第32話 自己栽培8

「ごほっ、ごほぉ!」



 口から滝のような血が流れる。覚束ない目で二石は自身の腹に触れた。




(魔力を腹に集中させなきゃ今ので終わってやがった。どうなってやがる。異常過ぎるだろ、あの糞虫が! 俺の、俺の裁刃さいじんを喰らってなんで動ける!?)




 目の前にはあの黒いマスクを付けた国の魔法使い。あれだけの一撃を放って、あれだけの攻撃を受けて魔力が全く減っていない。二石にとってあまりに未知数であり、成りたてと油断していた自分を叱責する。



(あれは、絶猫と同類だ。そういう認識を持つべきだ。化け物め。だが所詮は人間のフリをしている化け物に過ぎない。その点で言えば絶猫より立ち入る隙がある。しかたねぇ)




「待て。俺が悪かった。ガキ共を解放しよう、……もう痛くて動けねぇんだ」




 二石がそう言うとメンマは動きを止めた。俯いていた二石は動きを止めた事を見て内心で笑い、大げさに口から血を吐く。手を床に叩き、胃に溜まった血をすべて吐き出した。




「そのまま動くな。今拘束を……」



 メンマがそういった瞬間、二石は顔を上げ、拳を放つ。左の拳がメンマの頬へ直撃し、メンマはコマのように回転しながら吹き飛んだ。だがすぐに態勢を整える。

 二石が欲しかったのはダメージを回復するだけの時間。膨大な魔力を纏って殴られた。確実にダメージは与えられている。それでも致命傷ではない。


 この一連のやり取りで二石はメンマの弱点を2つ見抜いた。




 1つはその甘さ。化け物じみた魔力量を持ち、恐らく回復のような根源魔法を持つ強力な魔法使い。二石からすれば甘い、甘すぎる。少し痛がる演技をしただけで攻撃の手を止めた詰めの甘さ。だからこそいくらでも対応が出来ると判断出来た。



 2つ目は攻撃力の低さ。膨大な魔力量を持っているが、その割に出力が弱すぎる。普通の魔法使いより確かにずば抜けたものを持っているが、その割に足りないのだ。相手があの絶猫なら今の一撃で内蔵諸共破壊されてた。そこからくる答え――この魔法使いはまだ若い。魔法技術が余りに拙すぎる。



「裁刃ッ!」



 ナイフに込められた魔力が刃となり、その距離を無視して放たれる。マンションの壁を扉を破壊しながら進む刃はメンマへ襲い掛かるが、それを態勢を低くして回避した。

 メンマにとってナイフ攻撃は脅威だ。打撃の攻撃はダメージを殆ど感じなかったが、あのナイフによる攻撃は魔力で強化したメンマの身体を容易に切り刻む。だが先ほどの一撃に加え、二石の不意を突いた立て続けの攻撃にメンマのボルテージは上がり、痛みという恐怖は消えている。




 最低限、首を守ればいい。数秒でも生きていれば問題はないのだと。




 さらに膨れ上がるメンマの魔力。それを切り裂くため、二石の魔力もさらに膨れ上がる。ナイフを織り交ぜた幾重もの攻撃により、マンションの壁は、床は、天井は破壊され、メンマの血が飛び散っていく。

 メンマは攻撃を躱し、致命傷を避け、攻撃を放ちながら、マンションの時間を逆行させる。想像以上に激しい戦闘となり、このまま放置すれば他の住民に被害が出ると考えたからだ。



 だがこの行為が二石の隙となった。



 破壊されたマンションが直っていくという異常事態。砕かれ切り裂かれた壁が修復されていく。その事実に思わず意識を奪われる。その一瞬の隙、メンマの蹴りが二石の脇腹へ食い込む。そのままセーターを掴み、引き寄せ、顎、胸、腹へと拳をめり込ませる。膝から崩れ二石はまた血を流す。


 

「二度目はないよ」


 

 メンマはそう言うとさらに近づき、崩れた二石の顔を蹴り飛ばそうとして――。



 

 目の前が赤くなる。突然襲ってきた激痛。


 


「ッ!? なにが……」






 後ろを振り向く。そこには――。






 二石双護がいた。










「どういう……」




 後ろを見る。そこにいる二石の手にナイフが握られており、私の背中をナイフで抉っている。なんなんだ、今は回天をしている、つまり魔力を使っているという事に他ならない。なのに、刺された。ただ顔が変えられただけじゃない。何かある!


 私は身体を回転させ、後ろにいる二石の身体に蹴り飛ばす。傷は既に再生せいし痛みはない。だがこれはなんだ。どういう魔法だ? 分身!? そういう根源魔法か?



