第33話 自己栽培9
飛んでくる斬撃。それを躱そうと身体を動かす。だがその魔力の光に見とれてしまい行動が遅れた。迫りくる光の刃。それを受けようとして手のひらを伸ばす。
確かに見た。指に食い込む魔力の刃。ここまで魔力の流れを操れるものなのか。まるでチェーンソーのように私の魔力を削り、指を切り落とされる。だが刃はそれだけじゃ止まらない。そのまま右の肩を、そしてその刃の延長上にあった私の右足も一部切り裂かれ吹き飛んだ。
「がぁああああッ!!!!」
感じた事のない痛み。まるで右腕全部が焼かれたかのように、そして右肩に焼けた鉄の棒を押し込まれたかのように、想像もしたことがない痛みが一度に襲い、膨大な出血と痛みのショックによって膝を付く。
目の前には息切れをした二石。既に魔力はなさそうだ。だが他の二石がこちらへ狂気の表情で迫ってくる。何か叫んでいるようだが聞こえない。視界がぶれる。ああ、限界だ。
そうして気を失う一瞬、何か人影を見た気がした。
視界がぼやける。セピア色の世界に私はいた。いつもより視線が低い。それに見覚えのある公園。ああ、そうだ。ここは私が幼稚園生の時、よく一人で遊んでいた公園だ。
家に帰ってもいつも1人だった私。近所に同じ幼稚園に通う子もいなく、私はしかたなく人通りのある公園に遊びに行っていた。たまに遊んでくれる小学生の子たちと鬼ごっこをしたり、1人砂場で遊んだりしていた。
いつものように公園に来たものの、誰もいない。仕方なく私は砂場に行き、トンネルを作っていた。そうして夢中になってトンネルを作っていると人影が私を覆っている。顔を上げると、いつものおじさんがいた。
「やあ。守ちゃん。今日も1人かい?」
「うん」
「一緒に遊んでもいいかな」
「じゃあ、向こうから穴を掘ってよ」
「ああ。任せてくれていいぜ」
私は無心になってトンネルを掘る。既に大きな山は作れた。あとは開通するだけだ。いつも遊んでくれていたおじさんだから私も特に警戒はしていない。何せ近所でも有名なおじさんだったからだ。
「どうしたの? なんか元気ないね」
「おや、守ちゃんにバレちゃうなんて私も歳だな」
そう言うとどこか人懐っこい笑みを浮かべる。
「実はね。最近仲良くしていた女性がいたんだけど、別れる事になってしまってね」
「恋人?」
「もうそういうのわかるのか。でも違うよ。恋人になりたくて頑張っていたつもりなんだけど、結局最後の一歩が上手くいなかくてね」
喧嘩でもしたのかな。私がそう思っていると少し困った顔を下。
「そう、だね。喧嘩なのかな。その子にね、あんたは女心をもっと勉強しろって怒られてしまったんだ」
「ほんとに? いつも僕の考えてる事がよくわかるって言ってるじゃん」
さっきも当てられたし。
「ははは。守ちゃんは顔に出過ぎなんだよ。それって素直ってことなのだぜ」
「ふーん。でもそんな事お父さんにもお母さんにも言われた事ないよ?」
「あ……。うん、ごめんね。そうだね。ああそうだ。僕はもうすぐ魔法使いになりそうだからね。だからかもしれないね」
「魔法使い?」
「そう。実際に魔法なんて使えない、空しい称号だけどね。このままだと本当にそうなっちゃうよ。……もうなんだよ、女心って! そっちだって男心をわかってないじゃないか!」
突然立ち上がりおじさんは叫んだ。思わずびっくりしてしまう。
「ふぅ。ごめんね突然大声をだして。でも守ちゃんに会えて少しすっきりしたかな」
「ううん、大丈夫だよ」
すっきりしたというがそれでもつらそうな顔をしている。だから……子供ながらに励まそうと思ったんだ。
「もうすぐ魔法使いになるんでしょ? だったら……男の人も、女の人もお互いの事がわかるように魔法をかけたら?」
「ん?――魔法かい?」
「うん。そうすれば女心っていうのもきっとわかるよ」
「うーん。でもどうすればいいんだろうね」
少し笑いながら質問するおじさん。私は必死に考えた。だからそう答えだんだ。
「男の人と女の人が入れ替わればわかるようになるんじゃない? どう猫のおじさん」
「毎回言うけどお兄さんって言ってくれよ。一応まだ29歳だぜ。でも……それはいいね」
意識が覚醒した。傷は問題なく治っている。痛みもない。周囲を見渡そうと立ち上がった瞬間、後ろから声を掛けられた。
「もう起きたのかい?」
聞き覚えるのある若い女性の声に私は咄嗟に振り向き、回天を行う。
「絶猫!?」
「酷いな、メンマちゃん。私って一応命の恩人だぜ」
命の恩人? 何を言っている。いやそもそもなぜ私はここにいるんだ。確か、そうだ二石と戦い、腕を怪我して……気絶した? そういえばさっき懐かしい夢をみたような気がする。いやそれよりも今はなぜここに絶猫の事だ。
「二石ちゃんに殺されそうになってたから、私がここまで運んだんだよ。流石に熟練の魔法使い相手はまだ厳しかったみたいだね」
二石、そうだ。あの後どうなった!?
「二石ちゃんは逃げたよ。彼の魔法で植え付けられた人たちはもう保護されてるはずさ」
「なんで」
知っているんだ。そう言おうと思ったら、絶猫が何か持っている。アレは私のイヤホン? すぐに自分の顔を触る。マスクもつけていない。外されたのか?
