第6-5話

「うむ、では……」


 美代の出した茶を飲んだ後、玄関から外に出る阿部とその護衛。

 外で待機している御忍駕籠おしのびかごに乗ると駕籠者が持ち上げ江戸城へ戻っていった。


「美代さん、あのお侍さん達は?」


 長屋の前には近所の人々が集まっていた。

 慎之介の母が心配そうな顔をして美代に問いかける。


「ええっと……老中とか何とか言う役人の方で……」


 特に内密にしておくよう忠告を受けていなかったためご近所さん達にありのままを話す美代。

 その話は朝食時だというのに瞬く間に広まってしまった。


(美心ちゃんは寺子屋に通わないのか……ほっ、良かったぁ。あんな怖い子だと寺子屋のみんなが知ったら友達も寺子屋に来なくなっちゃうかも知れないし、師匠も美心ちゃんに関しては口をいつも濁らせていた。今日、通ったら教えてあげよう)


 母の隣にいた慎之介は安堵した。

 釜の前でご飯を炊く美心につい視線を向けると目が合ってしまう。


 ニコッ

 ゾクッ!


 美心は笑顔をして返すが慎之介は瞬時にして血の気が引いた感じがした。

 3年前の美心が向けた暴圧は慎之介の心に深く染み付き今でも夢の中でうなされるほどだった。


「あら、どうしたの? 慎之介」


「僕、ご飯食べたらお寺に行ってくる」


「ごめんなさいね。美心ちゃんとたまに遊んであげなさいって言っても、いつも言うことを聞かなくて……」


「美心も同じですよ。きっと恥ずかしいのでしょうね」


「おう、美代! 今夜はみんなで宴じゃ。弁当を作って桜広場で一杯するってことになった」


「あら、良いわね。手に縒りをかけちゃおうかしら」


 近所の人達が集まり弁当を作り近くの桜広場にて美心の祝会を開いたのだった。

 自分のために多くの人が集まり祝ってくれる。

 美心は転生前の定年退職時で参加した送別会ぶりに胸が熱くなり思わず涙が出てきそうになった。


(父、母、俺はやるよ。勇者としてこの国を魔王の好き勝手にはさせない!)


 宴会も無事に終わりを迎えたが酔い潰れている者も多かった。

 当然ながら八兵衛もその中の一人である。


「あなた……起きて。帰るわよ」


「今の季節なら放っておいても死にはしないよ。あたいらは帰って子どもを寝かしつけようかしらね」


「そうね、美心も眠そうだし出立の日までに色々と用意してあげなきゃ」


 母に背負われ眠りながら長屋に帰る美心。

 深夜、厠のため目が覚めると美代はまだ起きており立派な反物を取り出して何かを編んでいた。


(まだ7年も先のことなのに入学のための準備をしてくれているのかな? 母も幸せそうな表情をしながら作業をしているし邪魔しないでおこう)


 翌朝、いつものように明晴から指南を受けるため河原へ向かう美心。


「おはよう、美心っち。ん、どしたん?」


「お兄ちゃん、昨日阿部のおじちゃんが長屋に来たよ。あたしに京の学校で陰陽術を学んでみないかって」


「えっ……あ、そうか。もう3年経っちゃっていたんだ?」


 明晴は不老不死の啓示を女神から受けている。

 1000年という時間を生きていると時間の感覚は常人とは異なってしまっていた。

 そのため、美心と出会ってから3年経っていたこともずっと気が付いていなかった。


「お兄ちゃんから将軍様に願い出たって聞いたよ。お兄ちゃん、どうしてあたしにそこまでのことをしてくれるの?」


「そ、それは……」


 明晴は顔を赤くしつつ小さく言葉を放つ。


「美心っちのことが……好きだから。あーしと同じ転生者だし……」


「えっ、なんて? よく聞こえなかった」


「ま、まあ陰陽術に詳しくなれるんだから良いじゃん。美心っち、火属性も使いこなせるようになれるかもよ。学校の方があーしより教え方だって上手だし!」


「お兄ちゃんはあたしと別れた後どうするの?」


「あーし? そうだなぁ、ポッカリドーへ向かうかリュキューへ向かうか……どちらもまだ火ノ本の領土じゃないけど将来はそうなるわけだし。ま、流れ者にまた戻るだけだわ、あはは」


「お兄ちゃん、学校生活のために今から目指せるところまで目指そうと思うの。いつもより厳しくでいいから色々教えてね」


「えっ? 美心っちは今でも十分……はっ!?」


 明晴は美心の言葉の裏に隠されている感情を読み取った。


(まさか……美心っちは転生前いじめられっ子だった? きっと転生した今回の人生では学校に近付きたくもなかったんじゃ……そんなことも知らずにあーしは美心っちのためだと思って! 馬鹿馬鹿馬鹿! あーしの馬鹿! また美心っちを傷付けてしまったじゃん! きっと陰陽術でいじめてきた子らを分からせる気なんだ。そんなこと美心っちにさせては駄目!)


「美心っち分かったよ。でも暴力は駄目。そこからいじめに発展することだってあるんだかんね」


「うん」


 美心はただ無自覚系最強主人公を演じるために無数とある陰陽術を少しでも多く覚えておきたい一心で明晴に話したに過ぎない。

 明晴が誤解していることに悟りつつも何も言わず軽くスルーし陰陽術の特訓に移ったのだった。

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