第22話 竜と仮面

「ガスティカノン!!」


 シルフィアは杖をふるい、飛び掛かってきたガルーダを吹き飛ばした。


 ライカの方を見ると、ゴーレムを念入りに叩き潰していた。


 まだモンスターは残っているが、ライカの目的はこの場所のモンスターのせん滅ではない。迷宮に突入し、そしてその先の魔王城に行くことだ。


 ある程度数を減らしたら、隙を見て迷宮に突入する、というのが勇者の腹積もりだろう。

 実際勇者とシルフィアはモンスターを倒しながら迷宮の入り口に近づいて行っている。


 しかし、モンスターの数は減ってきているとはいえ、移動しながら戦うということは、戦場はどんどん入り乱れていくことになる。

 必然、ライカとシルフィアの距離は、最初より離れて目が届きにくくなることも多くなる。


 ――――シルフィアの立場からすると、そうなっても不自然ではなくなる、ということだ。


 とにかく作戦通り、戦いながら不自然ではない程度に、ライカから距離を開けていっていたのだ。


(多分そろそろだと思うけど・・・・どんなモンスターが襲ってくるのかな?)


 シルフィアは周囲に注意を払いながらそう考えていた。

 結局、ファイレーンが用意する最新作とやらが完成する前に出発するしかなかったので、実物は見ていないのだ。

 大まかな特徴は聞いているが・・・・。


 その時―――――


 戦場の雰囲気が一変した。


 最初に気づいたのはライカ、次にシルフィア、その次にモンスター達・・・。だが、その差はほとんどなかった。

 突然、今までとは別物のプレッシャーが周囲を包む!!


「なんだぁ!?」


 ライカが周囲に注意を払う。


(ファイレーンのモンスターが来た?でもこれって!?)


 シルフィアも同様に周囲を見渡す。

 すると・・・


 長く続く谷のその先、谷間がカーブしている先から、それは姿を現した。


 巨大な体。体長は人間3人分ほどはあるだろうか。

 巨大な翼と長い尻尾で、とても大きく見える。

 頭には角と鋭く並んだ牙、太い両手足にも鋭い爪が備わっている。

 体表は青紫に鈍く光る鱗でおおわれていた。


「ドラゴン!?何でこんなところに!!」

「ケッ!次はドラゴンのお出ましか」


 シルフィアの声に呼応して、ライカはドラゴンに対して臨戦態勢を取った。


 だが、シルフィアは今度はドラゴンではなくライカに驚きの声を上げた。


「!?ライカ、ドラゴンを知ってるの!?」

「え・・・、まあ。見たのは初めてだけど」


 ライカは、シルフィアが驚いている理由が分からず、こんな状況でそんなことを聞かれるとは思っていなくて虚を突かれたようだった。


 だがそのそんな会話を続けている時間はなかった。


 ドラゴンは猛スピードで戦場に突っ込んでくる。

 その巨体を見失うことはないが・・・・その代わり、そのまま突撃されればそれだけで大きな攻撃力になる!!


「くそ!!」


 シルフィアは魔術の力も借りてとっさに横に飛びのいた。

 突撃してきたドラゴンは、シルフィアがいたところも巻き込んで大きく薙ぎ払いながら通り過ぎて行った。

 その跡には、ゴーレムやサイクロプスなど、先ほどまで戦っていたモンスターも、少なくない数ボロボロに破壊されていた。


 ライカはどうなったか?

 その姿を探すと、元いた場所はいない。

 まさか!?と思いドラゴンの方を見ると、

 空に舞い上がったドラゴンの口元にライカがいるのが見えた。


「うぉぉおおお!!!」


 どうやらドラゴンはライカめがけて飛んできて、そのまま嚙み砕こうとしたらしい。

 ライカは剣で牙を防いだり、あと直接牙を手で掴んだりしながら、傷を負うことを何とか防いでいる。


「ライカ!?」


 シルフィアは叫んだが、ドラゴンはそのまま谷の先まで飛んでいき、姿が見えなくなってしまった。


「そんな・・・・馬鹿な・・・・!!!」


 シルフィアは谷の底でそう叫んだ。


 ◆


「そんな!!どうしてドラゴンがここに!!」


 魔術映像を見ていたファイレーンはそう声を上げた。


「ありえない、そんな事今まで・・・・!!」


 そう言いながら魔術映像を操作し、ドラゴンが飛んで行った方向を追いかけた。

 何が起きているのかちゃんと把握しなくては。


 だが、それすらもすぐに出来ない事態になってしまう。


 ゴゴゴゴゴ・・・・!!


