第8話 勇者と村人とミステリアスな人
「イヤだね!俺は
勇者はそれだけ言うと、シルフィアに背を向けてスタスタと歩いて行った。
(クソ!ダメだったか!!)
シルフィアは心の中で舌打ちしたが、しかしこれで終わりではない。
ファイレーンに教わった通り、こういった場合の対処の仕方があるのだ。
「そっかー、残念だな。でもボク達、またすぐに会うことになると思うなー」
そう、勇者の背中に声を投げかけ、勇者が去っていくのを見送る。
ファイレーンの作戦とはつまり、
「断られてもしつこく付きまとって、なし崩し的に同行する」ということだ。
この場で追いすがってもいい気もするのだが、ファイレーンが言うには、
「この場では余裕を見せて、次の村とかでちゃっかりまた会うくらいがミステリアスでいい」らしい。
勇者の気配が去るのを確かめてから・・・。
「つ、疲れたー・・・!!」
シルフィアは大きなため息をついてその場にへたり込んだ。
グランザより強い、その気になれば自分を殺せる相手をあの手この手で騙そうとするのは本当に心臓が悪い。
それも殆ど上手くいっているとは思えないし。
「ボクはこういうタイプじゃないんだけどなぁ・・・」
これまで、性格的にも嘘や騙しをするタイプの活動をしていなかったので、これからのことを思うと気が重くなる。
しかしいつまでものんびりとはしていられない。
勇者を見失わないようにコッソリ後をつけないといけない。
「ミステリアスに再登場するのも大変だ・・・」
◆
勇者は魔獣の森を抜けた先の村に入っていった。
ここはすでに魔王軍の勢力圏だが、人間の村も点在している。
魔王軍と人間軍は長年戦争状態にあるが、基本的には勢力地を奪い合ってそれぞれ一進一退している状態だ。
魔族は領土拡大のための前線基地は作るが、
基本的に魔王城以外には、住居を持たない。
戦略上の必要がなければ、わざわざ人間の町や村を滅ぼして回ることもないので、
魔王軍の勢力圏と言っても細々とした人間の村や町が残っているものなのだ。
もちろん、逆に人間の勢力圏にも魔族やモンスターがいることもあるわけだ。
この村も、近くの一大拠点がグランザの敗北と一緒に破壊されたので、
このまま魔王軍が何もしなければ、魔王軍の勢力が弱まって人間の勢力圏になるかも知れない。
そういう訳で、村の中は多少の明るさを取り戻しているように見える。
(ちっ、人間めぇ~~!)
あんまり本気でそう思っているわけではないが、グランザが倒された結果なので、一応心の中でそう言っておいた。
勇者はこの村の宿屋に入ったらしい。
シルフィアは村人に見つからない場所からコッソリ宿屋の様子を伺いながら、ファイレーンとの作戦会議を改めて思い出した。
まずは、魔族とは気付かれないように仲良くなること。
今は、「ミステリアスな謎の同行人」になるルートに入っている。
そして仲良くなったら、できるだけ勇者の秘密を探ること。
『我々は勇者の本名はおろか、男か女かさえ分かっていない』
ファイレーンがそう言っていた通り、我々魔王軍は勇者のことをほとんど知らない。
グランザを倒す前、各地の魔王軍幹部を次々と倒して魔王城に近づいてきている「勇者」がいる、という報告を受けた段階では、まだ魔王軍の長い歴史の中では「よくあること」だった。
グランザと戦う時になってようやく四天王全員で注目するまでになったわけだが、
今のところ勇者の名前も判明していない。
どうも勇者は、とある田舎の村に現れてから、積極的に名乗ったり、各地の王様などの協力を得ることなく旅を続けたらしく、広く名前が知れ渡っていないのだ。
立ち寄った村の住人などに詳しく聞けば分かるかも知れないが、そんな細かい調査をするより先にシルフィアが勇者に接触した、というわけだ。
『かなり偏屈な人なのかもしれないですね』
とはファイレーンの言葉だが、先ほどの森の中の様子を考えると、偏屈どころではなく変人なのかも知れない。
性別も分かっていない。服装は男物っぽいが。見た目しか情報が無いのだ。
そして、グランザを倒したその力の秘密。
最終的にはこの謎を解明できれば、四天王にとってかなり有利になるはずだ。
(よし・・・!)
シルフィアは意を決して動き出した。
今は夕飯時。宿屋で食事をしている勇者にフレンドリーに「ヤッホー!偶然だね!」と白々しく(白々しいのもポイントらしい)声をかけるのだ。
宿屋の扉に手をかけようとした・・・その時、
ドッガッ!バキィイイ!!
