第15話 メンマの戦い

 私はあの世良という男を追い消えた壁の向こう側へ追ってきた。もう身体は何ともない。だがあの凄まじい激痛に襲われたのは確かだ。痛みのあった場所に触れるが血が出ている様子もない。ならあの痛みは何かの魔法なのか?

 でも、世良の魔法は恐らく壁抜けの魔法。だから最初の奇襲に私は気づけなかった。漫画のキャラみたいに気配とか読めればいいんだろうけど、あいにくそんな事は出来ない。だから精々周囲を警戒するくらいだ。




「どこだ?」



 追って行った部屋の中には誰もない。当然といえば当然だろう。相手は壁抜けが出来る魔法使い。恐らく既に別の場所へ逃げている。このビルの間取り図的にここは恐らくビルの中心。正面の壁の向こうはビルの外のはず。世良がスパイダーマンのように壁に張り付くような力がない限り正面はないはず。なら左右のどちらかか?



 ゆっくり歩きながら部屋の中央へ向かう。廃棄されたオフィスの机など散乱しており、周囲に隠れる場所は結構多い。もしかして壁の向こうとかじゃなくて、この机の下とかに隠れている可能性もあるのか。




「仕方ない」




 少々乱暴だけどここはもう廃ビル。今更備品まで気を使う必要はないはずだ。私は少し走り、机が並んでいる場所を思いっきり蹴り飛ばした。金属がぶつかる音が乱反射して、周囲に響き、まるで子供に蹴られた積木のように吹き飛ぶ机。その中にフードを被った男の姿が見えた。




 いた。




「そこか!」

「ちッ! マジで回天とかねぇじゃんかよ! どんな魔力量してんだ!?」


 


 驚愕した様子の世良に向かって接近する。一応警棒を腰のベルトに装着しているが、まだ拳の方が戦いやすい。だから私は世良に向かって突撃する。



「くそがぁ!」



 世良が近くの机を投げた。流石魔法使い。あんな思い机を片手で簡単に投げてくる。先ほどまで自分がやった事を棚に置き、改めて魔法使いという存在を強く認識した。

 迫る机を片手で殴りつけた。机がバラバラになりその破片が周囲に吹き飛ぶ。そのまま走る足を止めなかったが、目の前に世良がいない。




「机を盾に自分の姿を隠した?」




 ならどこへいった。……いや簡単だ。ここから左右の壁は離れている。いくら私でもこの状況下で左右へ逃げた世良を見逃すとは考えにくい。天井も同様だ。なら――。





「下かぁあ!!」




 さらに身体の魔力を膨張させる。そして右腕に集中させ、思いっきり床を叩いた。轟音と共に床に穴が空き、落ちていく。そこには金属のパイプを持った世良がいた。狂気染みた笑みを浮かべこちらへ走ってくる。



「空中で避けられるかよぉ!!」

「その程度でダメージなんか」



 突き出されるパイプ。先は鋭利に尖っている。世良の魔力量は見た感じ私より低い。あふれ出る光の量が薄いことからも間違いはないと思う。なら問題なく私なら弾けるはず。パイプは無視して、そのまま世良を攻撃する。




 




 これは咄嗟の判断だった。




 自分の魔力なら当たってもダメージはないと頭では考えた。でも身体が咄嗟に動いた。



 気が付けばパイプを防ぐように自分の腕を前に出している。




 これは恐怖から来るものかもしれない。でもこの判断が結果的に私の命を救った。



 

 


 突き出されたパイプが私の腕を貫通し、迫ってくる。痛みはない。咄嗟に身体を捻り身体に直撃しないように空中で身体を捻った。その瞬間――。



 


「ぁああああああ!!!!!」

「ははははは!!! うまく躱したじゃねぇかよお!」





 腕にパイプが貫通している。その箇所から血が溢れ痛みが襲ってくる。涙が出てくる。思わず目を瞑りそうになる。痛みで許しを乞いたくなる。




『視界を自分で塞いでしまうのは、より悪手ですよ』




 

 浅霧さんの声が頭に浮かぶ。そうだ。私は今、自分の命をかけている。十分怖がった。十分怯えた。何のためにずっと訓練してきた。生き残るためだ!



