第21話 死の谷の戦い

 ゴーレムやサイクロプスが壁役となり勇者たちを封じ込め、

 ゴブリン部隊の弓矢とケルベロスの火炎弾で遠方からけん制し、

 動く鎧リビングメイル動く人形リビングドールで数の力を活かした接近戦を仕掛け、

 ポイズンシャドウで撹乱し、ガルーダや動く石像ガーゴイルで空からも抑え込む。


 これが魔王軍の作戦である。

 これならかなりの強敵とも十分戦える。はずだが・・・。


 予想通りではあるが、勇者に対しては足止めくらいにしかならなかった。


 まず動く鎧リビングメイル達を剣で思いっきり叩き―――以前のようにその場で粉砕するのではなく、吹き飛ばした。

 飛んで行った方向の敵は巻き込まれて壁になっているサイクロプスに激突し、その体勢をよろめかせる。

 勇者はそうしてできた敵のすき間・・・一瞬の道を、体を低くして素早く駆け抜ける。

 遠距離からの弓矢や火炎弾は、周囲の他のモンスターを盾にする形で避けていた。

 空の敵が襲い掛かってくればその場で迎撃し、アシッドシャドウは手近なモンスターをぶつけて霧散させていた。

 そしてサイクロプスに肉薄し、脚を狙った攻撃で―――これもほぼ一撃で、破壊して動きを取れなくするか、場合によっては完全に破壊してしまった。

 モンスター達はまた包囲網を整えて最初と同じ状況に持ち込もうとするが、確実に数は減ってくるし、勇者は着実に迷宮の入り口に近づいて行っている。


 ちなみにシルフィアは勇者の後ろで魔術の杖を振り、周囲の動く鎧リビングメイル達をあしらって自分の身を守りながら、主に空のモンスターを迎撃し、ポイズンシャドウを風で霧散させたりしていた。


 シルフィアがいなくても勇者だけで何とかなりそうではあるが、シルフィアの働きで勇者が楽になっていることも事実という、適度な活躍である。

 まあ、シルフィアも必死に戦ってはいる。

 勇者の前で『人間の魔術師シア』として実力を隠してる上に、例のごとくモンスター達はシルフィア相手にも本気で襲い掛かってくるからだ。


 ◆


「予想通りの展開とは言え、あそこまで的確に処理されると、魔王軍幹部としてはやっぱり自信を無くしますね」


 迷宮の中のとある場所で、魔術映像で勇者たちの戦いを見ていたファイレーンは、そう感想を漏らした。


 この場所は、ファイレーン達が勇者を迎え討つ最終決戦の場、つまり、勇者を生贄にする(と思わせる)ための儀式の間である。

 死の谷の迷宮は、天然の洞窟を利用した魔王軍の要塞である。

 自然の洞窟そのままのところもあれば、石造りで整えられているところもある。

 この場所は元々自然にできた巨大な空間を、広場として整え、そしていかにも『儀式の間』という趣で、床には魔術陣が描かれ、それに対応するような祭壇や装飾が周囲に作られていた。


 その中で、勇者との決戦に備え、ファイレーンは最後の準備を続けながら映像を見ていた。


 あれだけの数を揃えて、それでも勇者に一矢報いることもできないのは屈辱ではあった。

 とは言え、モンスターの数をもっと増やして数の力で押せるか?というと、この準備期間で集められる数にはどうしても限界があるし、戦いはここだけで起きているわけではないので、全軍集結というわけにもいかない。

