第18話

 携帯ショップのゴミ収集業者は、友成興業。

 モールの収集業者も同じであれば、突破口となる。


 殿村希依に連絡先を渡し分かれてから、堀井は瀬田とともにモールの事務所を尋ねた。

 運悪く、事務所は閉まっていたが、警備員が気さくに対応してくれた。

 やはり、携帯ショップと同じ友成興業だった。


「明日、もう一度、友成興業を訪ねてみましょう」

 堀井の提案に、瀬田も深く頷く。

「きっと、あの伊坂ってやつですよ。なんか昨日、なんとなく虫が好かない感じがしたんだ」


 瀬田は息巻くが、堀井には違和感があった。伊坂の風貌が、若い女性の失踪とは結びつかないのだ。


 もちろん、先入観は禁物だが。


「それでは、ここで」

 管理事務所を出て、朝に待ち合わせたエスカレーターのある場所に来たところで、堀井は切り出した。

 今日の調査はここまでだ。


「明日は、駅で待ち合わせましょう」

 時間は九時半とした。


 では、と立ち去ろうとしたが、瀬田は動かなかった。何か、言いたそうにしている。


「あの、よかったら、うちに泊まってもらっても」

「いや、ビジネスホテルをとってありますから」

「あ、そうですね」

「安いところですからご心配なく」

「いや、それはいいんですけど」


「何か?」

「あの――俺、ちょっと怖くて」

「怖い? 何がですか?」

「さなりのことです。なんか、俺、考え違いしてたから」

「どういうことですか?」


 瀬田は両手で前髪を後ろに撫でつけてから、はーっと息を吐いた。


「あいつ、さなり。ほんとはヤバいことになってるかもしれない」

 なんとも答えようがなかった。


「もっと軽く考えてたんですよ、俺。悪い男にでも騙されて、貢ぎまくってるとか、仕事が嫌になって、ただバッくれてるとか。だから、見つけたら、たっぷり説教してやろうと。あいつが、兄貴に向かってしてきたような説教をしてやろうと。でも――」


「まだ何もわかっていません」

 堀井は返した。


「今は、いろんな可能性が考えられます。ともかく、一つ一つ明らかにしていきましょう」

 堀井は瀬田に近づいて、肩を叩いた。


 瀬田と分かれてから、堀井は、ビジネスホテルのある駅前に向かった。

 瀬田に言ったとおり、安いホテルを選んだから、駅からもモールからも遠く、不便な場所にある。


 タクシーを拾おうかとも思ったが、歩くことにした。

 今日の調査について考えるにはちょうどいい。


 空には星が瞬いていた。

 東京と違って、空気がきれいなのかもしれない。


 瀬田には、いろんな可能性があると言ったが、堀井は楽観していなかった。

 おそらく、さなりは事件に巻き込まれている。


 暗澹とした気持ちになった。瀬田の妹を思う気持ちに触れたせいで、その予測はいっそう重くのしかかってくる。


 きっと、見つけてみせるぞ。

 現役警察官だったときの、忸怩じくじたる思いは繰り返したくない。


 思わず強く唇を噛み締めたとき、鞄の中のスマホに着信があった。

 

「すみません、あの――」

 電話の相手は、殿村希依だった。


 先ほどはありがとうございましたと礼を言うと、

「い、いえ」

と、蚊の鳴くような声が返ってきた。


「どうかしましたか?」

 何か、菊川あうるの失踪にについて思い出したのかもしれない。

 

「あの――あうるがいなくなったのは、誰かに恨まれてからかもしれないんですよね?」

 そういう言い方をしたかは憶えていないが、その方向も考慮したい。


「それで、思い出したんです。あうるのこと、恨んでるならあの子かなあと」

 すーっと、息を吸う音がした。緊張しているんだろう。


「高田さんていうアルバイトの女の子なんですけど、あうるにいじめられてやめちゃったんです」

 殿村希依曰く、高田というアルバイト女性はかなり参っていた。その復讐としてあうるに何かしたのではないかと。


「何か、とは」

 思わず聞き返してしまい、堀井は申し訳なく思った。

 深い考えがあって電話をしてきたのではないはずだ。


「わかりませんけど。もしかしたら、彼女も化粧品をもらってたかもしれません」

 ふたたび、蚊の鳴くような声になった殿村希依だったが、堀井はいい視点だと思った。


「わかりました。その高田さんにもお話を聞いてみましょう」

 高田の連絡先がわかり次第電話をもらうと約束して、堀井は電話を切った。


 会話を終えると、遠くに電車の音が聞こえてきた。

 堀井はホテルに向けて歩き出した。


 

 

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