第30話 自己栽培6

 あれから少し落ち着いたようだ。まだ目は赤く呼吸も荒い。とはいえ不気味なほどに動かない左側の顔は今も沈黙を保っている。



「さて。まず名前を教えてくれないか」

「……ぐずっあ、あたしは坂口……麻耶です」

「ありがとう。年齢はいくつだい? 見た所17という所かな」

「ん、16」



 ……16歳。高校1年生くらいか。いや待て。坂口麻耶? どこかでその名前――そうだ! テレビに乗ってた行方不明者の中にいた子か!


 「ありがとう麻耶さん。まず色々説明しなければならないのだけど、最初に聞かせてほしい。どこまで覚えている?」



 そうだ、そこが肝心だ。彼女の証言から色々と状況が分かるようになるかもしれない。私は出来るだけ距離を取る。先ほどの一件もあるしあまり近寄らない方がいいだろう。



「あの、ここ……どこ?」

「警察関係の建物内部だ。もう一度いう君は安全だ。そして……そうだな。君は何か事件に巻き込まれた。そうだね?」



 郷田さんがそういうと坂口さんは唇を強く噛み、手を強く握った。




「あ、あたし……その――な、何も」

「そうだな。警察と聞いて委縮してしまうだろう。約束する。ここで聞いたことは誰にも話さない。我々は普通の警察とは少々管轄が違うんだ。だからそうだね。仮に君が何かの犯罪に手を貸していたとしても、私は咎めないし、両親にも学校にも話さないと誓おう。我々は君に何かしらひどい事をした犯人について少しでも情報がほしいだけなんだ」



 そう優しい口調で説得を続けている。しかし、この様子から考えてもしかしてこの子は自分の顔がどうなっているか知らないんじゃないのか。



「……頼む。協力してくれ」

「――――あたし。家出したの」




 やっぱりか。となると行方不明の子たちは皆同じ境遇の可能性が高くなった。



「あたしの家、厳しくて。学期末のテストの結果で……すごい喧嘩しちゃって。それで家を飛び出したの。そのままどうすればいいか分からなくて、家に帰ってもまた勉強勉強って言われるのがしんどくて。もういっそ……死んでもいいのかなって思っちゃって」




 そんなことで? 思わず口から出そうになる。恐らく郷田さんも同じ気持ちだったのだろう。何か言おうとして口を開き、また閉じている。




「ネットで一緒に自殺する人募集っていうのがあるのは知ってたし、苦しくなく楽に死ねるっていう話だったから、つい連絡しちゃった。しばらくしてサラリーマンみたいな男の人が来たの。名前は確か二石さん。ファミレスでご飯奢ってくれて、色々愚痴をいったわ。親の事、学校の事、友達の事、本当に色々。そうやって話すとちょっとは気分が楽になって来た。そうしたらその……二石さんが私みたいな仲間がいっぱいいるって言ってて、一緒に楽になろうって言ってた。車に乗ってどこかのマンションに着いた」

「そのマンションってどこ辺りかな?」

「確か……渋田駅から車に乗って15分くらいの場所だったと思う」

「そうか。ありがとう」



 そういうと郷田さんはスマホを取り出し画面を操作している。恐らく今の情報を流すつもりなんだろう。



「マンションの5階に行って、入るとあたしと同じくらいの子が結構いて、ちょっと安心した。部屋は暖かいし、飲み物もあった。テレビにバラエティが流れてて、うん。何かお香みたいな匂いがしてたと思う」



 聞く限りどう考えても怪しすぎる。今はこんな簡単に騙されてしまうものなんだろうか。それともそれくらいその子たちは心が弱っていたのかもしれない。



「しばらくして赤い薬を配り始めたわ。それを3つ飲めば、楽になるって。眠るみたいに終わるからって」



 そういうと坂口さんの声が震え始めた。




「あたし、急に怖くなったの。まだ死にたくないって。でも皆あの薬を飲んで、眠り始めた。そうしたら二石さんは、あたしに……なんで飲まないんだって。お前は、命を捨てに来たんだろうって。僕が、それを拾ったんだろうって言った……」



 身体が震え、両手で自分を抱きしめている。




「二石さんは、そういってあたしの口に無理やり薬を入れた。身体が上手く動かなくて、何とか抵抗したけど1つ飲んじゃった。あたし頑張って力を振り絞って二石さんの指を噛んで逃げた。頭がぼうっとして、段々左目が見えなくなって、後ろを振り向いたら――二石さんがいっぱいいた」




 確定だ。恐らくその赤い薬は何かの魔法で作ったもの。だがどういう能力だ。自分を複製する魔法? いやなら何で自殺させてるんだ?



