第26話 自己栽培2

 私は息をのみ、目の前の光景をただ見守る。垂れる汗、震える手、異臭が周囲を漂い、私は声を出そうとして飲み込んだ。何度喉から声を振り絞ろうとしただろう。でもだめなんだ。これは私の戦いではない。私が手を出してはいけない領域がある。

 これはある意味で私の得意分野であり、ある意味で私が手を出せない分野でもある。ただそれでも、目の前の友人が戦う様を見守るだけなんて出来ない。


 例え畑違いであろうとも、それでも何か助言は言えるはずなのだ。




「剣崎さん」

「黙ってて下され!!!」

「で、でも」

「それでもです!」



 そうだ。これは剣崎さんの戦いだ。だがそれでも――。




「剣崎さん、……湯切りが甘いですぅぅ」

「うるせぇぇぇえ!!!!」



 剣崎さんは叫びながら湯切りザルを激しく振った。これは天空おとしか!?




「でも天空落としなら顔をもっと下に向け、肩をもっと上げてですね」

「もおぉお!! 黙ってっていってるでしょぉお!」

「でもせっかくラーメンを作るならやっぱり美味しい方がいいじゃないですか」

「だからってこれもう12回目ですぞぉ!! 何度同じ麺の湯斬りをすればいいのですかぁ!」



 確かにそれなりにリテイクを重ねている。でも今の湯斬りは甘いのだ。もっと手首を利かせ、麺の声を聴く必要がある。あれでは麺が泣いている。いやもう必要以上に湯斬りしてるから号泣しているかもだけど。



「拙者が泣きたいですがぁ!? そもそもスープ作りから始める必要ありましたか!? ここまで本格的に作るなんて聞いてませんぞ!?」

「でもせっかくなら惜しいもの作りたいじゃないですか。とりあえずもう少し頑張りましょう」

「いやです! もう嫌なのです! これでラーメン食べてこの戦いを終わりにするのです!」

「いやいや。ここで諦めたら試合終了ですよ?」

「こんな争いやめましょうよぉ! 麺が勿体ない!!」



 確かに流石にこれ以上は無理か。これ以上は麺が痛んでしまう。



「仕方ありません。続きは次の休みにしましょうか」

「二度と、二度とやりません!!!」



 


 ことの始まりは、なんてことはない。非番の休みの日、偶々家でのんびりしていたら剣崎さんがぽろって言ったのだ。



「桜桃殿が好きならラーメンでも作ってみますか」

「おや、それは素晴らしいですね!」




 このやり取りが初めだった。そしてのちに剣崎煉は語る。





 


 カップ麺であろうと、二度と桜桃殿と一緒にラーメンは作らないと。








 74点くらいのラーメンを食べながらテレビを見ている。ずずずと啜り、スープを飲む。初めて作ってこのレベルとは恐れ入った。剣崎さんなら数年修行すればラーメン王になれるだろう間違いない。この才能をここで眠らせていいのだろうか。いや、否、否である。




「否じゃないですぞ。十分美味しいでしょう」

「もちろんです。家庭で作るラーメンでこのレベルなら十分ですよ。ただ――」

「あーあーー! 聞こえない、聞こえませんぞぉ」



 くそ、この逸材をラーメン道へ落とさなくてはならない。どうすればいいだろうか。そう思案していると、テレビではバラエティ番組が終わりニュース番組が始まった。




『次のニュースです。大谷津駅にて集団飛込自殺が発生しました。皆以前から行方不明となっていた高校生であり、警察の方でも事件の可能性を調べております』



 自殺か。なんていうか居た堪れない話だな。高校生といえば青春まっさかりだろうに。私の場合、何故か男友達ばかりと遊んでしまい、青春らしい青春はなかった。あそこから何か間違えていたのかもしれない。もっとクラスの女の子に話しかけるべきだった。



「多いですな。最近この事件」



 ぼそっと剣崎さんが呟くように言った。



「え、そうなんですか」

「おや、あまりニュースはご覧になりませんか。少し前から若者の失踪事件が多発しているのです。一応家出扱いになっているそうですが、とにかく数が多いという事です。そして……」

「自殺、ですか」



 どういう事だ。家出して自殺? いや集団って事はやっぱり何か事件絡みって事だよな。



「もしかして……」

「はい。家出、そして自殺、そういう流れで見つかる事が多いという事です。そのため自殺サークル絡みではないかと噂されておりますぞ」



 自殺サークル。たまに話には聞くけど、本当にそんなものあるのか。



「結構あるみたいですな。知ってますか? 自殺者の年齢では若者が意外と多いのです。それも自殺の理由が簡単すぎるのです」

「どういう意味です?」

「受験に失敗したから、テストで悪い点を取ったから、などなど」



 そんな理由で? いじめとかじゃないのか?



「もちろん、いじめが一番の理由でしょう。ただよく言われるのです。最近の若者は打たれ弱すぎると」

「打たれ弱いですか」

「ええ。1度の失敗で人生のすべて台無しになったと思い、命を絶つ。結構多いと聞きます。そうなると、自殺サークルなどが自然と出てくるのです」



 そうか。死ぬのは怖い。でも誰かとなら、そう思ってしまうのか。確かにSNSで一緒に死にましょうなんて募集しているって聞いたことがある。



「ああ。そういえば変な噂があるのを知っておりますか」

「噂ですか」

「ええ。噂です」



 そういうとラーメンのスープをすべて飲み、器をテーブルに置く。そしてニュースが流れているテレビの方へ箸を向ける。



「ネットで流れている噂です。先ほど説明した通り、高校生くらいの子の自殺が最近非常に多いです。場所は様々で駅やビルの屋上、たまに車へ飛び出すなんてものもあるそうです。その中で死ぬ直前に現場の駅にいたという方がネットに書き込みました。曰く――」





 飛び込んだのはおじさんだったと。





「ん、待って下さい。どういう意味ですか」




 高校生くらいの若者が自殺してるって話だったよな。それなのに何でおじさんなんだ。




「不思議でしょう。確かに飛び込んだのはおじさんだった。なのに発見された死体は高校生だった。そんな事を言っているのです」

「――単に見間違えただけでは?」

「かもしれません。ただ、1人だけじゃないのです。そうした自殺現場を見てしまった人たちが言うのだそうです。死んだのは高校生じゃなかったはずだと」




 本当に妙な話だ。ああ、いけない。ラーメンが冷めてしまった。器に置いていた箸を持ち、器を持ってそのままスープを一緒に飲み込んだ。




「さて、暗い話はここまでにしましょう。桑原殿はもうすぐ退院でしたな」

「ええ。もう病室で筋トレしているそうです」

「一応病院へお見舞いに向かいましょうか」



 そうして器を持ってキッチンの流しへ置く。未だ流れるニュースが妙に気になった。



『今も行方不明になっている子たちを探しております。こちらの写真に見覚えのある方がいればこちらの番号までご連絡下さい。皆様の情報をお待ちしております』




 そうして画面に表示される写真は男女合わせて14名。あれも全部ではないのだろう。こうした人探しに私の魔法は役に立たない。出来れば魔法使いを倒すだけじゃない、違う使い道があればいいんだけど。


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