第4話

 なぜ僕なんだろう? どうして僕が?


 そうして自問する想いに駆られて一人で怯えていたことが過去にもあった。


 それはある日、名画『モナ・リザ』のモデルに関する秘密を知ったときのことだった。モナ・リザの真のモデルがイエス・キリストと聖母マリアであることを読み解いた瞬間、あの絵が橙色のオーラにも似た優しい光に包まれているように見えた。そして、その解釈を裏付ける虹色の翼が、構造色の原理を利用して描かれたあの『天使の翼』が、モナ・リザの絵に突如現れたのである。僕は、怖かった。


 しかし、暖かい光に包まれたモナ・リザを見たとき、懐かしい想いが脳裏に浮かんだ。それはコウキの記憶だった。


 今、付き合っている彼女はいるけれど、愛という名の付くものはどれも性欲の奴隷と化している。僕が彼女にしていることはおそらく、浜田が松野さんにしていたこととあまり変わらない。


 薄汚いものをみて、薄汚い行為をしている今の僕は、卑怯にも、「薄汚い」という言葉を使うことで、僕の中にある、そうじゃないと思えるものを少しでも守ろうとしている。


 仮に不倫や翼を見ていなくとも、絶えず何かに怯えて暮らしている僕を、コウキの想い出が救ってくれるとは思わない。だけど、たとえそうだとしても、僕の意識がこの地上から消失する瞬間まで、僕はその想いにすがって生きるだろう。


 だって、そうやって疲れて眠り落ちることだけが、今の僕の救いだから。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薄汚いもの Mizuki lui @rebeljj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る