「あたし、あたし! 顔、そう、あたしの顔が、二石さんと同じ、顔にぃ!!!」



 そう叫んだ瞬間、郷田さんが動き、何かを彼女の腕に打ち込んだ。すると涙を流していた坂口さんはゆっくり瞼を閉じ、意識を手放した。




「鎮静剤だ。聞いたな守。今の情報で大分絞れた。それに裏も取れたしな」



 そういってスマホをこちらに見せてくる。そこには、自殺前に目撃された謎の男はすべて同一の顔であり、また坂口さんの左側の顔と一致するとの事。



「俺は現場の指揮に戻る。剣崎を使えば場所を洗い出せるはずだ。守は彼女が寝ている間に、治療を試みろ。どういう魔法かまだ見えないが、自然に治るとは思えん。頼んだぞ」



 そういうと郷田さんはその場を後にした。




 私は寝ている坂口さんの横に座る。目元が赤く、まだ泣いた跡が残っている。私はゆっくり左側の顔に触れ、魔力を流した。時間を戻すように祈りながら。





 何時間経過しただろう。私は魔力が少なくなった時点で自分の魔力を回復させ、また繰り返した。どうしてもうまくいかない。やはり自分の身体と他人の身体じゃ違うのかもしれない。でも物は戻せた。なら人だって行けるはずだ。はずなんだ。




「ねぇ。なんでずっと顔に触ってるの」

「え、起きてたの」



 触れていた手を離す。



「うん。何か暖かいなって思って、目が覚めた」

「そう」

「――ねぇ。夢じゃないのよね」



 顔の事を言っているんだろう。なんて言えばいいのか悩む。でも下手に隠しでも意味がない。




「そう、だね。でも頑張って治すよ」

「……治るの?」

「ああ。きっと治す。だからもう少し我慢してほしい」



 私は坂口さんの目を見てそういった。すると右側の顔に本当に僅かだが笑みが浮かんだ。

 


「お医者さんなの?」

「いや違うよ。ただの……ラーメン好きのおっさんだ」

「罰なのかな。……親の期待を裏切った」

「そんな事はない! 子供にそんな責務なんてないよ」



 そういうと黙ってしまった。下手な事はいえない、だってこの子は本気で悩んで、死ぬ事だって考えたくらいなんだ。




「坂口さん。きっと君のご両親は君を愛しているんだと思う。期待していたのは、きっとご両親なりの愛情だよ。まあその愛情が上手く伝わるかはわからないけどさ」

「でもあたし馬鹿だから、何度も怒られるし、全然勉強なんて」

「それでもきっとご両親は君を愛しているよ。知ってる? 君のご両親はテレビまで使って君を探していたんだよ。嫌いならそんな事出来ないさ。それに――私からすると羨ましいかな」




 そういうと坂口さんから目線を外し、自分の手元を見た。




「私の両親はね、父親の風俗通いが原因で離婚する事になったんだ。どうやら結婚前に二度と行かないって約束をしていたらしいんだ。母親は本当に父の事が好きだったみたいで、どうしてもそういうお店に行くのが許せないって言ってた。でも私が中学生の時だ。学校をサボって遊んでいたら、父がホテルから女性と出てくるのを見てしまった」




 あの頃、私は色々と荒れていた。いわゆる不良みたいな事をしていた。今考えると本当に馬鹿みたいに。




「そして父と喧嘩になった時、思わず言ってしまったんだ。ホテルから女と出た所を見たぞってね」

「……どうなったの」

「大喧嘩だ。母は包丁を取り出して父を刺した。父は必死に逃げ、母はそれを追っていった。そして警察に捕まり、離婚する事になった。その後――母は父を殺して自殺した。心中ってやつだね。私の母親はね。本当に父が好きだったんだ。いつも父を見ていた。でも私は一度もみて貰えなかった。テストでいい点を取っても、学校をサボって補導されても何も言われた事がない。母が父と心中したと聞いた時私は思ったよ」




「ああ。また2人なんだって」





 今でも後悔している。あの日、私が馬鹿な事を言わなければ、あの日、学校なんてサボらず、あの現場を見なければ、あの日、一緒に死ぬ事も出来たんじゃないか。結局全部後の祭りだ。何も出来ない、過去は取り戻せない。




 気づいたら私の手に坂口さんの手が乗せられていた。



「ごめんなさい」

「いや、こちらこそごめんね、変な話をして。でもこれだけは言わせて、君のご両親は間違いなく君を愛しているよ。今もね」




 そうだ、この子をご両親の元へ帰らせなければならない。そのためにも何とかこの顔を治療しないと。




 そう考えまた治療を再開しようとした時、スマホが震えた。






『容疑者を発見。渋田区仁宮前にある桜ケ丘マンションへ至急向かえ』




 



 

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