「いてぇじゃねぇか!」

「死ねぇやおら!」

 


 蹴り飛ばした二石と最初に対峙していた二石。2人がナイフを持ってこちらへ迫ってくる。冷静になれ、魔力を感じろ。恐らく魔力が大きい方が本物のはず! 

 足に力を入れ駆ける。狙いは最初の二石。目の前に迫るナイフを寸で躱す。鼻先を掠めるナイフが頬を切り裂かれる。その伸びた腕を掴み、壁へ叩きつける。壁にひびが入り、二石から苦悶の声が出る。そのまま拳を握り追撃を入れようとして腰に衝撃は走った。





「邪魔を!」



 もう一人の二石が腰にしがみつきタックルをしてきた。マウントを取らせそうになる所を踏ん張り耐える。そのまま二石の髪を掴み、顔を持ち上げ、その顔面めがけ――。






「やめて、たすけてくれぇ!」




 そこには茶髪の男の顔があった。血だらけで紫色に腫らした若い男性の顔。力も弱い、先ほどと比べ物にならないほどに。



「ひでぇやつだな。そんなにボコボコにしやがってよぉ」

「お前、これは何の……」




 見上げるとそこに二石が3人いる。いやマンションの部屋からさらに出てきた。




「とりあえず死ね」

「邪魔ばっかりしやがってよぉ」

「ばらしてやるよ」




 全部で6人。5人は偽物。だが全員魔力がある。大きさはバラバラだが間違いなく魔力持ち。恐らく本物は一番魔力量の高い一番奥の奴。人質のつもりか? 隠れやがって。




 通路は狭い。前にいる連中を薙ぎ払わないと二石の方まで辿り着けない。どうすればいい、どうすれば被害を出さずに済む?




「そろそろ終わりしようぜ。なぁ!」



 2人の二石が迫る。下手に攻撃はできない。なら……!




「はあああああ!!!!」




 イメージしろ! さらに魔力をあげろ。普通の常識を捨てるんだ。




 私はマンションの手すりから飛び出す。足に力を入れ、全力で飛んだ。向かう場所は数m先にあるB棟の壁。そこまで一気に跳躍した。そして壁を破壊しながらそこへ着地。また足に力を入れ、壁を修復しながら飛ぶ。そのまま先ほどの場所へ戻る。驚きのためか茫然とした様子で私を見る二石を睨みつけ、そのまま顔面に拳を叩きつける。



「ぐぁあっ!」


 他の二石がこちらへ迫ってくるが私は先ほど殴った二石の服を掴み、そのままマンションから飛び降りた。



「おい、離せ! 死ぬ気か!?」

「死ぬわけないだろ」


 そう叫ぶ二石はさらに魔力が上がっていく。この直前で魔力が上がるのであれば本物だ。偽物ならこの時点で正体を現して私の動揺を誘うはず。そうならないという事は間違いない。私は二石の身体を掴み、受け身をさせない様に固定する。



「くそ、離せ! 頭から落ちる気か!? お前だってただじゃ済まないぞ!」

「魔力を維持しろ。そうすれば死なないさ」

「ふざけ――」




 アスファルトへ落ち、轟音と共に煙が上がる。私は視界が明滅する頭を抑えながらゆっくり立ち上がる。周囲を見ると二石が倒れている。血は流れていない、流石にこの程度の衝撃じゃダメージは与えられないか。だが頭を強打したはずだ、気絶くらいしているはずだと思うが……。




「さっさと確保して……」



 そう零した瞬間、何かが降って来た。



「おい、まさか」




 二石が飛び降りてくる。そしてそのまま私の方へ向かってきた。攻撃を躱し、防御する。ナイフが鈍く光るたびに私の腕が切られ血が舞っていく。

 甘かった。本体が気絶してもこっちは活動できるのか! 拳を強く握るが、攻撃は出来ない。彼らは被害者だ。焦燥に駆られながら攻撃を躱していくと、さらに二石が増えていく。既に10人以上の二石が私へ攻撃を繰り返している。もう何がなんだかわからない。私は一度強く足元を蹴り、跳躍して距離を取る。すると二石たちは何故か二手に分かれた。そしてその意味をすぐに理解する。




「いい加減死ね」




 倒れていた本物の二石。それがナイフを握り振りかぶっている。ただそれだけじゃない。まるで炎のように燃えがる魔力。それが揺らめき、波のように揺れ、輝いていく。あの魔力の動きは一度見たことがある。そうだ。あれは――。





相克そうこく裁刃さいじん



 

 振り下ろされた光の刃が私の右腕を吹き飛ばした。

 

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