第34話 ファイレーンのドラゴン講座

「そんな馬鹿な!」


 声を上げたのはシルフィアだった。


「それじゃボクたちは、自分たちで呼び出したドラゴン達とずっと戦っていたってこと!?」

「そうだ、おかしいじゃないか。

 自分たちで呼び出したなら、とっとと送り返せばいいじゃないか」


 シルフィアとウォーバルも、その情報を受け入れられずに声を上げた。


「言ったでしょう、重大な失敗を犯した、と。」


 ファイレーンは物憂げな表情で続けた。


「魔族は、自分たちこそが最も魔術を使いこなせていると過信していました。

 それは異世界を含めても、です。

 異世界から呼び出した力を、自分たちで制御可能だと思い込んでいた。

 しかし・・・ある時ついに、自分たちよりも遥かに強力な魔術を操るドラゴン族の世界と通じ、彼らを呼び寄せてしまったのです」


「少しだけ補足すると――――」


 魔王アイサシスが口を開いた。


「ドラゴン族は強欲な種族じゃ。

 その支配欲は限りなく、奴らから見て異世界をも手に入れようと狙っておったのじゃ。

 だから、我らの先祖がドラゴン族の世界に召喚の扉を開いた時、

 まんまとそれを利用されてしまった、という事じゃな」


 ファイレーンは、自分のこれまでの説明が間違っていないらしい、ということを確認できて、心の中でホッとした。


「ありがとうございます。魔王様。

 そう――――ドラゴンはこちらの世界に侵攻するため、魔族の召喚魔術を利用し、歪めてしまったんです。

 その結果、ドラゴン族の世界とのゲートは閉じることができず、

 次々とドラゴンが現れることになりました」


 シルフィアはゴクリと唾を飲み込んだ。

 自分たちが必死に戦っていたドラゴンが、自分たちの祖先が呼び寄せたものだったなんて・・・・。


「ドラゴンは知っての通り、強靭な肉体と強力な魔術を持っています。

 魔族は対抗しますが、戦いは劣勢・・・。

 そこで魔族はドラゴンを倒すために、愚かにも、また異世界の力を借りようとしたのです。

 異世界召喚をその後も続けましたが、上手くいかず、

 魔族側でなく、人間族の中に転生者を生み出すことになったのです」


「いや、それはちょっと違うぞ。

 ドラゴンが召喚魔術を改ざんした時点で、この世界の召喚魔術はメチャクチャになって暴走してしまって、制御不能になってしまったんじゃ。

 流石にドラゴン呼び出した後には、もうこりて

 召喚魔術を使おうとはしなかったようじゃ」


(・・・・間違っちゃいました・・・・!!)


 ファイレーンはメチャクチャ恥ずかしかったが、

 まだ致命的な間違いではないと気を取り直して、

 自分の威厳を保つように取り繕った。


「ありがとうございます。魔王様。

 ふふ・・・やはり研究だけで歴史の真実を全て明らかにするのは難しいですね・・・・」


 チラリと他の3人の様子を見ると、誰も先ほどの間違いは気にしていないようだ。

 よし――――!


 もうこれ以上失態を犯さないように、ファイレーンは気を引き締めた。


「とにかく、召喚魔術の暴走により、この世界のどこに転生者が現れるか分からなくなってしまったのです。

 いえ、むしろドラゴン族がこの北の地から現れるようになったせいで、

 他の世界からの転生者は、この北の地以外、つまり、人間の領土内で現れることが殆どになったのだと思います。

 ただまあ、転生者の事はすぐには問題にはなりませんでした」


 ファイレーンは、目の前に浮かぶ巨大なドラゴンを見上げた。


「当面は、次々と現れるドラゴンです。

 現在はドラゴンは、ここよりさらに北の地から現れますが、

 当初は、ここ、この場所から現れていました」


「えっ!この、魔王様の間が!?」


 シルフィアは驚きの声を上げる。


「そうです。ここは元々、巨大な召喚魔術陣だったのです。

 一時的にこの城をドラゴンの拠点にされた魔王軍は、死の谷の迷宮を最終戦線にしたのです。

 とにかく当時、魔王軍が考えたことは2つでした。

 一つは、ドラゴンの侵攻を必ず止めなければならない事。

 もう一つは、ドラゴンの存在を人間族には知られない事」


「?」


 シルフィア、ウォーバル、ライカの3人は顔に疑問符が浮かんでいたが、

 魔王アイサシスは目を閉じたままの顔でうんうんと頷いていた。


(よし、これも間違っていないようですね・・・!)