宿屋の扉を突き破ってきた男に巻き込まれて、シルフィアは吹っ飛ばされた。
「「ギャーーー!!」」
男とシルフィアの叫び声が混じって村の広場に転がった。
続いて、壊れた扉の跡から姿を現したのは勇者だった。
シルフィアの姿を見ると一瞬驚いたようだが、すぐにいたずらっぽく笑って
「よう!偶然だな!」
と声をかけた。
その後勇者は吹き飛ばした男に近づき、その胸ぐらを掴み起き上がらせようとした。
「ちょ、ちょっと待て、アンタ、何やってるんだ!?」
宿屋の中・・・酒場にいた客のようだ。や、周囲の村人が慌てて集まってくる。
(ちょっと!なんなんだよ!)
シルフィアは文句を言いたかったが、状況が分からないので心の中だけで毒づいた。
「あんた・・・!何なんだ!強盗か!?ブランクさんを放せ!」
勇者に掴まれた男・・・ブランクさんとやらは、村の一員のようだ。
エプロンをしているから、もしかして宿屋の主かもしれない。
(何なのコイツ!森の中では盗賊相手だったみたいだけど、村の住人にもこんな乱暴なことをするわけ!?)
扉の瓦礫を払いのけながら、勇者とブランクさんから遠ざかろうと後ずさりする。
そうこうしている間に、周りを囲む村人が増えていた。中にはクワや棒を持っている人もいる。
まあ村の仲間が、突然現れた謎の暴漢に襲われているのだから、それを助けようとするのは当然だろう。
「強盗だって?」
勇者はそう言うと、周りの人間を見渡したあと、
ニヤッと笑って、掴んでいるブランクさんに向かって言った。
「おい!強盗だってよ!何とか言ったらどうだ、強盗さん!!」
「!?」
「?」
シルフィアはどういうことか全く分からなかったが、ブランクさんの顔が強張るのは分かった。
勇者は胸元から出した紙を掲げて周囲の村人にも聞こえるように大声で叫んだ。
「オレは魔獣の森で強盗どもを締め上げた!
ここ数年、魔族の被害の裏に隠れてコソコソと通行人とかを襲っていたみたいだな!
そいつらは痛めつけたらアジトの場所を教えてくれたぜ!
それがこの宿屋の地下!そして首謀者は宿屋の主!お前だ!」
「な・・・!」
なぜそれを!とまでは言わなかったが、ブランクの表情は、その話が事実であることを認めているようだ。
勇者は周囲の村人に向かってさらに続けた。
「そういう訳だ!オレはこいつらが奪い集めたお宝さえ貰えればそれでいいが、
この後のことはお前らに任せるぜ!
袋叩きでも追放処分でも・・・・」
そこまで言って、勇者は周囲の村人の様子が思っていたのと違うことに気づいた。
全員、手にした武器を構えたまま、その矛先は勇者に向かったままだった。
その表情は、村の仲間が犯罪者だったことの驚きではなく、罪を咎められたもののそれだった・・・・。
「今この村にはあんたたち二人以外、村人しかいない・・・」
「かわいそうだが、あんた達は・・・」
村の有力者らしき2人がそう言うと、他の村人もゴクリと唾を飲み込んだ。
よく見ると、村の子供たちは家の中に引っ込められている。
おそらく、これから村人達が起こすことを見せたくないのだろう。
「こりゃあ早とちり・・・。村ぐるみ、ってことか・・・」
勇者は不敵な笑みを残しつつ、今までには見せたことのない汗を一筋流していた。
(なるほど・・・)
シルフィアも事態が大体分かってきた。
しかし、
(この村の住人にとってはマズいな。
勇者は自分が勇者だと名乗っていないみたいだから、村人はただの旅人と思って、大勢でかかれば勝てると思っている)
この人数の人間相手に勇者がどうするか、気になるところではあったが。
(ここは・・・あの手で行こう)
シルフィアが考えをまとめるのとほぼ同時に、村人たちが勇者とシルフィアに襲い掛かってきた。
勇者が何か動きを見せる前に、
「ソリドエアリア!」
シルフィアが魔術を唱える。
その途端、村の全員、勇者とシルフィア以外の動きがいきなりゆっくりになった。
「な・・・!」
「なんだこれは・・・!動きが・・・重い!」
空気を固める魔術だ。
普通の人間程度なら、これでしばらく動きを制限できる。
「行こう!」
シルフィアは立ち上がって勇者に向かって言った。
「村人全員倒して逮捕したってしょうがないんだろ!?
じゃあこの村でできることはもう無いよ!」
そう言われた勇者の決断も早かった。
舌打ちを一つだけして、
「分かったよ!」
そう言うと、宿に向かって駆け込んだ。
「ええっ!?」
すぐ村から離れるかと思っていたシルフィアは驚いた。
どうやら、宿屋の地下のアジトに、お宝を取りに行ったらしい。
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