第29話 自己栽培5

 ベッドの上で寝ている顔が2つある女性。



「なんなんですか……これは」

「静かにしろ。今は寝ているがいつ起きるかわからん。それに本人がこの状態を認識しているかも怪しいんだ。出来るだけ寝かせてやれ」



 よく見ればお腹周りがベルトでベッドに固定されている。逃がさないようにするための処置なのかもしれない。それよりもこの顔。普通の黒髪の女子高生だ。だが異様なのは左半分の顔だ。どうみても別人の顔になっている。

 たまにネットで見る顔半分だけメイクするという動画の雰囲気にも似ている気がする。だがこれは違うのだ。まず右側。こちらは恐らく元の顔だろう。若く、皺ひとつない、どこか幼さがまだ残る子供の顔だ。対して左側。目元やほうれい線に皺があり、眉毛の生え方から顔のシミ、肌の色すべてが違う。何より――左側の顔には薄くだが髭が生えている。

 


「……男の顔、ですか」

「多分な。恐らくあの映像に映っていた男と同じ顔の可能性が高い」

「――もしかして、今まで自殺した子って全員この男の姿で死んでいったという事ですか?」



 直感でそう感じた。この一件はどう考えても魔法使いの仕業だ。ならこの顔がたまたまできたものだとは思えない。いや、これと似た事象は見覚えがある。



「まさか絶猫の仕業?」

「いやその可能性は低いな。非常に似ているが、まだ性別自体が変わったとは断定できない。それにまだ検証中だが仮に他の監視カメラの映像にもこれと近い顔が映っているようであれば確定だ。あいつの能力で同じ顔を複製することはできない」

 


 確かに、顔だけ替えられた可能性があるのか。だがそうなってくると違う疑問が出てくる。



「……治るんですか?」

 


 私がそういうと郷田さんが渋い顔をした。



「わからん。既に浅霧にも見て貰ったがほとんど魔力を感じないらしい。つまり魔法でこうなったというより、何らかの魔法の結果、こうなったという事だ」


 つまり魔法で火を出すのと、魔法を使って結果的に火が出来たという感じの違いか。前者なら魔法を使っているから魔力が出るが、後者の場合、魔法を使って生じた結果だから魔力がほとんど残っていない。


「でも、そうなると……」

「ああ。これをかけた本人ですら戻せない可能性がある」

「そんな……」



 どういう魔法なのか分らない。病院で治すというのも現実的なんだろうか。いやもっと他にある。そうだ。私が……。



「気づいたな。ここから先がお前の任務だ」



 そういうと郷田さんは指を2つ立てた。



「まず1つ。彼女が起きたら何が起きたのか事情を聴く事。これに関しては俺が立ち会うからお前は傍で聞いていろ」



 確かにそれは重要だ。覚えているか分からないが、重要な手がかりであることに違いはない。



「2つめ。もうお前も気づいているだろうが、この子の治療だ。守、お前の魔法で治すんだ」



 心臓が強く鼓動する。今まで何度も訓練で試した。でも他人の時間を戻せたことはない。本当にできるのか、疑問しかわかない。でも、もしそれが出来るなら間違いなくこの子を治せるのは私だけだろう。

 目を閉じ、ゆっくり深呼吸をする。数度繰り返し、緊張が解けていくのを感じる。



「はい。わかりました」




 私の顔を見て郷田さんはうなずいた。



「よし、任せるぞ。剣崎は情報が整理できた後に犯人を捜索するために動いてもらう。お前の能力なら場所さえ特定できればいいからな」

「承知しました。それまでは他の方の手伝いでもしていましょう」



 方針は決まった。何としてもこの子を、いや他に行方不明になった子たちを助けよう。



「2人は着替えて動け。守はここへ戻ってこいよ」

「はい」


 

 小走りで移動しながら移動していると剣崎さんが話しかけてきた。



「桜桃殿。恐らく今回の任務では実行部隊に桜桃殿が選ばれると思います」

「……そう、でしょうね。でもあの最初の任務から何度か1人で動いてますし任せて下さい」



 強がりだ。先日の事件もそうだが、私が1人で動いていた任務は全部相手はシロマだった。つまり魔法を覚えただけの一般人。でも今回は違う。ここまで派手に動いているんだ。確実にクロマのはず。それに相手が1人かどうかだってわからない。



