第14話 桑原の魔法

「てめぇ、筋肉達磨。なんだアレは」



 世良を追いかけて消えたあの魔法使いを思いながら目の前の巨体の男へ唐沢は問いを投げた。



「貴様が言っていた通りだ。期待の新人、吾輩の後輩だな」

「ふざけやがって」




 唐沢は混乱している。そもそも今回の計画は世界の改革を謳う同志絶猫のやり方に疑問を覚え組織を離反したところから始まった。同志絶猫の改革は世界に衝撃を生むだろう。だが、そのやり方が温過ぎる。同志ほどの魔法使いであれば、仮にフリージアのどんな魔法使いが介入したとしても、あの人1人で片が付く。

 それだけ隔絶した力があるのに、ちまちまと活動していることが疑問になっていた。だから唐沢は最近組織に入った新人である世良に声をかけ二人で組織を抜け好き勝手に動こうと話していた。


 

 

 今回のフリージアを呼び出したのもその一環だ。まず東京に在籍している天魔の数は4人。うち戦闘系の魔法使いは2人だけだ。確かに強い人魔がいるのは知っている。だが所詮根源魔法も使えず、魔力量も少ない似非魔法使いなんて怖くない。

 だから戦闘系魔法使いの1人であるウッズが県外に出ているという情報を手に入れた時に唐沢と世良は話し合い、こちらからフリージアを攻める事にした。

 


 魔法消失条件は当然知っている。だから同じ事をしてやろうと思った。フリージアが国の管理下にない魔法使いを強制的に喪失させているように、同じやり方で国の魔法使いを喪失させる。そうすれば同志絶猫の目指す世界だってよりはやく実現しやすくなるはずだ。だから気絶させ拉致してしまおうと考えた。そういう店の伝手はいくつかある。相手が国の組織だろうが、包囲されようが魔法が使えない時点で何人いようと敵じゃない。




 そう唐沢は楽観的に考えていた。







 だがここへきてイレギュラーが発生した。




 1つは世良だ。動きを封じるため足を潰すよう唐沢は指示を出していたが、それを無視し行き成り腹を切り裂いた。明確な殺意を持って、攻撃していたのだ。これは唐沢の落ち度でもある。魔法という超越した力を手に入れ、そういった衝動を世良が持っていたという事を見抜けなかったからだ。




 そしてもう1つ。あの見た事のない新入りの魔法使い。





「あいつはなんだ。俺はみたぞ。間違いなく、あの男の腹は切り裂かれ、血が噴き出す瞬間を! あの傷なら内蔵だって損傷してるだろうし、体外にこぼれてもおかしくない! それだっていうのに――」




 傷が無くなっていた。





 つまりあの男の持つ根源魔法は治癒系の魔法なのか?

 


 いやありえない。以前聞いた同志絶猫の話から考えるに治癒魔法なんて早々誕生するとは思いにくい。それに――あの男は切り裂かれた服すら元に戻っていた。まるで何もなかったかのように。





「まさか……そういう魔法なのか? いやだが

「何をごちゃごちゃと。自分の心配をした方がいいのではないか?」

「馬鹿いうな。お前はさっきまで足手まといだったじゃねぇかよ。俺の魔法に防戦一方であの妙な新人が前に出たくらいだ。所詮デカくなるだけの案山子だよ、てめぇは」




 そういいながら唐沢はポケットからもう一体のフィギュアを取り出す。正直な所唐沢のマネキンとプラモ軍団で動きを防ぎ、世良の攻撃で仕留めるという作戦であれば、目の前のデカブツは大した脅威ではない。だが予想外の新人に既に結構な魔力を注ぎ込んだフィギュアを使い潰してしまっていた。




(残る戦闘フィギュアは一体。展開しているプラモ兵器で押し切れるか?)