 目を大きく開く。目の前にナイフが迫る。嬉々とした笑みを浮かべた世良がもう目の前にいる。




「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」




 雄たけびを上げ、世良の身体目掛けて蹴りを放つ。




「ぐぁあああ!!」




 脇腹に当たった蹴りを受け、世良は後ろへ吹き飛んだ。自分の腕を見る。太いパイプが刺さり、血が水のように流れている。こういうものは抜くべきじゃないと理解している。出血をこれ以上悪化させないためだ。……でも私は歯を食いしばりパイプを抜いた。

 

 激痛が走り、また涙が出る。床に落ちたパイプがカンカンと音を鳴らし転がっていく。痛みで目の前が明滅して、頭が少しぼうっとする。




「くそが、もう少しだってのに」



 そういいながら世良は口から血を出し立ち上がり――私を見てまた顔を驚愕させた。





「お前。マジでなんなんだよぉ!! さっきの傷は!? 血は!? なぜどこにもない! なんで無傷なんだ!!」




 もう一度私は自分の腕を見る。そこには先ほどまでの傷は一切なく、埃まみれになったスーツも無事だ。既に痛みはない。あれだけ涙を流すくらいの痛みがもう消え去っている。まるでなかったかのように。




「治癒魔法? そんなんじゃねぇな。まるで傷自体なかった事になってるみてぇじゃねぇか。なんだよそれはぁぁあ!!!」



 そう叫びこちらへ走ってくる世良。右手にはナイフ。そして左手に近くにあっただろう電源コードを持っている。すると世良は左手に持っていたコードを振りかぶりこちらへ振り下ろした。



 ここまでくれば世良の魔法はおおよそ理解できる。



 世良の魔法は正確には壁抜けじゃない。。恐らく最初に攻撃された時、ナイフで私は刺されたのだ。


 そう透過したナイフに。



 だから私の身体をすり抜け透過したナイフは私の身体へ刺しこまれた。恐らくそこで透過を解いた。よくあるテレポート実験で壁の中へテレポートしたらどうなるかという考え方と一緒だ。恐らく透過したナイフは実体化した際に、私の腹を切り裂いた。

 さっきのパイプもそうだ。透過したパイプが私の腕を貫通。その後実体化。まさに防御不能の初見殺し。だが疑問もある。なら何故あの時パイプではなく今回の椅子のように質量の大きいものにしなかったのか。

 最初のナイフは恐らく遊びだったんだろう。ナイフで刺しその反応をみようとしたという所だろうか。だが2回目は違う。明確に殺意が込められていた。ならパイプよりも椅子や机のような警戒心が薄くなるものを武器にして透過し実体化させた方が殺傷能力は高いはず。それをしないと言うことは恐らく……一度に透過出来る質量に限界があるとみた。




 ならこのコードは当たっちゃだめだ。振り下ろされたコードを躱し、接近する。世良は右手に持ったナイフを突き出してくる。そのナイフに触れず、世良の右手に拳を放ち、砕いた。



「がぁああああ!!」



 世良の断末魔に近い咆哮が部屋中に響く。するとがむしゃらに左手に持ったコードを振り回し始めた。私は咄嗟に地面へ落ちた先ほどのパイプを掴み、世良への顔面へ投げた。



「そんなもん! あたらねぇんだよぉおお!」



 


 そうだ。それは分かっている。私の投げたパイプは必ず透過して避けられる。でも、顔に投げられたパイプが、透過するとわかっていても、それはとても怖い。だから世良は透過するその瞬間目を瞑った。





「自分で視界を塞ぐのは悪手らしいよ」



 私は全力で魔力を足に集め、世良が目を瞑るタイミングに合わせて全力で後ろへ回った。そのままの勢いで身体を捻り拳に力をため、全力で背中を殴りつけた。





「がぁあああああ!!!!」




 そう絶叫を響かせながら世良の身体は壁を貫通しそのまま外へと吹き飛んでいった。

 







 



 

 

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