 ファイレーンはほっとして続ける。


「それはなぜか。これは推察ですが・・・・

 当時の魔族は人間族を見下し驕り高ぶっていたとはいえ、

 それは別の言い方をすれば、プライドがあった、ということです。

 自分たちのせいでドラゴンを呼び出し、世界を危機にさらしている以上、

 自分たちの責任でこれを撃退しなければいけない――――、と。

 と、同時に、自分たちの失態を人間族に知られたくない、

 知られたら人間族たちからこれまでの報復をされて、攻め込まれるかも知れない、

 という恐れもあったのでしょう」


「まあそれはそうじゃろうな。

 ワシも話の聞いているだけじゃが・・・。

 我が先祖ながら、情けない話ではある」


「そういう訳で、魔族、魔王軍は人間族への支配などはする余力もなく、

 逆に関りを断って、

 ドラゴンとの戦いを悟らせないように、領土を守るための戦いだけは続けることになったのです。

 それが現在まで続く、魔族と人間族の戦争の形式です」


 ファイレーンはふぅと一息ついた。

 ここまで来たら残りはもう少しだ。

 正直、ちょっと水とか飲みたい。

 魔術の力で喉を乾かないようにしているが、気分的に飲みたい。

 そんな時間は無いので続けるしかないが。


「一方、ドラゴン族との戦いは、とにかくゲートを閉じる事が最優先でした。

 今この場所、ここにある魔術陣です。

 結論から言うと、当時の魔王軍の力と技術を集結し、このゲートの封印には成功しました」


 ファイレーンは再び魔王アイサシスの方を見る。

 彼女もそれを感じ取って、かすかに微笑んで頷く。


「それは、この巨大なドラゴン・・・・

 ドラゴンの世界でも特に有力な、支配者級の知恵あるドラゴンがこのゲートに現れることが感知されました。

 そのドラゴンが現れたら、魔王軍はひとたまりもなく、それどころか、この世界全てがたちまち蹂躙されてしまう。

 それほどの絶望的な力を持つものでした。

 しかし・・・そこで発案されたのが、まさに起死回生の策だったのです!」


 ファイレーンはぐっと拳を握りしめる。


「それまでに現れたドラゴンよりもはるかに巨大な―――

 体も、そして魔力も巨大な存在がゲートを通る時、ゲートの容量はいっぱいになります。

 その瞬間を狙って、ドラゴンをこのように封印することに成功したのです。

 このドラゴンがここに封印されている限り、このゲートは通ることができない!」


「つまりでっかいドラゴンで穴に栓をしたってことか」


 ライカが身も蓋も風情もないことを言う。

 まあいい、無視しよう。


「この作戦は見事成功し、この巨大なドラゴンの侵攻も、この場所からドラゴンが現れることも防ぐことができました。

 ただし・・・・」


 ファイレーンはもう一度魔王を見る。


「この封印を守るため、魔族の中で最も魔力が高い者が、常に魔力を注ぎ込む必要がありました。

 その役目を負うものを、魔王様、と呼び、代替わりしながら、長い間ずっと

 このドラゴンを封印しているのです」


 魔王が最も強力なドラゴンを封印している、というのは、現代の魔族、魔王軍にも周知の事実だった。


「そういう事じゃ。

 まあ先祖の尻拭いじゃな。

 おかげで四六時中この部屋でドラゴンとにらめっこよ。

 じゃが、勇者ライカよ、

 ワシはおぬしよりは年上じゃから、同情する必要はないぞ」


 魔王はアッハッハと笑った。


 ファイレーンは魔王に少しだけ頭を下げてから続けた。


「こうして大きな危機は逃れたのですが、召喚魔術の暴走自体は続いていました。

 その結果、ドラゴンはこの魔王城よりもさらに北の空間の歪みから現れるようになり、この氷漬けのドラゴンを開放しようと攻めてきます。

 つまり、魔王様を殺して封印を解こうとしているのです。

 そうなれば、このドラゴンに世界は破壊され支配されてしまいます。

 魔族だけでなく、この世界もろとも終わりです。

 だから魔王軍はドラゴン達と戦いを続けているのです。

 まあ、歪みは最小限のものらしく、強力なドラゴン・・・知恵あるドラゴンが現れないのは不幸中の幸いでした」


「その歪とやらを無くせばいいんじゃねぇのか?」

「魔王軍もずっと研究していますが、いまだそれは出来ていませんね」


 ライカが率直な意見を言ったが、ファイレーンは肩をすくめてそう答えた。


「なお、人間族側に現れた転生者ですが・・・。

 先ほど言ったように、人間族からすると魔族は自分たちを支配していた悪の国、

 さらに、突然北の地に引きこもった上に戦争状態は続いている、という相手です。

 人間族の中に強い力を持つものが現れたら、勇者として持ち上げて、魔王討伐をさせる、という行動に出るようになったわけです」


 ファイレーンは、ライカの方をみてさらに続ける。


「あと、もともと自分たちで『魔族』とか『魔王』とか名乗っていたので、

 転生者からすると、

『転生した先で魔族と魔王が人間と戦争をしている』と聞けば、

 魔王を倒すのが当然、と考える人が多かったんだと思います」


「ああ・・・」


 ライカも身に覚えがあるので偉そうなことは言えないが、

 そんなすれ違いコントみたいな事になっていたとは・・・。。


「まあ、転生者の問題は、

 召喚魔術の歪みが時間とともに無くなっていったようで、

 かなり昔に、転生者は現れなくなったようですね。

 時々私達みたいな例外は現れたのかもしれませんが」


 ファイレーンはそう言ってライカの方を見た。

 ライカはどう反応すればいいか分からなかったので、小さく肩をすくめて返した。


 とにもかくにも・・・・。

 ファイレーンは説明を一通り終えて、心の中でガッツポーズしていた。


(やりました!この世界の歴史と秘密をいい感じに解説出来ました!!)


 後は、ライカに「一緒にドラゴンと戦おう」と言って仲間にするだけだ。


「――――これがこの世界の歴史です。

 そして今、これまで北の果てからしか現れなかったドラゴンが、魔王城や死の谷の迷宮に突然現れたということは、何か良くないことが起きているのは確実です。

 もしドラゴン達がこの場所まで攻めてきて・・・魔王様を倒してこの封印を解いてしまえば、この世界は終わりです。

 確かに魔族と人間族は戦争状態ですが・・・・。

 勇者ライカ、ここは一緒にドラゴン達と戦いましょう!!」


「いやだ」



 ライカは面倒くさそうな顔で、そう即答した。

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