第44話 終焉の時

 グリードの全身が、自身の生み出した炎に包まれる。

 いや、炎という表現では生ぬるい、

 全身を覆っていた鋼鉄のような鱗がドロドロに溶けて、

 溶岩のような状態になって体を覆っている。

 筋骨隆々だった肉体は心なしか痩せて見える。

 しかしその結果、角や爪などの鋭利さは増したように見え、攻撃的で禍々しい。


 さしずめ、灼熱の溶岩竜といった様相だった。


 そのあまりの熱量に、四天王もライカもたまらず距離を取った。


「なんて熱さだ!それに・・・魔力もデカくなってる!?」


 シルフィアがとっさに全員に風の魔術を纏わせて守る・・・が、

 それでもグリードがそこにいるだけで熱さに焼かれる。


「先ほどの口ぶりからしても・・・

 後先を考えない、命を削った強化形態・・・

 と言う事ですかね・・・」


 ファイレーンが汗を一筋流したのは、熱さのせいだけではなかっただろう。


「これじゃ近づくこともできない・・・。

 グランザ!キミの剣を飛ばして何とかできない!?」


「もうすでにやった。

 体表で防がれるとともに燃え尽きてしまった。

 並みの攻撃では傷もつけられないな」


「もうやってたんだ・・・。いつのまに・・・」


 グランザの仕事の速さにシルフィアは逆に呆れもしたが、

 しかし事態の深刻さの方が問題だ。


 鱗が溶けたように見えたからと言って、防御力が落ちているというわけではないようだ。


 その上で、熱のせいで近づくことすら出来ないようになってしまった。


「あっちぃなぁ。

 お前の霧でミストシャワーみたいにしたら涼しくならない??」


「貴様・・・俺の事を馬鹿にしているのか?」


 ライカは手をうちわにして自分をあおぎながら、

 ウォーバルに気安く話しかけていた。

 当然キレられていたが、

 ウォーバルはもう、これまでのダメージであまり元気が出ないらしい。

 言葉に力は無い。


『この姿になってしまえば、俺も大きなダメージを負ってしまう・・・』


 グリードが聞かれた訳でもないのに自分で語りだした。

 いや、すでに意識が錯乱しているのかもしれない。


『だが!貴様らを一刻も早くブチ殺せるならこんな痛みなどかまわん!!!』


 そう吠えると、グリードは一度上空に浮かび上がると、次の瞬間、

 一気にライカと四天王たちに突っ込んできた!!


「げげ!!」


 全員バラバラによけながら・・・

 同時に反撃する!!


 ライカは手に持った剣で斬りつけ、

 グランザはこれまでよりも大型の剣を数本生み出し突撃させ、

 ウォーバルは水の弾丸をぶつけ、

 シルフィアは蝶を操りグリードの周囲に竜巻を起こして切り刻もうとした。


 しかし――――そのすべては弾かれた!


 しかも、接近戦を試みたライカは、

 一瞬すれ違っただけだが、熱で顔を歪ませた。

 体が焼けこそしなかったものの、目に見えないダメージを受けたらしい。


 そして、ファイレーンは待機させていた炎の鎧巨人で再びグリードを抑えようとしたが、

 これまで以上に一瞬で破壊されてしまった。

 炎の魔術も、相手の熱量が高すぎて効果が薄いのかもしれない。


「くそ・・・・!!!」


 ライカは珍しくそんな言葉を発していた。


 しかし、それを見てもグリードは今までのように笑うことは無かった。

 ただ、狂気のまなざしで、自分自身を焼きながら魔王城跡地の夜空に浮かんでいた。


『このまま終わりだ・・・・!!

 死ね!勇者と四天王よ!!!』



「くそ!またくるよ!!」


 四天王が再び避けようとする。

 しかし、ライカは動かない。


「ライカ!?」


 シルフィアが叫ぶ。


 ライカは、その場でしっかりと剣を構え、迎撃態勢を取っていた。


「オレが本気の本気でやれば!あんな奴はぶった斬ってやる!!!」


「無茶だよ!!」

「そうです!!たとえ斬れたとしても、あの熱量に突っ込まれればライカさんも・・・!!」

「うるせぇ!!こういうのはナメられたらダメなんだよ!!!」


 ライカが突っぱねる、

 それに、どちらにせよ、グリードが待ってくれるわけがなかった。


『グォォォァアアアアア!!!』


 グリードは叫びとも断末魔ともつかない声を上げて突っ込んでくる。


 ライカは覚悟を決めて全身に力を入れた―――が


「危ないよ!!」


 シルフィアがライカの前に飛び出し、風の魔術と、そして彼女自身の体でまもろうとした。


「なっ・・・」


 驚いたライカは反応も出来なかった


 そして少し遅れて・・・


 フェイレーンとグランザもライカのそばに飛び出し、

 剣と炎で防御壁を作り出した。


「お前たち・・・!!」


 ウォーバルはボロボロの体を抱えてそれを見ている事しかできなかった。


『シネェェェェエエエエ!!!』


 呪詛の言葉だけははっきりと口に出し、グリードが迫る!!


 その時――――――


 肌を刺すような冷気が一瞬で辺りを包み、

 そして聞き覚えのある声が響く。


「ぎりぎりセーフじゃ!!」


 すぐさま続けて、呪文が響く。


「ブリスド・グレイシャーーー!!!」


 ガキキキガガガガガアガガキィン!!!!!


 グリードの体を囲うように魔術陣が現れたかと思うと、

 そこから巨大な氷の塊・・・鋭利な氷の槍が四方八方に生み出され、

 グリードの体を貫きその動きを止め、燃え盛る炎をかき消してしまった!!


