第10話 ブルーベリージャム 7

「川辺の携帯ショップ?」

 口から吐き出した煙とともに、伊坂東樹は呟いた。


「そこで、その――」

と、堀井の後ろにいる瀬田を見た。


「妹さん? 見なかったかって?」

 伊坂東樹は、四十代半ばほどと思われる、浅黒い肌をした恰幅のいい男だった。赤銅色に焼けた腕が、太くたくましい。


「あの店で、ちょうどこちらの方がお仕事を終えたときだったと思うんですが、さなりさんは店を飛び出し、そのまま行方がわからないんですよ」


「そう言われてもなあ」

 先ほど話した事務の女性に比べると、伊坂は本心から気の毒がってくれているように見える。


「憶えてらっしゃいませんか」

 堀井はもう一度尋ねた。


「うーん、記憶にないなあ。急いでたしねえ」

「そうですか」

 無理もない。伊坂は自分の仕事で頭がいっぱいだったのだろう。


 外れだな。

 といって、落胆は感じない。すぐに目的が達せられる調査など滅多にない。


「あそこのお仕事は、あの日限りですか」

 堀井は質問の角度を変えてみた。


「そうだね。普段はやらない仕事なんだ」

「普段はどういった?」

 すると伊坂は、顎をしゃくって清掃車を示した。


「市から請け負ってるんだよ」

「ああ、なるほど」

 ゴミ収集が主な業務なのだろう。


「あの界隈が回るルートですか」

 もしかしたら、ごみ収集日に、ここの従業員とさなりに接点があったかもしれない。


「いや、あの辺りは回らないね。あの店の一本向こうの通りから先がうちの受け持ち」


 もう、彼から聞き出せることはないだろう。そう思ったとき、ふいに、瀬田が口を開いた。


「色白でさ、おとなしそうな外見なんだけど」

 唐突にしゃべり出した瀬田を、伊坂が驚いて見る。


「芯がしっかりしてて――いい子なんだ。いい妹なんだ」

 伊坂が、うんうんと頷く。


「俺なんかよりずっと世の中のことがわかってて――ていうか、俺なんかより世の中に必要なやつなんだ」


「瀬田さん――」

 堀井は瀬田の話を遮った。

「行きましょう」

 腕を取ると、すんなりと瀬田は堀井にしたがった。


 通りに出て、ふたたびバス停に向かった。


「すみません、なんか、わけのわかんないこと言っちゃって」

 立ち止まって、瀬田が振り返った。


 堀井は首を振った。

「お兄さんなら当然ですよ」

 本心だった。かえって、瀬田が妹のことを本気で探しているとわかって、ほっとした。

 失踪者の行方を探すとき、本気で探している家族がいるといないとでは、こちらの気持ちが全然違う。

 調査は、熱意で意外な運を呼ぶことがある。


「あの、これから、またあそこへ戻っていいですか」

「あそこって?」

「さなりがジャムの瓶を買ったモールです」

「どうして?」

 何か思い出したことでもあるのだろうか。


「さっきの伊坂って人、いつもは携帯ショップから一本向こうが収集する場所だって言ってたから」

「あ」

 堀井は目を見開いた。


 そうだ。携帯ショップの先に、あのモールがある。


「行ってみましょう」

 そう返したとき、道の先にバスが見えてきた。

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