 ファイレーンも追加の魔物を頑張って用意したが、これが限界である。

 それに、他にも作らなければいけないものがあった。そのためファイレーンはここ最近徹夜続きだった。


 そう、今回の作戦の本丸は、今準備するこの場所での最終決戦である。今行われている外の戦いではない。

 しかし、だからと言ってこの場所に何の障害もなく勇者を連れてくるわけにはいかなかった。

 その前に、『激しい戦いの末にシルフィアが敵にさらわれる』という状況を作らなければいけないからだ。



 ◆



「つまり、ボクは戦いの中で敵にさらわれる役目なわけね?」


 作戦会議でシルフィアは自分の役割を確認していた。

 こうしたやり取りにも慣れてしまったのだろうか。ある程度の事は、すんなり受け入れるようになってきた。


 ファイレーンは頷いて補足した。


「そうです。そのために、迷宮の入り口で魔王軍と勇者で戦う必要があります。

 流石に何も障害がない状態で、勇者と一緒にいるシルフィアをさらえるとは思えませんし」

「ボクと勇者が最初から合流しないで、事前にさらわれた事にして『お前の仲間を人質にしている。指定の場所まで来い』って言うんじゃだめなの?」


 出来れば面倒なことはしたくないので、シルフィアはそう言ったが、これにはファイレーンは首を横に振る。


「直前まで一緒に戦って目の前でさらわれた方が、勇者の仲間意識が高まります。

 勇者の仲間意識は、シルフィアが正体を現した時のショックの大きさに関わるので、重要なポイントです」

「そういうもんか」


 シルフィアが納得したのを見て、ファイレーンは続ける。


「モンスターとの戦いである程度勇者を疲れさせたら・・・・・。

 疲れなかったとしても、それなりに頑張って戦った感じを出せたら・・・」


 ファイレーンは随分情けない物言いをするが、これは勇者が強すぎるので仕方ないだろう。


「私が用意した特別製・・・前回のナイトブレードよりもさらに強いモンスターを作ったので、それを突然登場させて、シルフィアを一撃のもとに倒し、勇者の前からさらって行きます。

 なので、シルフィアは誘拐されやすいように、勇者に近すぎず、遠すぎずの距離感でいてくださいね」

「はーい。面倒だけど、分かったよ。

 それで、その新しいモンスターってのは、どんな奴なの?」


 そう言われてファイレーンはドキリとして、


「それは・・・今頑張って作ってます。作戦までには間に合わせますので!!」


 ばつが悪そうに言った。

 準備が大変すぎてまだできていないのだ。


 ◆


 そういう訳で、大忙しだったファイレーンは寝不足の頭を何とか奮い立たせて、作戦の準備を続けていた。

 何せこの作戦は、ファイレーンとシルフィアとウォーバルの三人以外の魔王軍は、表面的なことしか知らない。秘密にしている部分の準備はその三人でやるしかないのだ。

 しかも、役割上、ファイレーンの仕事は非常に多い。

 それでも、ギリギリになってしまったが、なんとか間に合いそうだ。


 一番の心配事はグリーズが何か余計なことをしないか、だったが、今のところグリーズに動きは見られない。どこで何をしているかも分からないが。


「ハッ、随分本格的じゃねぇか」


 ウォーバルが部屋に入ってきた。


 ウォーバルはちょうど今この迷宮に到着したところだった。

 それまで何をしていたかというと、こことは違う場所の戦いの仕事を済ませてきたのだ。

 勇者と戦う以外にも様々な戦場がある。


「いくら勇者を生贄に、って建前だとしても、わざわざここまで本格的な祭壇を作る必要があるのか?」


 ウォーバルは感心・・・・と、少し嫌味が入っているかもしれないが、部屋の中の魔術陣や装飾を見ながらそう言った。


「いえ、ここは元々こういう部屋があったので利用させてもらったんです」

「元々?」

「そうです。普段魔王軍が使用しているルートからは離れてるので、知ってる人は少ないですが。

 大昔の大戦時の、儀式魔術の場所だったようですね」


 魔王軍の戦いの歴史は長い。

 今の四天王が生まれるよりはるか昔から続いている。

 この死の谷の迷宮も、かつて大きな伝説的な戦いがあったと言われている。

 その名残だろう。


「ハッ、なるほどな。おあつらえ向きという事か。それで、準備の方は?」

「何とか間に合いました。シルフィア達も・・・そろそろいい頃合いですね」


 二人は魔術の映像を見やった。


 シルフィアと勇者は、モンスター達を次々と倒していっている。

 次の作戦開始の条件が整うまでもう少しだろう。


「そうか。じゃあ俺は周囲を見回ってくる」

「映像を見ておかないんですか?」

「見ていても何か変わるわけじゃないだろう。問題が起きたら呼んでくれ」


 そう言ってウォーバルは出て行った。


(迷宮の中は魔王軍しかいないわけだし、改めて見回りする必要もないと思いますが・・・)


 万全を期したい、という事だろうか。

 やはり、ウォーバルも昔に比べて現在はかなり協力的になっているような気がする。


 ファイレーンがそんなことを考えていると、

 戦場の入り乱れ具合は開戦時よりもさらに増している。

 そろそろ頃合いだろう。


「ではいきますよ。作戦フェーズ2!シルフィア誘拐!

 私の最新モンスターを投入です!!!」

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