第11話 出動

 めんま。日本では元来「支那竹」と呼ばれているタケノコを乳酸発酵させた加工食品。


 ラーメンに置いてよくトッピングされており、お店によってメンマの形は千差万別だ。よくあるのは長方形の形だが、お店によっては捻じれた紐のような形であったり、平たい形であったり、太かったりと様々だ。




「めんま?」

「そうだ。お前のコードネームだ」

「めんま?」

「そうだ。今後現場でお前をメンマと呼ぶ」

「あのめんま?」

「剣崎は博士、桑原はビルダーとそれぞれコードネームがある」

「なのに俺はメンマ?」

「いい加減しつこい!」

「めんまぁ!?」



 頭を殴られた。



「待ってください。何ですコードネームって? あれです? かっこいいからとかそんな理由です?」



 私は頭を擦りながら質問を投げた。



「そんなバカな理由じゃない。そうだな。魔法使いの匿名性について説明しよう。本来ならもう少し魔法が上達してからの予定だったが仕方ない」



 郷田さん曰く。魔法とは、魔法使いでないと認識できないのだそうだ。仮に桑原さんが魔法で巨大化したとしよう。屋外でそんな事をすれば普通は騒ぎになる。だが魔法が使えない人はそれを見ても正しく認識できず、忘れてしまう。それ故に魔法による犯罪性は非常に厄介だ。なんせ魔法の被害者が忘れてしまうから。だからこそ国は必死に魔法を管理しようとする。



「魔法使いは秘せされるべきもの。とはいえ魔法はすべて忘却される。だがいくつか問題がある。分かるか?」



 魔法を使うと忘れてしまう。それとは別の問題? いやそうか。



「監視カメラとかの映像に残る危険性ですか?」

「そうだな。最たる例と言える。1つとある現象を説明しよう。魔力はレンズ越しで見ると発光して見える。つまり回天状態の魔法使いであれば、カメラ越しだと光って白飛びした人間に見えるって訳だ」



 光る? ならカメラに映っても平気って事か?



「あくまで魔力は、だ。魔力、魔法によって起きた現象はそのままレンズに残る。そのため魔法被害があったと思われる周囲の監視カメラの映像はすべてこちらで押さ確認する。だがそれさえできないものもある」

「……まさか」

「そうだ。……音だ。魔法による現象は目撃しても記憶から忘却されるが、声はそうではない。大抵の場合、魔法による忘却とセットで消える場合があるが、それでもその時の声や音は案外記憶に残る。それに監視カメラに音声が残るケースもある。そうなった時、不用意に個人情報が残る可能性を避けたい。そのための……」

「コードネームって事です?」

「そうだ。現場で本名を言い合えば何の拍子で名前が残るか分からん。監視カメラであればこちらで消せるが人の記憶まではどうしようもない。そういったリスクを最小限に抑える。そのためのコードネームだ。いいなメンマ!」




 いや、なんでメンマ?





「……ちなみに剣崎さんは何で博士なんですか?」

「拙者がそう申請したからですぞ」

「――桑原さんは?」

「吾輩もですな。コードネームは何がいいと聞かれたのでビルダーと答えた次第ですな」




 ……なら何で私はメンマなん?




「さて、説明は以上だ。作戦を開始する。まず博士による透視魔法を使い犯人の居場所を特定。相手の装備は特徴なんかも合わせて報告しろ。その後、ビルダーとメンマの2人で内部へ入る。博士はここで俺とサポートだ。何か質問は?」


 私と桑原さんの2人。初めての現場でたった2人。不安だ、どうすればいい。どう戦えばいいんだ。私は足を引っ張らないか。



 そう悩んでいると背中を強く叩かれた。



「え」

「安心したまえ。吾輩が前に出る。メンマはただ見ているがいい」

「……助かります」



 