「すみません。拙者は……昔からそうなのです。学生の頃、いじめられておりましてな。どうしても殴られそうになると身体が委縮してしまうのです」

「そうだったんですか……」

「はい。拙者の初めの任務。相手はシロマでしたが、碌に動けず、結局桑原殿と浅霧殿のお陰で何とかなったという体たらくです。だから戦える桜桃殿が羨ましいと思う自分もいれば、桜桃殿のお陰で拙者は戦わなくても済むかもしれないと、そんな卑怯な事を考えている自分がおります」



 トラウマみたいなものだろうか。というかこんな簡単に順応している自分がおかしいのかもしれない。もしかして剣崎さんが家で料理なんかの家事を積極的にやっているのは戦えない分、何かやろうとした結果だったりするのかもしれない。



 更衣室でスーツに着替える。仕事着とは不思議なもので着ると仕事モードに切り替わる。郷田さんが言うにはあの子の左半分顔をスキャンし、そこから顔を特定する予定との事だ。不鮮明な監視カメラの映像に映る自殺前の男とあの子の左側の顔。これが一致すれば色々と問題点は見えてくる。つまり……あの顔の持ち主こそが今回の主犯だと。

 

 剣崎さんと別れ、私は来た道を走って戻る。被害者の顔、複数の中高生の自殺。何かしなければという焦燥感に襲われる。自分にこんな正義感があったのは驚きだ。




 先ほどの部屋に戻ると途中から何か聞こえる。甲高い叫び声。まるで悪夢に襲われる絶叫のように。自然と足が速くなる。




 多分起きたんだ。




 仕事用のマスクをつけるべきか悩んだがやめた。どう考えても不審者だ。敵対する相手ならともかく保護すべき人に不審に思われるのは適わない。



「いやぁぁあああ! た、たすけてぇぇえ!!!」

「落ち着け! もうここは安全だ!」



 郷田さんの声も聞こえる。私はノックもせずドアを開け中へ入った。そこにはベッドで暴れる女性とそれを諫め抑える郷田さんの姿があった。女性は頭を抱え、涙を流し叫んでいる。だが右側だけだ。左側の顔は一切表情が変わらず、ただ瞬きだけしている。



 まるで別人の顔のように。



「どうしました!?」

「目が覚めたらこれだ! よほど怖い目にあったんだろう。かなり錯乱している! 出来れば薬で眠らせたくない。事情を聴かねばらんのだ」


 


 この子は混乱している。どんな恐怖を味わったのかわからない。どうすればいい、どうすればこの子は安心する? この子は普通ではありえない恐怖を味わったはずだ。魔法に関わる事なら記憶にないはず。だがそれでもここまで取り残すほどの混乱。余程の事があったはずだ。




 いや、そうか。魔法か。





 私は回天で魔力を纏い、彼女に近づく。頭を抱え、目を瞑り叫んでいる彼女の手を掴み、強引に顔を上げさせた。


「いやぁあ!?」

「おい、ま――いやメンマ! 何を!」




 私は彼女と目があった瞬間に右手に持っていたボールペンをへし折った。そして魔法で逆行させる。それを見たのを確認し私はすぐに手を離した。


「ごめんね。知り合いに顔が似てて」

「え、な、なに……今の――あれ、あたしなんで」

「この感じ……そうか。使ったのか? いや今はいいよくやった」



 

 そう、魔法だ。魔力の耐性がない人は魔法という現象を目撃するとその事を忘れてしまう。だから強引に魔法を見せ記憶の空白を強引に作った。その結果、彼女は一瞬放心し、錯乱状態から回復した。恐らく彼女の記憶はいきなり何故か私に腕を掴まれたという事しか覚えていないはず。自供を把握した郷田さんはもう一度彼女の方へ振り返り優しく両手に触れる。



「落ち着いて。おれ、いや我々は警察だ。君を保護したんだ」

「け、警察?」

「ああ。そうだ。ほら手帳だ。顔写真もあるだろ」



 そういうと郷田さんは自分の警察手帳を見せる。顔写真は今の郷田さんのもののようだ。免許証とは違いそちらは変えているのか。



「ゆっくり深呼吸しよう。大丈夫、もう君は安全だ。本来はすぐ病院へ連れていき、ご両親を呼びたいのだが、今は我慢してくれ。とりあえず名前を教えてもらえないかな。すぐご両親を呼ぼう」


 郷田さんがそう優しく語り掛けると今度は静かに泣き始めた。

 

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