第21話

 全国にコンビニができ始めたのは、いつ頃のことだったか。

 コンビニは、風景を同じように見せてしまう。


 殿村希依とのむらきいがつないでくれた髙田桜子たかださくらこの勤務する店は、すぐに見つかった。

 店の前に、東京では考えられないほど広い駐車場がある。


 約束の時間まで、堀井は瀬田とともに、店の前に置かれたベンチに座り、高田桜子を待った。


 約束の時間を4分過ぎて、高田桜子が店の外に出てきた。

 痩せた小柄な体型。小さな顔に、薄い色の眼鏡をかけている。


 菊川あうるにいじめられたと聞いているせいか、おとなしそうで、たしかに文句を言えないタイプに見える。

 ベージュの薄手のパーカーに、裾がダボッとしている着古した感じのジーンズ。

 

 ごく普通の女性に見えるが、小さな顔はバランスがよく、鼻が高い。眼鏡を外せば、誰が見ても美人と形容したくなるタイプだろう。


「あの――」

 数メートル離れた場所で立ち止まり、高田桜子は声を上げた。


「高田さんですか?」

 ベンチから立ち上がって訊くと、不安げに頷く。


 突然の面会を詫び、いままでの経緯をざっと話した。瀬田の妹、さなりが行方不明となっている経緯が、菊川あうるの場合と重なるところがあると説明する。


「そういうわけで、菊川あうるさんについて、何か、気になったことがあれば教えていただきたいと思いまして」

 まさか、殿村希依の推測ごとく、恨んだ末に、失踪に関わりがあるんじゃないですか?とは言えない。


「――親しくした覚えはないので」

 素っ気ない返事だった。

「そうですか。あのドラッグストアをお辞めになったあとは、一度も菊川さんにはお会いになってらっしゃいませんか?」


 切れ長の目が、大きく見開かれた。


「会ってません。なんであんな人と」

「では、辞める前に、菊川さんについて、何か――そうですね、どんな方だったか」

「どんな方って、ただの意地悪ババアです」


 殿村希依の言ったとおりだ。

 まだ、菊川あうるを恨んでいる。


「ああいう人って、どこにでもいるんじゃないですか? 人をイジメてストレス発散する人」

 一気に言ってから、ふうっと息を吐く。


「あの人がいなくなって、悲しむ人っているんですか?」

 ずいぶんな言いようだ。

 殿村希依が言ったとおり、恨みを忘れてないようだ。


「菊川さんにはご家族もいらっしゃいますから」

 殿村希依に聞いた菊川あうるの母親を思い出し、堀井は口にした。

 一瞬、高田桜子の目が泳いだ。言い過ぎたと思ったのだろう。


「堀井さん、行きましょ」

 瀬田に袖を引っ張られた。瀬田は怒っている。菊川あうると妹のさなりを重ねているのかもしれない。


 高田桜子には、なんの情報もないかもしれない。

 そう思ったとき、ふと、桜子の左の薬指の指輪に目が留まった。

 明らかに安物らしい紅い石のはめこまれた指輪がある。


「結婚してらっしゃるんですか?」

 堀井が尋ねると、高田桜子は、愛おしげに指輪をさすった。


「いえ、してませんけど――同じようなもんかな」

と呟き、ふふっと、初めて笑顔を見せた。


「多分、あたしがあうるに目をつけられたのは、ちゃんとした彼がいたからだと思うな。あうるって、派手な見た目だけどちゃんと付き合ってる人なんかいなかったから」

 殿村希依から聞いた話とは違う。


「そんなことないでしょう。失踪当時、菊川さんには付き合っている男性がいて、その人とどこかに隠れているかもしれないと、警察ではみているようですよ」

「嘘、嘘。そんなのあうるのでっち上げ。あうるってね、人の物が好きなんだよね。あたしの彼にもちょっかい出そうとしたし、ドラッグストアにいた女の人とも男の取り合いしたって噂」


 殿村希依だろうか。


 名前を出すと、高田桜子は、目をぱちくりさせた。

「やだ、殿村さんなんか関係ないですよー、あんな真面目な人。そうじゃなくって、もっと年寄りの人」

「年寄り?」

「名前、えっと――あ、思い出した。曽我さんだ」


 ふたたび、瀬田に袖を引かれた。

 瀬田の顔には、こんな女の話、聞いたって仕方ないと書いてある。


「蘇我さん――あの人なら、あうるのことよく知ってるかも」


 高田桜子に礼を言い、堀井は瀬田とともに来た道を戻った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る