 少し離れたところから振動と音が起きているのに気付いた。


「・・・!?これは!?」


 近く・・・この迷宮の中で、何かがうごめいている。

 次の瞬間―――


 ドガァァァアア!!!


「!!!」


 広場の壁が砕け、1匹のドラゴンがファイレーン目掛けて飛び込んできた!!!


 ◆


「くそ!どうなってるんだ!?」


 シルフィアはそう毒づいた。

 周囲には混乱したままのモンスター達。その中の何割かは、シルフィアに攻撃を仕掛けようとしてくる。

 もちろん、攻撃してくるのは最初からそうだったのだが、今はただただ煩わしい。


 手近なモンスターを風の魔術で吹き飛ばしてから、ライカとドラゴンを追おうと魔術の準備をする。


(いや、どうする!?

 わざわざライカを助ける必要はない!?でもドラゴンは・・・・)


 一瞬、迷いが生じた。

 その隙をついて、と言っていいのか。シルフィアの行く手を遮るように、また新しい影が現れた。


「!?」


 それは人型の存在のようだ。ボロボロの黒いマントに全身を包み、頭までフードで覆われている。マントの裾から剣先が見えているので、剣を携えているのだろう。

 フードの奥の影から少しだけ見えたのは・・・黒と赤で塗られた仮面だった。


「なんだ?ファイレーンの作った魔物か!?」


 事前にファイレーンに聞いていた情報によると、シルフィアをさらうモンスターは、ナイトブレードを発展させた人型の魔物だという事だった。

 それが今頃現れたのだろうか。


 事前の説明の通りだと、このモンスターもシルフィアの言うことを聞いてくれるわけではない。

 シルフィアを敵と認識し、誘拐していくことを目的としている。

 必要であれば多少痛めつけようともしてくるだろう。


 作戦通りではあるが・・・・今は、全く状況が分からない。

 だからこそ呑気に誘拐されている場合ではないだろう。


「悪いけど、今キミの相手してられないんだよね」


 そう言ってシルフィアは、目の前の仮面の剣士を取り合えず行動不能にしようと、強力な魔術を放った。

 ナイトブレードくらいなら、少なくともボロボロにしてはるか遠くに吹き飛ばせるくらいの力で。


(ファイレーン、せっかく作ったのに壊してゴメン!!)


 心の中で軽く謝って、魔術が命中するのを見届ける・・・・

 はずだった。


 バシィ!!


 存外に軽い音をたて・・・仮面の剣士はシルフィアの魔術を叩き切って霧散させてしまった。


「!!??」


 シルフィアは一瞬理解が追い付かなかった。

 いや、そもそも、ドラゴンの事に気を取られて、最初から冷静に相手を見れていなかったのだ。こいつの体から発せられるプレッシャーは、尋常なものではなかった。


 ザシュッ!!!


 シルフィアが気付いた時には、すでに彼女の体は仮面の剣士によって斬られていた。



「な・・・!!!」


 何が起こったのか・・・シルフィアは必死で頭を回転させる。


(斬られた・・・一瞬で!?ボクが全く反応できなかった!!

 こいつは・・・!!ヤバい!!!

 ファイレーンのモンスターのレベルじゃない!!!)


 ファイレーンのモンスターでないなら、何なんだこいつは。


 少なくとも・・・全力を出さないとやられる相手だ!!!


緑光蝶の天幕エメラダパピリオン!!」


 シルフィアがそう唱えると、その周囲に緑に光る無数の蝶が現れた。

 緑光蝶りょくこうちょうのシルフィア、その本来の、本気の力である。



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