第31話 自己栽培7
『これまで起きた自殺現場の近くの監視カメラをすべて洗った。不鮮明な映像も解析しそこで判明した内容を報告する。やはり、自殺前はすべて同一の顔を持った男がカメラに映っており、そして自殺を重ねている。そして1か所。偶然カメラで撮影出来た映像に発光現象が確認できた。それは――被害者が死んだ直後だ』
イヤホンから聞こえる郷田さんの声に私は自然と足が速くなる。
『坂口さんの話にあった赤い薬というものがキーになるだろう。それを投与する事で犯人は被害者の顔を変えている。だが何故自殺させているのかは不明だ。それ自体が目的なのか、それても何か別の要因があるのかは不明』
「とりあえず捕まえればいい。そういう事ですね」
『そうだ。現状単独犯の可能性が高くなったが、まだ何人奴の手元で捕まっているのかわからない。慎重に行動しろ。博士は既に現場にいて監視をしている。合流次第、突撃しろ。周囲は既に警察によって包囲されている。多少手荒でも構わん、確保しろ』
「了解」
地下からエレベーターに乗り、地上へ上がる。すると既にパトカーが止まっており、私はそれに同乗した。
「メンマさん。これから急ぎ現場へ向かいます」
「はい、お願いします」
魔法を使って移動しても良かったんだが、魔法による忘却にはタイムラグがある。魔法を見ても忘れるまでに数秒かかるのだ。そのため、人通りの少ない場所へ移動する程度ならともかく、人通りの多い場所に魔法を使って派手に動いてしまうと忘れるまでのほんの数秒までの間にパニックが起きる。以前のレストラン程度ならともかく、今回は人が多すぎる。
それを避けるためにも今回は郷田さんがパトカーを用意してくれた。車内でマスクを装着し、送られてきた資料に目を通す。
犯人の名前は二石双護。年齢は36歳。現在無職。顔と警察の方でリスト化されていた30歳検診を受けなかった人物の中で合致した人物だ。どんな魔法を持っているかは不明。フリージアの方でまとめている組織リストの中にも名前はないようだ。
『いいか、メンマ。お前が到着次第、状況を開始する。資料は読んだか』
「はい。二石はどこかの組織に所属していたんでしょうか」
『その可能性がある。シロマが数年も潜伏出来るとは思えんからな。だが今回の犯行ははっきり言って荒い。組織犯特有の匂いがしない』
確かに。事実こうやって証拠を大量に残している。仮に坂口さんがいなかったとしてもここまで情報が絞れるのは時間の問題だったような気がする。
『俺の予想だが、どこかの組織に所属していたが、途中で抜けたんじゃないか。奴の今行っているこの事件を考えるとあまりに場当たり的だ。未成年たちを集め、薬を飲ませ自殺させる。意味がわからん。組織的な利益があるとは到底思えない。つまり――』
「二石自身の何か目的があると?」
『ああ。あまりに稚拙だ。まるで何か焦っているかのように』
焦っている、か。車の窓から流れる景色を見る。人が多く、交通量が増えてきた。そろそろか。
「もう到着します」
『了解した。気を付けろ。6年も魔法という力を維持している。魔力量も恐らく相当多いはずだ』
「はい」
パトカーが停車し、私は車から降りる。既に周囲は封鎖されており、人は少ない。遠目に人混みが見えるがあの距離ならスマホとかで撮影されても大丈夫だろう。全身を魔力で満たし、目的のマンションを見上げる。
桜ケ丘マンション。A棟、B棟と2つに分かれている中規模マンションだ。
『メンマ殿。ターゲットである二石と思われる男ですが、A棟5Fの504号におります。気を付けて頂きたいのは一般人の方々がまだマンションにいるという事です。ご注意を!』
「博士。連れ込まれた中高生は?」
『おります。同じ504号に4名いるようです。寝ているのか動いておりません』
そうか、なら急ごう。マンションの入り口まで行くとスキンヘッドの人たちがいる事に気づいた。あれはまさか!