「えっ・・・!!」


 全員で声の方向を見る。


 そこには、聞こえた通りの声の主。

 魔王アイサシスがいた。


「ふー、危機一髪じゃな!」


「魔王様!?

 なんで!?

 だって、魔力切れだから戦えないって・・・・!」


「うむ!

 じゃから急いでご飯を食べて、魔力を回復してきたのじゃ!!」


 魔王は子供特有のまん丸なおなかを、服の上からポンと叩いて笑った。


「いやー、ライカさんの明日の朝食用のごはん準備してたから、丁度よかったですよ」


「ご飯作ってくれたオッサン!!」


 魔王の隣には、シルフィアの家でライカにご馳走を振る舞ってくれたおじさんがいた。


『魔王・・・!貴様ぁ・・・!!』


「ふふん、ちょっと見ないうちにひどい目に合わされてるようじゃのう。

 楽しそうだから、ワシも混ぜてもらったぞ」


 そう言うと魔王は今度はライカと四天王たちの方を見た。


「とは言え今はこれくらいしかできん。

 ほれ、早くしないと、グリードはすぐに復活してしまうぞ」


 確かに、グリードの体は氷に貫かれてはいるが、

 すでに再び体は灼熱に燃え始め、氷は溶けだしている。

 今のうちに何とかしないと、先ほどの手が付けられない状態になってしまうだろう。


「よっしゃ!今度こそ俺がぶった斬る!!!」


 ライカが、盾になって守ってくれていたシルフィア達を押しのけ前に出た。


「待ってください!ライカさん!」


 呼び止めたのはファイレーンだった。

 ライカに近づくと、耳元で自分の考えを告げた


「ライカさんの力の秘密って、ライカさんは分かってるんですか?」

「ええ?」


 何でこの忙しい時に?と言う顔をライカはした。


「よく分かんないけど、何か頑張ったら強くなるって感じかな・・・って」


 自分でもよく分かっていないらしい。


「やっぱり・・・。

 いいですか、こういうのはイメージが大事です。

 自分の力をしっかりイメージすれば、もっと強い力を出せるはずです。

 そしてライカさんの力は恐らく―――――雷です!」

「雷?」


 ライカは少し考えごとをする顔をして・・・・


「なるほど、やってみる!!」


 そして、すぐに合点がいったらしく、ニヤリと笑った。


 ライカの異常な力の秘密。

 グリードの背中で強力な雷を受けても大事に至らなかったのは、自らも雷の力を操れるから。

 グランザのような強者に苦戦を強いられたときに体が光るのは、

 本能的に体を雷の力で強化しているから。


 かも知れない、とファイレーンは推理した。

 少なくとも、ライカはその言葉に納得できる実感があったらしい。


「おい、シア!!!」


「な、なに!?」


 急にライカに呼びかけられ、シルフィアはびっくりしてしまった。


「またアレやってくれよ。ファイレーン達と最初にあった城で、

 城に突入するときにやった、アレ」


 それを聞いて、シルフィアは途端に笑顔になった。


「ああ、あれか!!」


 ライカの意図を汲み、シルフィアはライカと共にグリードの上空へ一気に飛んだ。


 グリードはライカに狙いを定めているらしく、ライカ達の方に顔を向けた。

 すでに魔王が生み出した氷は溶け、体の炎は殆ど復活してきている。

 そして、すぐにでもライカに飛び掛かろと、体に力を入れた。


 だがライカ達の方が速かった。


「ガスティ・カノン!!」


 風で敵を吹き飛ばす、その乱暴な魔術で、

 ライカをグリードの方へ吹き飛ばす!!


「うおおおおお!死ねぇやああああ!!!」


 いつもの叫び声をあげ、

 ライカは愛剣、セインリオンを構えた。

 そしてその全身は激しい雷に包まれ、さらに加速!

 光の矢となってグリードに突っ込んだ。


「一刀両断!!雷光雷火らいこうらいか!!!」


 雷鳴と共に声が響き、

 そして・・・・


 グリードは頭の天辺から尾の先まで、一直線に斬り裂かれていた。



 ◆



「あー、熱かった!!」


 流石に燃え盛るグリードに突っ込むのは危険だったようだが、

 ちょっとだけ焦げた服や髪の毛の先を手で払いながら、ライカは呑気にそう言った。


「体冷やしたいから、やっぱりちょっとミストをかけてくれよ」


「貴様・・・!」


「かわいそうだから、やってやったらどうじゃ?」


「・・・はい・・・」


 魔王に言われて、ウォーバルは渋々ライカにミストシャワーをかけてあげた。


 そしてライカはすぐそばに倒れているグリードを見た。


 この傷ではもうまもなく絶命するだろう。


 だが・・・、まだ最後の力で喋れるようだ。

 その言葉を、ライカ、四天王、魔王は集まって聞いていた。


『まさかこの俺様が負けるとはな・・・・。

 悔しいが・・・見事だと言っておこう・・・・』


 なんとなく・・・・

 シルフィア、ファイレーン、ウォーバルの三人はイヤな予感がしてきた。


『だが!我らドラゴン族そのものが負けたわけではない・・・!

 俺はドラゴン三将軍の一人、この世界への先遣隊でしかない・・・』


 やっぱりイヤな予感は当たりそうな気がしてきた。


『俺は三将軍の中で最弱!!

 残りの将軍たちがこの世界に来たら、貴様らなどひとたまりもないわ!!』



「「「・・・・もうそういう展開はいいんだよ!!!」」」


 ドゴガーーーン!!!!!


 シルフィア、ファイレーン、ウォーバルの三人は、

 自分の恥ずかしい過去を掘り返されたような気がして、

 我慢できずにグリードを遥か彼方に吹き飛ばして、とどめを刺した。

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