第25話 自己栽培1
テセウスの船というパラドックスを知っているだろうか。
1つの船があったとしよう。長い航海の果て、船は傷つき、少しずつパーツを交換していく。帆を、船首を、甲板を……。そうして古くなり、劣化したパーツを交換していくと、次第にすべてのパーツは入れ替わり、ある日気づく。すべてのパーツが入れ替わってしまったと。
ではこの船は果たして最初の船と同じだと言えるだろうか。1つ、2つ程度のパーツ交換ならだれも疑問に思わないだろう。しかしそれが半分を超え、すべてが違うパーツと変わっていくとその様相が変わってしまう。
だから
もし、船のパーツを交換していき、新しいパーツにすべて入れ替えた時、同時に古いパーツがすべて余ったとしよう。そしてその古いパーツを使い船を組み立てていけば、同じ名前の船が2つ出来上がる事になる。
果たして本物はどちらなのだろうか。
この疑問に対して
両方同じ船でいいじゃないかと。
ディバーチド・トゥレチェリーは、絶猫が立ち上げた組織だ。この名前に深い意味はない。ただ今後の活動を考え、警察などの治安組織がそれを阻止するべく動いた時、皆が口を揃えて「DT」と呼ぶと考えると滑稽だなと思ったからだ。
DTという組織は構成員が少ない。少ないといっても国が保有するフリージアと比べてやや多いという程度の数だ。トップである絶猫という頭がいて、他は全員同じ立場の魔法使い達だ。彼らの多くは絶猫の考えに同意し行動を共にしているが、その多くは少々不純な動機を含んでいる。
まず大きい理由の1つとしては、DTという組織に入り、保護を求める場合だ。不用意に魔法を使い、フリージアに追われた魔法使いを保護し貸しを作って組織に吸収する。絶猫の目的のためには多くの魔法使いが必要なため、野良の魔法使いはDTも積極的に勧誘は行っているのだ。とはいえ全員ではない。
「猫さん。抜けた唐沢と世良を連れ戻したって聞いたんですけどマジです?」
口に咥えた煙草の煙を吐きながら土門は目の前に座り、スマホを弄っている黒髪の女性へ話しかけた。
「うん。別に放っておいてもよかったんだけど、世良ちゃんの考え方は危ないからね。多分ここを抜けたら殺しに使うよ」
「なら放っておけばいいじゃないですか」
「だね。正直迷ったよ。まあオシオキ中だからこれで厚生してくれたらいいな」
そうやってスマホを見ながら笑みを浮かべる絶猫に土門は怖い怖いと言いながら灰皿に吸い殻を落とす。絶猫はその容姿もあり、DTに新しく入った新参者の魔法使いからは基本なめられている。常に薄く笑みを浮かべ、容姿も整った顔、女性らしい身体付きも相まって多くの新参者は下にみる。
「いいんだよ。あまり恐怖で抑圧する組織じゃ魔法は伸びない。伸び伸びさせた方が成長率も高いんだ」
「その伸び伸びさせる方針の結果が今回の話じゃないんですかい」
「だからぽっきり折ったんじゃないか。天狗の鼻を」
そういって絶猫は指を折り曲げた。
「それで、最近外に出てますけど何かありました」
「いや。探し物はまだ見つからないよ。本当はあまりフリージアの前に出たくないんだけどね」
「その割にはお熱の野郎がいるって話じゃないですか」
「ああ。メンマちゃん? 彼はいいね。欲しい」
絶猫のその発言は古参メンバーの1人である土門からすると驚きを隠せなかった。絶猫は基本気分屋だ。その愛称通り本当に気分で行動している。なんせこの魔法使いが本気で動き、自分の野望を叶えようと思えば恐らく誰も邪魔は出来ない。
パーツが足りない今の状態では、確かに計画達成は困難だ。だがそれでも世界中を探しても絶猫以上の魔法使いがいるとは思えない。ならば今の時点で絶猫が全国にあるフリージアの支部を襲い、壊滅させる事だって可能なのだ。
でも絶猫はそれをしない。
出来ないのではなく、しない。
