレスは光をぶつけ合い、お互いを輝かせるスポーツである。その光の裏には、大した事ない相手はあしらい潰してしまうような闇もある。わからぬまま、勝手気ままに振るっていた橋川は、オークの闇を引き出してしまったのだ。

 エルフはスマホを取り出すと、部長に見せつける。森の種族のエルフのくせに、そのスマホは最新機種であった。

 部長はスマホに映っている写真を見て、驚愕する。


「この対戦カードは本当に?」


「審判員の席の後ろからこっそり撮ったので、本物ですよ? もし今回、オークがやられていたら、橋川さんはもっとひどい辱めを受けるか、肉体的に再起不能になってたでしょうねー。なにせ次の相手は、中央の猛者だったんですから」


 スマホに映っているのは、次の興行の対戦カードだった。今回のオーク対橋川の試合は、ハイスクール・プロレスリングにおける地方興行。その上には、県大会レベルの県興行、全国大会レベルの中央興行がある。次回、橋川の対戦相手として用意されていたのは、中央で活躍する選手であった。


「中央の選手がわざわざ地方の大会に? しかも、戦うのが橋川?」


「たまに調整やスケジュールの都合で、中央の選手が地方の興行に出ることはあるけど、今回の場合はおそらく潰すためだっただろうねー。橋川クン、何人も選手を壊してるし。実際、レフェリーも今回ちょっとトロかったでしょ?」


「まさか、これで橋川が潰れても仕方ないと思って、わざとストップのタイミングを遅らせた……?」


「推測だけどねー。こういうさじ加減も許されるんだから、プロレスの緩さってのも怖いよねー。たぶんそのゆるゆるで、次回中央の選手の相手をすることになるのはオークだろうねー。オークも結構嫌われてるタイプだし。一部の評価だと、塩だし」


 プロレスとは恐ろしいものだ。改めて部長は噛み締めていた。緩いからこその怖さも、そんな怖さを平然と受け入れているエルフも、共に恐ろしい。この恐ろしさを橋川に伝えられなかったのは、部長自身の責任であり未熟さであった。


「オークもああ見えてそれなりに気にしてたから、わたしが変わりに橋川クンの様子を見に来たんだけどいないんじゃねー。うーん、とりあえずこういうことになったって伝えておくよ」


「気にしてた……いったいそれは、どんな感じで?」


「ああうん、やっぱりざまぁ系は自分の性に合わないって」


 部長に聞かれた長耳エルフは、柔らかな笑みを浮かべつつ、こう答えた。


~了~

 




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