過去に引きずられまくってる女の子の百合

@HaruHare_10

第1話

 「霞さん」「生徒会長」「高峰」「おい」「お前は」「一人娘なのですから」「七光り」「霞さま」

声が聞こえる。後ろから迫ってきて、「私」が「高峰霞」としての思考を始めようとする。「霞ちゃん」鬱々としてくる気分を振り払って、周りに求められる気高い自分をイメージする。「霞ちゃん?」視野が収縮し、集中が高まっていく。最後に大きく息をついて、声のするほうを向こうとして、

「霞ちゃん!」

はっと気づいて目を開けると、目の前に困惑したかわいい顔があった。

「どうしたの?いやな夢でも見てた?顔がすごいことになってたよ?」

私の肩に手を置いて、隣に座る少女が話しかけてくる。

「どんな顔?」

「顔のパーツが全部鼻に集まったしかめっ面。深海の生き物かってくらい!」

「それは、ちょっとわたしのこと...」

バカにしてはいないだろうか。

「え?ううん!深海のお魚ってとってもかわいいんだよ!さっきの霞ちゃんもかわいかった。」

「じゃあ、一花は、私が苦しんでる顔が好きっていうこと?」

「え、いや、そうじゃ、いや、えと、なんていうか」

あたふた。私の子供じみた意地の悪い質問に、彼女は必死に誤解を解こうとするためことばを紡ごうとする。

「その、どちらかというと、普段の綺麗な顔のせいで、ギャップ萌え...しちゃったみたいな....」

「....はあ、やめてよ、もう。なに、ギャップ萌えって。」

続ける言葉の代わりに私はいつものものを取り出した。

「ほら、今日のお弁当。あと昨日余ったデザート」

「デザート?やったあ!」

私が手渡したお弁当を天に捧げ持ってくるくる回りだす彼女。

「霞ちゃんのデザート、きっとすごいんだろうなあ....!」

「べつに、普通だよ。早く食べよう。」

そう言って、二人並んで、金網の向こうの空を視界に入れながらお弁当を食べる。今日は晴れで、少し制服が肌にまとわりついて、彼女のおでこはしっとりと太陽を照り返していた。

 昼休み。学校の屋上。の貯水タンクの裏。私たちはいつも昼食をそこでとっていて、ある時から私が彼女の分の昼食まで作るようになった。

 料理は小さいころからやってきたし、好きなほうではあったから、彼女の分もお弁当を作ってる時間は別に苦ではなかったし、むしろ楽しかった。

「いただきまーす」

一花が私の作ったお弁当の包みを解いて、まず初めに厚焼き玉子に手をつける。今日のは自信作だ。毎日一花から卵焼きの感想を聞いて、ついに今日、完璧に一花にパーソナライズした味付けになったと思うのだ。彼女の好物を、さらに強化したまさに鬼に金棒。

卵の真ん中ぐらいのところを持って口まで運び、目を閉じて、うんうんうなりながら評論家のような顔つきでゆっくりと味わう。...ちょっと緊張する。やがて彼女はゆっくりと卵焼きを飲み込み顔をあげ、

「ズバリ...この卵焼きは....」

「卵焼きは...?]

「百点中一万点!とってもおいしい!」

そう言って彼女は二個目に手を伸ばして今度はご飯といっしょに食べようとする。

「そんなにおいしかったなら、わたしの分もあげる。」

「え!?いいの!やったー!」

そう言って私は自分のお弁当から卵焼きを取り出して一花のお弁当に移そうとして、横目でお弁当箱の上の期待に満ちた笑顔を見て、それがすごいまぶしくて、なんだか胸のあたりに心地よい浮遊感があって・・・




 目を開けると私は薄暗い生徒会室で書類を前に座っていた。外は雨。来た頃には晴れていたので、居眠りしている間に降ってきたのだろう。ペンを手に取って、書類の上を走らせながら、今しがた見た夢のことを考える。まず、これは実際に過去にあったことだ。私とあの少女、山口一花は、中学生の頃、ああやって一緒に過ごしていた。もちろん、かけがえのない良い思い出である。ただ、その、山口一花と、ここ一年ほど、ほとんどしゃべる機会がない。

 私は家のことや、生徒会に入ったことで。一花も高校に入ってなにか新しいことを始めたようで、二人とも時間が取れなくなっていった。もともとSNSを使って頻繁に連絡を取り合うようなことはしてなかったので、せっかく一緒の高校に入ったのにその意味はなくなっていった。

夢の中には、実際とは違う部分もあった。あの頃の私は、今と違って家や他人にそこまでまいっていなかったはずなのだ。すべてがまだ気安かったのだ。つまり、夢の最初の部分は、役職や家に引っ張られる今の私。あの頃の、今も心に居座り続ける山口一花が、私を貯水タンクの裏に呼び戻したのだろうか。私より少し上にあった顔を思い出す。

 今の生活に不満がないわけではないが、やりがいもあるし、楽しくもある。ただ、たまにふとあの無邪気で優しい時を思い出すと少し胸が切なくなる。もう戻れないと諦めてしまったような実感と、もう一度あの時間をどこかで求めてしまって、それが今目の前のことをこなす動機になっているという事実を思うと、


「ちわーっす。部活のミーティングで遅れましたぁー。会計もつれてきましとよーって、会長!なんでまたこんな暗い部屋で真顔で作業してるんですか!前に怖いからやめてって言いましたよね!」

軽薄だが芯のありそうな女の子の声が部屋に入ってきて、電灯が一個ずつ点灯していく。

「会長、大丈夫ですか?少し顔がこわばってましたけど。」

会計と呼ばれた子が心配そうに覗き込んでくる。

「ああ、うん。だいじょぶ。さっきまで居眠りしてて、ぼうっとしてただけ。さ、お仕事始めようか。」

後輩と話しつつ、さっきまで私に絡みついていた夢の内容がほどけていく。だけど、このまま手放すには少し惜しい夢だから、帰り道にでも思い出して、記憶に残るようにしよう。楽しかった記憶はいつでも私をあの頃に戻してくれる。そうであるべきなのだ。

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