「少し話したかったんだ。ちょっと預かってるよ」
そういうとイヤホンとマスクをプラプラと見せている。くそ、本当になんなんだ。
「話っていうのは?」
「簡単だ。メンマちゃんに二石ちゃんの事を話しておこうかなって思ってさ。彼って一応私の元同志だし」
「同志? DTのメンバーだったのか!」
そう叫び私は絶猫を睨みつける。
「元だよ、元。彼が抜けてからもう1年経ってるんだぜ。それにちょっと無意味に殺し過ぎだ。だから私的に粛清しようと思っていたくらいだ。そういう意味じゃメンマちゃん二石ちゃんが戦ってた時、普通に君の方を応援してたくらいだよ」
「だったらなんで!」
「見つからなかったんだよ。まったく隠れるの上手すぎるよね。でも随分焦ってるみたいだし、あの話も本当だったのかな」
あの話? 何をいってんだ。
「二石双護は末期癌に蝕まれているって話さ」
「……は?」
「ちょうどウチを抜ける直前頃にね、随分体調が悪そうでさ。しばらくして気づいたらあんな感じになってたんだ」
「待て、待ってくれ。末期癌? なら何でまだ生きてるんだ?」
末期癌で一年も生きられるものなのか?
「科学的な話だと大体5年以内らしいね。それに魔法使いだし進行が遅いのかもしれない。ただあの顔色を見る限り本当なんだろうね」
「確かに妙に顔色は悪いなと思ったけど……」
「だから生き残ろうとしてるんだよ。自分を複製して」
待て。何を言ってる? 複製だって?
「彼、二石双護の魔法だよ。自身の体液を他者へ植え付ける事で他者の身体を自分の身体として乗っ取る魔法。元々彼はワンマンな所あったし、学生の頃は自分がたくさんいればいいのにって思ってたらしいからね」
「ちょっと待ってくれ! 乗っ取る? そんなだから中高生を集めていたのか!?」
「うん。とはいえ私が知ってる頃の彼と随分違う。前は一時的に自分を増やして操るくらいだったんだよ。でも今の魔法は完全に他人の身体に自分を植え付けて増やそうとしてる」
意味がわからない。だったらなぜ自殺させる!? そもそも増やしてどうするんだ! 本体が死にかけているんだし意味がないだろう。
「ああ。違うんだよ。その辺かなり変わっててね。前に少し話したことがあるけど、自分と全く同じ姿、同じ記憶、同じ能力。それがあれば間違いなくそれは二石双護なんだってさ。だから彼的に言えば、
「だったら自殺は!? 意味ないじゃないか!」
「そこだよ」
先ほどとは違い真剣な顔でこちらを見る絶猫。それに気圧されてしまう。
「多分、実験してるんだ。どうやれば自分を完璧に複製できるのか。自殺させている子たちは失敗作なんだろうね。能力なのか、記憶なのか、何が足りないのか分からないけど」
「だからって死なせる意味はないだろ!」
「彼の魔法は同じ人間に2度は使えないんだ。彼の性格からして、同じ人間を捕まえない様にするための処置だろうね。ほらメンマちゃんも社会人だったんだし記憶にあるんだろ? 似たようなデータを間違えて使わないようにするために、別フォルダに纏める感じ。多分そんな感じだ。間違えて2度同じ人間を捕まえないようにするために自殺に見せて殺してるんだ」
ふざけんな。なんだよそれ!
「君の気持はわかるよ。そういう噂を聞いてから私も探していたからね。でも……二石ちゃんに関しては君に任せるよ」
「――なぜ?」
私が捕まえるのはいい。一度殺されかけたけど、あれを放置しちゃいけない。でも何で私に丸投げするんだ?
「簡単だよ。メンマちゃんに成長してほしいからだ。いいかいメンマちゃん。君が負けた理由は簡単だ。君はまだ若い魔法使いだ。熟練の魔法使いは魔力を自由に扱える。あの君の腕を吹き飛ばした攻撃みたいにね」
「……当たらなければいい」
「それだけじゃない。君はもっと自分の魔法の解釈を広げるべきだ」
魔法の解釈? どういう意味だ。
「自分の魔法の拡大解釈した方がいいって話だ。強い魔法使いの最低条件だよ。例えば私の魔法は”反転”だけど、君も体験した通り幅が広いだろ?」
「それは……」
確かにそうだ。位置の反転くらいはまだ理解できる。反転という単語で聞いて真っ先に思いつく魔法の使い方だ。でも性別の反転は飛躍し過ぎている。いくら何でも魔法でそんな――。
「出来るよ。だって私がそう願って発現した力なんだから。自分の力を自分で狭めるのは小さく纏まり過ぎると思わないかい」
自分で勝手に狭めていた? 他人の身体の時間を戻せない。戻せるわけがない。そう無意識に思っていたのか?
「ほら、例えば君の同僚のビルダーちゃんがいるだろ? 彼の魔法は倍化だけど、服まで大きくなっているんだぜ? 変だろ。普通身体だけだって思うはずさ。でも彼は無意識に自分という存在に服をまで含めて考えた。だから服も一緒に大きくなっている」
「なら……」
「おっと。授業はここまでだ。さて話したいことも話せたし、私は行くよ。頑張るんだね、多分近いうちにかなりの魔法犯罪が起きる。私は興味無いけどそのままだと負けちゃうぜ?」
「待て! どういう――」
そういうとイヤホンとマスクを置いて絶猫は消えた。
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