 世良と分断されたのは正直唐沢にとって痛手だ。だがそれでも目の前の男だけならまだ対処できる。そう確信していた。





 

「ふふ。なるほど、足手まといか」

「なんだ? ちげぇってのかよ」

「確かにそうだ。メンマが前にいた故、吾輩は力を出し切れなかった」




 そう話すデカブツに対し唐沢は笑った。




「はっはっははは!! ばかかてめぇ! お前の魔法は既に知ってんだ! ただデカくなるだけの魔法だろ。こんな狭い屋内だと精々2倍が限界か? やってみろよ。俺からすればただ的がデカくなっただけだがなぁッ!!」



 そう叫び展開していた軍用ヘリプラモが動き出す。籠められた魔力が尽きない限りオリジナルの力を再現できる。ミサイルに籠める魔力量を減らし一気に仕留める。殺しはしないが打撲、骨折、火傷なんかは覚悟してもらおう。



 狭い屋内の廊下に飛ぶヘリから十数発のミサイルが飛ぶ。煙を上げ、小さいながらも威力を魔力で底上げしたミサイルが目の前の男へ迫り爆発した。空気が破裂し熱が叩きつけるように唐沢の顔面を叩く。舞い上がる煙と吹き飛ぶ破片を防ぐように手を目の前に置きながら煙がはれた後の姿を想像して笑みを浮かべる。





 だが――。





「な、に」





 そこには、身体が2倍大きくなり、天井に頭があたり、微妙に膝を曲げた状態の男が無傷で立っている。




「ばかな! てめぇは1Fで俺のマネキン程度の攻撃にすら傷を負っていたはずだ! 今のミサイルはそれ以上の威力だぞ! なぜ!」

「貴様の言ったとおりだ。吾輩の魔法は身体を大きくする。だがそれだけじゃない」

「なんだと」



 唐沢は思わず一歩後ろに下がる。額から先ほどまで感じていた不気味さが蘇ってきた。



「吾輩の魔法は良くも悪くもわかりやすいからな。だから情報は簡単に漏れるのも覚悟していた。だが――だからこそ、その程度だと安く見たのだろう」




 そういうと巨大化した目の前の男は腕を横に伸ばし壁を破壊した。そして足を一歩大きく前に出し前屈姿勢になる。まるで短距離走のように。




「まさか……」

「気づいたか。だが遅い。言ったであろう。メンマが目の前にいて吾輩は全力を出せなかったと。では精々逃げたまえ」



 その時別の場所で何か爆発したような音が聞こえる。あんな場所に俺のプラモは置いていないはず。なら――。



「どうやらあちらも盛り上がっている様子。ならば」

「くそがッ!」




 瞬間、十数mは離れていたはずの巨体が一気に接近した。先ほどまでとは比べ物にならない速度。しかも壁を貫通させていた腕をそのままに、破壊しながらの急速接近。唐沢は全魔力を使い軍用ヘリプラモに指示を出し迎撃をしようとした。だが間に合わない。唐沢の命令が実行されるよりも早くあの巨体が破壊しながら接近してきたからだ。




「くそが、だがその巨体でその速さ! 確かに直線なら無理だ。だが果たしてうまくここの廊下を曲がれるのかよぉ!?」




 唐沢は逃げる。廊下を曲がり、用意していたマネキンを起動させた。あの巨体であの速度、ここの直角の廊下を曲がるのは無理だ。恐らく曲がる時にブレーキをかけるはず。だからその隙を狙う。もう一体の戦闘フィギュアを使い、一斉攻撃を仕掛ける。


 


 汗を流しながら全力で走りながら唐沢はもう一体のフィギュアを起動する。そして振り向きフィギュアを起動しようとした。だが……。



(なんであの破壊音が迫ってきている! ありえねぇ! 直線距離ならともかくあの角を曲がったならもう少し遅くなってもいいはずだ!)




 廊下を埋め尽くすほどの巨体が超スピードで壁を破壊しながら突っ込んでくる。この恐怖をどう例えればいいだろう。狭い廊下で向こう側から車が接近してくかのような怖さ。その恐怖から唐沢は思わず後ろを振り向く。そこには――。



「なん、で……」





 目の前には丸太のような太い腕。それがすぐ眼前へ迫っている。どうやってただその疑問だけが頭を埋め尽くし、意識を手放した。








「吾輩の魔法はただ身体を大きくするだけではない。身体も、身体能力も、五感も、動体視力も、瞬発力など含めすべて同じ比率で倍増する。故に吾輩からすればあの程度の廊下の角など、その気になれば速度を落とさず曲がる事なんて造作もないのだ。まあ聞いてないか。……とはいえもう吾輩の魔力はほとんどない。メンマは大丈夫だろうか」


 


 桑原の渾身のラリアットを喰らい、気絶した唐沢を見下ろしながらそう零した。

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