理由は単純、気分じゃないから。障害があるからやらないのではない。単純に今はそんな気分じゃないからという理由でやらない。仲間がいようが関係ない。絶猫は別に仲間を積極的に集めているわけではない。ただ組織として動くなら仲間は多い方が楽しいだろうというあくまで組織的な方針で仲間を集めているのだ。だから仲間を集めるのは主にDTの古参メンバーであり、絶猫は関与していない。
組織のトップなのは間違いないが、それでも実質指揮を執っているのは別のメンバーだ。あくまでDTは絶猫が世界と遊ぶための玩具でしかなく、好き勝手動く絶猫に合わせるためメンバーはいつも翻弄されている。
そんな無茶苦茶な人が明確に欲しいと思う人間がいる。それは長く一緒にいた土門からしても本当に珍しい事だった。
「珍しい魔法の使い手なんですかい」
「うん。面白いよ」
「んで?」
「ん、何?」
土門の手にある煙草の火がどんどん進み、重さに耐えきれなくなった灰が灰皿へ落ちる。
「いや、魔法だよ、魔法。どんな魔法だったんです?」
「え。教えないよ。つまらないだろ」
「はあ!?」
変な声を上げ、指に挟まっていた煙草が落ちた。
「入念に準備をした唐沢と世良の初見殺しに近い魔法の厄介さは俺だって知ってんだぞ。それを初見で、しかも魔法使いになったばかりの新米が倒したんだぞ!?」
「唐沢ちゃんは別の子に負けたんだよ」
「知ってるよ! ビルダーとかいうデカ物だろ!? いや確かにあれは厄介な魔法だけど世良と戦ってたら確実に世良が勝つだろ」
「だろうね」
世良の魔法は防御不能の絶対攻撃。躱す以外に逃れる方法がない。
「君だって戦えば勝てるでしょ」
「比べるラインが違うでしょうよ。――ちなみに俺が戦ったらそのメンマに勝てます?」
少し落ち着き、土門がそう質問を投げるとスマホを見ていた絶猫が視線を上げ、土門の顔を見た。
「それはいつ戦ったらって仮定?」
「じゃ今」
「今か。今なら引き分けか、土門ちゃんの勝ちかも」
土門の魔法は応用が効かないが、世良以上の初見殺しの魔法だ。仮に土門が唐沢、世良の二人と同時に戦ったとしても、初見の戦いなら3分以内、手の内がバレたとしても10分程度で倒す自信があるほどだ。
「今ならってそのうち俺でも勝てなくなるって事ですか」
「うん。メンマちゃんが魔法の解釈を広げられるようになったら多分無理。それこそ私が戦っても千日手になるんじゃない」
「おいおい。世良じゃねぇけど、そいつ始末しないとまずくないです?」
「だめだよ。ただ最近色々ときな臭い所も多いから、ちょっと心配かな」
そういうと絶猫はまたスマホに視線を戻した。土門も小さくため息をついて、また懐からたばこを取り出し口に咥え火をつける。数度煙を肺に入れ、煙をゆっくりと吐き出す。
「きな臭いって、コントラクターの事ですかい」
「うん。私も居場所は完全に把握できてないけど、あれは厄介だね。ただ増えすぎてる感じもするし、そろそろフリージアにバレるんじゃないかな」
「どうします。こっちでもう少し居場所を探りましょうか」
「いやいいよ。正直あの連中が増えた所で本物じゃないし、あんまり興味ないんだよね。それよりは彼を探す方に集中したいかな」
絶猫が言う彼という人物にすぐ心当たりを察し、頭をかく。
「あの野郎を見つけてどうするんです」
「粛清しようと思ったんだけど、ちょっと考え直そうかなって思ってね」
「そりゃ珍しい。断言してもいいですけど、あいつ。相当殺してますよ」
「だろうね。だからさっさと探してしまいたかったんだけど、気が変わった」
そういうとスマホをポケットにしまい絶猫は立ち上がった。折れたスカートをパンパンと叩いて伸ばす。
「あの子はメンマちゃんの成長のための餌にしよう」
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