第6-4話

 美心の様子を見て八兵衛が阿部に話す。


「いやいや、阿部様。さすがに6歳で大僧正の領域なんて悪い冗談だ。それが本当なら、うちの子は将来、菩薩の領域にも及ぶってことですかい? ま、儂らにとっては生まれた時から美心は菩薩様ですがね、はっはっは!」


「もう、貴方ったら」


 至って真面目な阿部とその護衛は表情を何一つ変えず八兵衛の話を聞いている。

 その空気を感じ両親の表情も再び冷静さを取り戻す。


「美心、いつも朝ご飯の後に出かけていたけれど何をしていたの?」


 美代が真面目な顔をして美心に尋ねる。

 誤魔化しても何度も通じるわけではない。

 今回も言い逃れをするか、本当のことを話すか迷っていた。


(どうする、どうする俺。この空気だと正直に話しても捨てられることは無いようだけど明晴と会い続けていたことがバレてしまう。そうなるとまた家庭の危機を迎えるかも知れないし……あーもう、どうでもいい!)


 美心は思考を放棄してすべて話した。

 明晴が家に来なくなってからも近くの河原で指南は受け続け、そのおかげで水属性だけは大僧正の領域にまで至る陰陽術が使えるようになったことなどを両親に告白する。


「明晴様……ずっと家に来てくれないからまた流浪の旅に出たのかと思っていたけど違うのね?」


(あかん! 母の目がハートになってる! やっぱ、まだ諦めきれてないじゃん!)


「そうか、明晴殿がお前を鍛えてくれたのか。それは礼をしなくてはならないな。美心、明日の指南の後は必ず呼んできなさい」


(父――! 家庭の危機を招くことになるっちゅーの!)


「ご、ごほん! 話を続けても?」


 阿部が話を続ける。


「その学校はキョートにあってな。衣食住に関しては寮があるため、そこで生活をしてもらうことになる」


「キョートですかい? 可愛い子には旅をさせろと言いたいが……まだ6歳の子を送り出すと言うのは世間体では捨てたと思われないじゃろうか?」


「美心はどうしたいの? 明晴様にずっと指南していただけるのなら、寺子屋に行く必要だって無いのよ」


(うーん、そうなんだよなぁ。学園モノを始めるにしても些か幼すぎるような気がしないわけでもない。やはり、学園モノでテンプレなのは14~16歳の頃だろう。しかも、入学に必要なテストで無自覚系最強主人公を演じ……何なんだ、あの子は! と皆からの注目を集める……こ、これだぁぁぁ!)


「阿部のおじちゃん、あたし何時かは通ってみたいと思います。だけど、それは今ではありません。今はまだ父や母の近くにいてあげたいのです」


「美心……」


「美心ぉぉぉ」


 両親は美心の優しい心に打たれ大粒の涙をこぼすだけ。

 代わりに阿部は幼子とは思えぬ美心の返答に冷静に答える。


「そうだな、多くは諸藩の大名のご子息や名のある貴族からの生徒が多い。平民はいないわけでは無いがごく僅か。幼いそなたにとっては酷な話であったな」


(大名や貴族の通う学校だと? まさか、そのような場所に通えるとは学園モノのテンプレとして最高のスパイス。そこに平民である俺が無自覚系主人公の生徒を演じ無双する……むほぅ、今から無自覚系主人公を練習しておこうっと)


「因みに阿部様、その寺子屋……じゃない。学校という場所は何歳までに入れば……」


 八兵衛が突然、口を開き質問する。 


「うむ、その学校は6歳から入学が可能であってな。18歳まで通うことになる。低学部・中学部・高等部と分かれているが1つの区画にすべて集まっているため、生徒数は軽く1000を超えるだろう。美心殿の実力を鑑みると中学部からでも遅くは無い。その方向で手続きを進めても?」


「美心、お前が決めなさい。お前の道だ。金のことは心配すんな。何としても通わせてやる」


「貴方……」


(1000人以上の学校か。勇者パーティのメンバーを見定めるには最高の条件じゃないか。くっくくく……来てる! 流れは確実に俺に来ている! 無自覚系主人公を演じながらも……いや、貴族が集まる場所だったら悪役令嬢を演じてみるのも一興か? ぬふふ、どうであれ中学部から俺は勇者としての人生を歩むことになる。今から楽しみだぁ)


 美心の妄想は次々と膨らみ満円の笑みをこぼす。


「うへっうへっうへへへ……」


「なんだか、ものすごく楽しみにしているようね?」


「キョートか、遠いな。娘に会いに行くのも時間がかかるし……何より金が」


「ああ、学費はすべて幕府から支給させていただく。それと特待生という性質上、ご家庭にも僅かばかりではあるが支給させて頂く。生活の質を向上していただくことになるのは基本が武家階級以上の者が通う学園であるため示しをつけるためである」


「あなた、今より良い生活ができるんですって!」


「その申し出は確かに助かるが……本当に良いんですかい?」


 八兵衛は悩みながら美心と目を合わせる。


「父、あたし……その学校に通ってみんなの役に立つ存在になりたい!」


 美心の眼差しは真剣そのものだった。

 実際には火ノ本公国の将来など微塵も考えておらず、ただ勇者見習いとして学園モノを体験できる期待感で頭がいっぱいなだけであった。

 だが、八兵衛には誤った美心の覚悟が伝わりこう答える。


「その歳で立派な愛国心が芽生えてなんて優しい子なのだ。分かった、阿部様! その話、喜んで受け入れさせていただきます!」


「幕府の者として心から感謝する。では、7年後……美心殿が13を迎える頃にまたお会いしよう」


 両親が目を合わせ頷く。


「はい、その時は美心をよろしくお願いいたします」


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