第11話

 モールは人で溢れていた。午後になって人出が増えたようだ。

 

 楽し気なテンポの速い音楽が響く。

 ショップが連なる広い通路の真ん中でイベントが催されているらしく、人並みの向こうにゆるキャラの黄色い頭が見える。

 

 堀井は瀬田とともに、さなりがジャムの瓶を買った店に向かった。

 

 昼前に訪れたときと同じように、店には女性客が多かった。もう、店員に訊いても何の情報も得られないだろう。そう踏んでいるから、いらっしゃいませと声をかけてきた店員を呼び留めなかった。

 

 二人で、店の前に立ち、ただ、眺める。

 かわいらしい雑貨の数々が並べられた店先は、おだやかで幸福感に溢れている。


「ここの管理事務所へ行って、清掃会社のことを訊いてみましょう」

 さなりの失踪と清掃会社が関連していると、ただ漠然とした考えしかないが、いまのところ、ほかに動く手立てがない。


「ジャムの瓶を買ったってことは、作ってたのかな」

 店先から踵を返そうとしたとき、唐突に瀬田が言った。

「――俺、さなりのこと、何も知らないから」

 瀬田は、さなりが購入した瓶が並べられている棚を見ている。

「ジャムなんか、スーパーでいくらでも売ってるのに」

「手作りは格別においしいですよ」

 

 昔、妻が若い頃、手作りのジャムを作っていた時期があった。甘みが抑えられて、市販のものよりずっとやわらかい味がした。

 きっとさなりも、妻と同じだったと思う。一度は自分でジャムを手作りしたいと思ったんじゃないか。


 管理事務所はどこだろう。

 堀井はスマホでモールの店内地図を探し始めた。モールの運営会社の本部は別の場所だろうが、ここのゴミ収集については本部に訊くまでもないだろう。


 瀬田は、無表情で店先を眺めている。そんな瀬田を、ときどき不審そうに女性客が振り返っていく。

 家族のことよりも、推しのアイドルタレントに夢中になっている男。それはそれとして、責められることじゃない。

 

 もし、もう少し妹の暮らしに興味を持っていたら。


 いや、そんなふうに考えるのは、酷だ。いくら兄妹といっても、大人になればそれぞれの暮らしがある。さなりが行方不明にならなければ、なんの問題も生じずに二人は干渉し合わないまま年を重ねたに違いないのだから。


「俺とさなりは、なんか違ったから。あんまりいっしょにいてもおもしろくなかった」

 誰に言うでもなく、瀬田は続ける。

「兄妹だからって、いっしょにいて楽しいわけじゃない。俺の知り合いには、妹のことをすごくかわいがっているやつがいるけど、俺は――」

 生き方も暮らしぶりも、大きくかけ離れた兄妹だったのだろう。家族というだけで気持ちが通じ合えるというのは幻想でしかないと、堀井は様々な家族を見てきて学んだ。

 

 行きましょうと、声をかけようとして、堀井はふと、立ち止った。

 

 瀬田から一メートルほど離れた場所で、瀬田同様に、熱心に、でもどこか呆然とジャムの瓶を見つめている女性がいる。


 白衣を着た女性だ。

 胸のポケットに、名札がある。

 モール内にあるドラッグストアの店名が書かれている。


 年齢は、さなりよりは年上に見えた。きっちり後ろで結ばれた髪に、おくれ毛の一本もない。薄化粧で、地味な風貌だ。


 彼女もさなりと同じように、手作りジャムを入れる瓶を探しているのだろうか。

 どこかさびしげに見えた。仕事の合間に、ジャムの瓶を探す女性の表情とはそぐわない。


 さなりのことを訊いてみようか。

 そう思ったとき、

「あ、すみません」

と、瀬田が呟いた。

 瀬田が瓶を手に取ろうとして落とし、瓶が女性のほうへ転がったのだ。


 

 

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