第6-3話
母が維新志士に攫われ救出した翌朝……。
カンエー寺には町奉行の岡っ引きが集っていた。
「くそっ、どうしてこんなことに!?」
「俺達はまだ何もしてねぇぞ!」
「黙れ! 幕府に刃を向けようと画策していたことはすでに分かっている。大人しくお縄に付け!」
美心が使った水刃刀はまだ惨殺できるほどの威力を持っていなかったのが功を奏していた。
昨晩、逃亡した樹が斬り殺した者以外は辛うじて生きており皆、お縄に付くこととなっていた。
「おはよう美心。お母さん、手が離せないから釜戸を見ていてくれる?」
「はぁい」
釜の前で座り、ずっと火を見続ける美心。
陰陽術のお陰で空気を送る必要が無いため、薪の炎が弱くなってくると美心が陰陽術で火を加えるだけで再び強く燃え上がる。
(日常生活では確かにこの程度の火で十分なんだけどなぁ……やっぱ魔王にトドメを刺す技は炎属性で消し炭にするのがテンプレだ)
魔王もとい呪物の王が復活すると確信している美心は常に魔王との決戦を頭の中で脳内シミュレートしていた。
その中でもやはり見た目的に派手で格好良く倒すのは相手を燃やすこと。
転生前に読み漁ったラノベでも大抵のラスボスは派手に倒されている。
特に俺TUEEEモノでは圧倒的な実力差が有りながらも、ラスボスだけは綺麗に美しく魅力的でワンダフルな倒し方をしているものが多い。
(どんな物語でもラストを魅力的に飾るのは必然中の必然。無自覚系主人公がたまにやらかすラスボスでさえ倒したことに気付いていないような人生ははっきり言ってもったいないの一言に尽きる。しかし、俺も一度でいいから俺なんかやっちゃいました? って言ってみたい! 無自覚系主人公を演じるなら学園モノが一番なんだけど……そういや、俺も6歳になったしそろそろ寺子屋に通うのかな? しかし、寺子屋で学園モノ主人公は演じにくいなぁ。何より生徒数が少なすぎる。それなら明晴に教えを請うほうがよりレベルの高い陰陽術を覚えられそうだし……)
「母ぁ、あたしもいつか寺子屋に通うの?」
「そういえば、まだお寺に行って手続きしていなかったわね。宗次郎の面倒を見るのですっかり忘れていたわ」
「儂も仕事で手が離せんからのぅ。美心、明日にでも慎之介くんと行ってきなさい」
(おいおい、自分で入学手続きしろってのか? 宗次郎が生まれてから俺に構うことも少なくなったのは自由に動けて嬉しいがまだ6歳だぞ俺)
すでに7月。
本来なら4月に入学しているはずである。
コンコン……
玄関の戸を何者かが叩く。
「はーい、美心出てくれる?」
「うん」
美心が玄関の戸を開けるとそこに立っていたのは二人の侍。
その内の一人は阿部抹茶弘であった。
「あっ、阿部のおじちゃんだ」
「久しいの、明晴殿の門弟よ。城より参った。少し時間をよろしいか?」
「えっ? お侍様!? は……ははぁ!」
部屋の中を急いで片付け座布団を二枚用意する八兵衛。
美代は茶を淹れ部屋に入った阿部とその護衛の前に差し出すと頭を垂れる。
美心はただ呆けて玄関でその様子を見ているだけであった。
それもそのはず、上流階級の侍が下町の者の家に伺うことはかなり珍しいことだからである。
(何が起きるのか予想がつかない。どうして老中がこんなところに? 父か母が何かやらかしたわけでもないよな? もし、そうだとしてもそれなら奉行所の者が来るだけで十分だ。分からん……)
「きゃっきゃっ!」
「美心、宗次郎をお願い」
「はーい」
宗次郎を抱っこし釜の前から部屋の中を見る美心。
米を炊く火はいつの間にか消えてしまっているが誰も気付かない。
「お二方が美心殿のご両親で?」
「は、はい……ええっと……美心が何か?」
「拙者は老中首座、阿部と申す者。この度は美心殿の件でご両親に話しがあって参らせていただいた」
「ろーじゅ? えっと、美代知ってるか?」
「奉行所の役人様でしょうか?」
下町の者で幕府内の役職を把握しているのは一握りの人のみであり、八兵衛と美代の二人も相手が侍であること以外はよくわかっていなかった。
「父、阿部様は将軍様の相談役だよ」
美心が両親にわかりやすく説明した。
「な、なんだってぇぇぇ!」
「し、失礼いたしました! どうか、どうかこの子たちだけは!」
両親は美心の言葉に驚き深い土下座をした。
どうやら大きな誤解をしているようである。
「いや、こちらこそ突然押し掛けてしまい申し訳なかった。頭を上げては下さらぬか?」
「へ、へぇ」
「これを……」
阿部が懐から書簡を取り出し八兵衛の前に置く。
「儂は字があまり読めねぇんだ。美代、代わりに読んでくれねぇか?」
美代が書状を開き内容を読む。
美心も気になって書状の内容を見たいが、この緊張状態の中では動くことさえ躊躇ってしまう。
「ええっと……すみません……よく理解できませんでした」
書状を読み終わった美代は疑問を阿部に投げかける。
「そうか……美心殿の今後のことで纏めさせていただいたのだが」
「阿部殿、単なる町人であの学校を知っている者こそ少ないかと」
「むむ、確かに……」
阿部が両親に説明する。
3年前、将軍家慶に明晴が要望した美心の入学先のことだ。
突然の逝去でつい最近までその内容が書かれた書簡を誰も気付かずにいた。
「陰陽術の専門学校? どうして、うちの美心なんかが?」
「隠さなくても良い。幕府内でこの子を知らぬ者はほとんど居ない。なんせ、6歳で大僧正の領域の陰陽術を使いこなしておるからのぅ」
「だ、大僧正の領域ですってぇぇぇ!」
両親二人は開いた口が塞がらないまま美心の方を見る。
(はぁぁぁ!? ずっと隠してきたのに幕府内にまでバレているなんてどういうことだよ! ……いや、お喋り野郎が一人居る。あいつか! 明晴、貴様謀ったな!)
「美心……」
両親が美心と目を合わせるが、その表情は強張り緊張しているようだ。
それもそのはず。
大僧正の領域に至った陰陽術士は歴史上においても僅か数人。
その中の一人になんてことのないただの町人の娘が至ることなど普通では有り得ない。
(くっ、この家族生活を終わらせるにはまだ早い! だったら……)
「てへぺろ♡」
「うーん、可愛い! さすが俺の娘だ!」
「大僧正の領域も納得の可愛さね!」
チョロすぎる両親も相変わらずであった。
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