第19話
殿村希依から連絡があったのは、ホテルの狭い部屋に着き、シャワーを浴びたあとだった。
菊川あうるがいじめていたという女性の名は、高田桜子。21歳のフリーターらしい。
今は、市の郊外にあるコンビニで働いているという。
「彼女もあうるがいなくなったと知ってびっくりしてましたけど――」
殿村希依は、含みがありそうに、言葉を切った。
「お話を聞かせてくれそうですか」
「それは了解を取りました。でも――」
堀井は辛抱強く、殿村希依の言葉を待った。
「かなり恨んでるみたいで、すごく怒ってて。電話でもいろいろ言ってて、いい気味だ、あのバカ女って」
どうやら高田桜子という女性は、電話口で菊川あうるのことを罵倒したようた。
「だから、堀井さんも驚かれるかもしれません」
「大丈夫です」
警察官のときも、探偵事務所の仕事を始めてからも、様々な人間を見てきた。若い女性の剣幕などなんでもない。
高田桜子本人の携帯番号を教えるのは差し障りがあるとのことで、店の電話番号を教えてもらった。
休憩時間の四時から五時の間に、店に行けば会えるという。
堀井は承諾し、殿村希依に礼を言った。関係者に会えるのは有難い。
「いいんです。早くあうるが見つかって欲しいから」
呟いた殿村希依はそう言って電話を切った。
ここにも、自分を責めている者がいる。
堀井は充電器にスマホをつなげながら、瀬田と殿村希依のやるせなさを思った。さなりやあうるが見つからなかったら、二人は自分を責め続けるだろう。
翌日はよく晴れた。
昨夜遅くまで、今後の調査方針について考えをまとめていた堀井は、朝食もそこそこに駅に向かった。
瀬田は、もう来ていた。コーヒーのカップを手に、眠そうに瞬きを繰り返している。
挨拶を済ませると、堀井は今日の段取りを告げた。
「友成興業には、連絡してありますから。その後は、
散田町は、市の郊外にある。
「コンビニ?」
「昨日、あなたと分れたあと、殿村さんから電話がありましてね。あうるさんについて情報を持っているかもしれない人に会う段取りをつけました」
瀬田がぽかんとした表情になった。
「殿村さんやいなくなったあうるさんと同じ職場にいた人です」
「それを、あの殿村さんが連絡してきたんですか?」
「ええ」
堀井は殿村希依から聞いた高田桜子について、ざっと説明した。21歳のフリーターで、あうるにいじめられてらしいこと。かなり恨んでいると思われること。
「なんか、あの女――」
バス停に向かいながら、瀬田が呟く。
「見かけによらず――なんだかな」
「なんですか」
「いじめられてたヤツを密告してくるなんてな」
「密告って、彼女はただあうるさんについて情報を持っていそうな人物を教えてくれただけで」
「俺だったら」
ドスンと座席に落ち着いて、瀬田は窓に顔を向けた。
「俺だったら、人のことまで言わない。だって、もし、失踪した理由になんか関係があったらどうなることか。余計なことに関わりたくないからな」
そう。誰もが余計なことには関わりたくないと思う。その態度が、真実への道を遠ざけるのだ。
だが、瀬田の憤りは、殿村希依にあるのではなかった。
「その――あうるって人が失踪してるのは気の毒だけど、さなりに関係あるんですかね」
堀井はさなりの行方を探すために雇われている。瀬田としては、他人のことに時間を費やすよりさなりに集中して欲しいのだ。
堀井が調査を依頼されている日数は、明日まで。瀬田も、明日で仕事に戻るはずだ。
「さなりさんを見つけるためです」
堀井はきっぱりと言った。
「さなりさんとあうるさんには共通点があります。突然、なんの前触れもなく姿を消したこと。同じモール内の雑貨店に行っていたこと。そして、清掃業者が」
そこまで言ったとき、
「降りますよ」
瀬田がぶっきらぼうに言い、席を立った。
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