「メンマさん。今回は我らも同行します」
「浅霧さん! 心強いです」
一足先に退院していた浅霧さんが同じく黒いスーツに身を包み待機していた。
「ただ我らは二石との戦闘の役に立てません。そのため周囲の封鎖と住民の安全確保のために動きます」
「それでも助かります」
「オートロックの玄関は既に開けてあります。我らは二手に分かれます。第1班は階段から上がり、各フロアの安全確保を。第2班は逃走経路を塞ぎます」
「わかりました」
もう一度マンションを見上げ、私は大きく息を吸って気合を入れる。
「突入します」
マンションの中に入る。エレベーターは既に1Fについており、ドアは開いている。私はそのエレベーターに乗り5階のボタンを押した。
『メンマ殿。申し訳ない、気になる事があり――ガガ……1つ。他の……――――――』
「ん、博士? どうしました?」
通信が途絶えた。ノイズが走って途絶えた所から考えるに何かされた? スマホを見るがこちらも電波が切れている。やはり根城というだけだってそう上手くはいかないか。となると気づかれていると考えた方がいい。
チンという音がなり、エレベーターが開く。右側に各部屋の扉が並んでおり、左側には壁はなく、吹き抜けのようになっている。ここからでもとなりのB棟は見えるようだ。
一歩足を踏み入れる。身体中の力が膨張していき、魔力が漲っていく。そうして歩いていくと、1つ扉が開いた。
開いた扉には504と刻まれている。
「まったく、人の庭に群がる虫共め」
大き目のセーターを着た1人の男が出てくる。短い髪、窪んだ細い目に深い隈。こけた頬に無精ひげが生えている。見たことがある顔。ポケットに両手を入れこちらを睨んでいる。
「二石双護。未成年誘拐、拉致監禁の容疑が出ている。両手を上げ、投降しろ」
「くくく。そんな茶番に意味あんのか?」
「もう一度言う。投降しろ。さもなくば」
「実力行使って奴だろ! なぁフリージアぁ!」
そう叫び二石はポケットから何かを取り出し投擲してきた。キラリと光る何か。強化された視力ではっきり見えた。ボールペンだ。しかも魔力で強化されている。当たった所で問題ないだろうが奴の根源魔法はまだ確定していない。躱せ!
首を捻り、飛来するボールペンを避け、私は走った。それと同時に二石も走ってこちらへ迫ってくる。
「遊んでやるよ、若造が!」
鞭のように拳を放ってくる。速い。流石に熟練だ、だが躱せる。左腕をはせみ拳を弾く。右手で拳を握り、腰を入れ奴の喉めがけて打つ。
「おっとぉ」
身体を回転させ、左の裏拳が顔に迫る。それを上体を逸らして躱し、拳が通り過ぎたタイミングで上体を起こしもう一度攻撃を加えようとして、私の顔面に拳がめり込む。そのまま身体を吹き飛ばされた。
「くッ!」
「動きが雑だな。そんだけ魔力量はあっても身体が付いてこれねぇじゃねぇかよ」
今の一連の動作でわかった。こいつ、格闘技経験者だ。郷田さんと同じ雰囲気を感じる。
「俺はよお。忙しいだ。もう少し、もう少しなんだ」
なんだ。さっきまでと何か様子が変わった。焦燥感を感じる。何かあるのか? くそ覚悟を決めろ。加減はやめろ。もう一度、普通の人間をやめるんだ!
さらに魔力が膨れ上がり、私は加速した。
「ちッ! なんだよその馬鹿みたいな魔力は!」
カウンターを覚悟し、一撃当てる。魔力量を気にする必要がない私は常に全力が出せる。そのアドバンテージを生かせ!
中段突きを放つが、二石は後ろへ跳躍する。それを追う様にさらに一歩強く足を踏み込み、着地の瞬間を狙う。さらに加速した私はそのままもう一度拳を握り奴へ攻撃しようとして、凄まじい魔力を感じた。
二石の手にはナイフが握られている。どこに隠していた? いや恐らくベルトを利用し背中に隠していたのか。魔力がナイフに集まっていくのを感じる。そうだ、一度見た。
魔法使いとの戦いでナイフなどの凶器は銃よりも怖い。
浅霧さんはそう言っていた。こけた奴の顔に笑みが張り付く。その時点で私は誘われたのだと気づいた。だが止まれない。放たれた斬撃は距離を無視し、魔力が刃となって私の身体を切断する。
痛い! 激痛が走る! 涙が出そうだ。
「でもッ!!」
私は止まらない。前へ、さらに踏み出す。
飛び散った血は巻き戻るように私の身体へ集まっていく。切り裂かれた内臓が修復され、骨が、肉が、皮膚が、服がすべて何もなかったかのように戻った。
「あの子たちの方がもっと! 痛いはずだッ!!」
私の拳は奴の胴体へ直撃しそのまま壁へ激突した。
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