 剣崎さんが郷田さんと一緒に建物を確認に行った。その間私はただ目を瞑って待っていた。たった一度の模擬戦。それだってボロボロにされた。まぐれで一度当たっただけなんて何の経験値にもならない。あれだけ避ける訓練をしても相手は玄人の魔法使いの可能性が非常に高い。

 つまり根源魔法を使ってくる。あの時の模擬戦で浅霧さんがもし根源魔法を使っていたら、もし浅霧さんが天然魔法使いと同程度の魔力を持っていたら。負けたのは私だ。間違いなく最初の一手で敗北している。




「……なのにもう実戦か」

「緊張しておるか」



 顔を上げると私の横に桑原さんが座っていた。



「そりゃ、初めての実戦だし。相手はクロマなんですよね」

「かもしれんな。だがお前はあの浅霧さんと戦って勝っているのだろう」

「いや、あれはまぐれだし」



 そもそもあの時はいっぱいいっぱいであんまり覚えてないんだよな。



「まぐれであれ、なんであれ、浅霧さんを倒しているのだ。自信を持て……とまでは言えないが気楽にやるといい。仮に相手がクロマであろうと戦闘技術という一点で言えば浅霧さん以上の魔法使いはそういない。つまり一番に警戒すべきは……」

「――根源魔法」

「そうだ。基本的に根源魔法は同じものは存在しないとされている」



 結局相手の手札は未知数って事だ。くそそう考えると余計に緊張してくる。



「馬鹿者。メンマの考えは一方的なものではないぞ」

「え、なんで」

「メンマの考えは顔に出やすいな。考えもみろ、未知数なのは向こうも一緒だ。少なくとも博士とメンマの魔法は未知数過ぎる」



 博士と私か。……って待て。



「くわ――いや、ビルダーさんは?」

「吾輩の魔法は目立つ故、組織絡みなら恐らく既に情報は筒抜けだろう。とはいえ吾輩の魔法は分かっていてどうにかなる能力ではないからな」

「そうなんですか。なら緊張しませんか。対策されてるんじゃないかとか」

「ないな。何故なら――」




 口の中の唾を飲み込む。




「鍛えているからだ!」







「はい?」

「メンマ。筋トレだ。筋肉を付けろ。すべての不安はそれで解消される。つまり筋肉がすべてを解決する。お前の抱える不安も、緊張も、すべて!」

「えぇ……」




 なんだろう。緊張が収まった気がする。あれか、桑原さんなりの励ましだったのか?



「おい。2人とも集合しろ! 出動だ」



 私は桑原さんと目を合わせて一緒に外へ出た。トレーラーの外には腰に手を当てこちらを睨んでいる郷田さんと……地面に四つん這いになっている剣崎さんだった。

 

 

「あの……どうしたんです?」

「ほれ、忘れてるのか。博士は人間の肌を見るのが苦手なのだぞ」

「あぁ」




 そういえば言ってたな。そうかそれで吐いてるのか。……思ったより重症では?




「ビルの内部地図だ。特に変わった構造はしていないが一応覚えておけ。魔法使いと思われる人間が潜伏しているのは3Fのロビーだ。今も動いていない」



 そうか、2人だけか。まあ聞いていた通りか。



「妙では?」

「え、何がです」



 腕を組んでいた桑原さんがそう呟いた。


 

「ああ。ビルダーの言う通りだ。何故2人だけなんだ。念のため博士に徹底的に調べさせたがやはり2人だけだった」

「……あの。何が変なんです?」

「考えてもみろ。監視カメラに発光した人間が映った。つまり魔法使いが2人いるのは分かっていた。だがビル全体の人数まで2人だと思わなかった。てっきり誰か人質、もしくは拉致などしていると思っていた。なのに魔法使いしかいない。なら何をしている?」



 廃ビルで魔法使いが2人だけ。魔法を使って何をしているのか。




「いいか、2人とも。慎重に行動しろ。骨伝導イヤーマイクはつけたな。常に周囲に注意しろ。では――」


 






「出動」





 見上げる無人のビル。何だか心霊スポットみたいだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る