第8話 初めての戦い
「……桜桃殿。これは……?」
鼻歌を歌いながらポスターを張っていると家に帰ってきた剣崎さんと玄関で出くわした。
「はい。皆好きなもの張ってるみたいですし、せっかくだから私も何か張ろうかなって」
引っ越しの荷物が届いてから整理する時間がまったくなかった。でも今日は早めに訓練が終わったのでようやく荷物の整理が出来るようになった。お気に入りのポスターを部屋に張ってもいいんだけど、何か皆玄関にデカデカと飾ってあるし、せっかくだから私もそこに飾ろうと思った次第である。
「それは、もちろん構いませんが……どこに売ってるんです? こんなB1サイズのラーメンポスターなんて」
「手作りです! 写真撮影から加工、印刷発注まで全部自分でやりました!」
「そ、そうですか。ええ、いいと思いますぞ。なんといいますか。その、やはりこちら側だったのだと安心しました」
何か納得顔の剣崎さんは置いておいて、少し離れた所でようやく設置したポスターを見る。うん、曲がってないな。
「しかし……アニメイラスト版権、ボディビルダー、そしてラーメンですか。なんというか、バランス悪いですな」
「そうです?」
「まあ――いいでしょう! ところで今日は随分戻るのが早かったですな」
「ああ。浅霧さんと缶詰刺しをしたら今日はもういいって言われたんですよ」
そういって缶詰を指で突き刺すジェスチャーをする。すると剣崎さんが思案顔で頷いた。
「なるほど、もうその段階に来たのですか。であれば……明日は大変でしょうね」
「え……なんかあるんですか」
「拙者と同じであれば、実戦を想定された模擬戦闘をやらされると思いますな。んまてよ、浅霧殿がいたんですよね?」
「え、ええ」
なんだかものすごーく嫌な予感がするんだが。
「なるほど。という事は相手は浅霧殿ですか。こりゃ大変でしょうな」
「ど、どう大変なんです……?」
「浅霧殿は東京支部にいる人造魔法使いの中でもっとも戦闘慣れしている御仁なのです。拙者たちより魔力量が圧倒的に少ない且つ、根源魔法すらないというのに、外にいる野良魔法使いを何人か捕まえておりますからな」
え、マジ?
「拙者も同じような模擬戦闘をやりました。相手は浅霧殿ではありませんでしたが、やはりベテランの人造魔法使いの方々ですが、まあボロ負けでしたぞ」
「あれ、私たち天然魔法使いって人造魔法使い相手であれば、その、余裕みたいな話聞いてたんですが……」
あれ、嘘だったんか? いや、調子に乗る前に知れてよかったと思うべきか。
「嘘ではないですが、正確じゃないという事ですな。野良の魔法使いにも何種類かいるのですよ」
「え、天然、人造みたいな感じですか」
「いや、もっと簡単ですぞ。素人と玄人の2種類です」
ん、素人と玄人? どういう意味だろ。
「素人の野良魔法使いは、はっきり言ってちょろいのです。ただ自分自身の魔法で暴れているだけなので、聞いたところだと人造魔法使いの方々でも割と余裕らしいですな」
「なるほど……」
考えてみれば確かにそうか。仮に私が今の立場じゃなく、自由に、何の制限もなく魔法が使えるとしたらどうだろう。倫理観など無視すれば多分好き勝手魔法を使うんじゃないだろうか。そんな中でこんな風に戦闘訓練を積んでる人に狙われたらどうなんだろう。うん、無理だな。どれだけ魔法とか使えても、戦闘のプロ相手に勝てるとか思えないし。
「って待ってください。玄人って……」
「そこです。それが問題らしいのですよ。我々と同じく戦う事を主目的とした、国に管理されていない魔法使いの組織がいるのです」
「そ、組織? あれですか、悪の組織的な?」
なんだろう。不謹慎だと分かっているのにちょっとテンション上がる。
「まあそんなようなものらしいです。確か名前はディバーチド・トゥレチェリー。通称DTと呼ばれております」
「え、DT?」
なんか嫌な通称だな。
「ええ。DTの魔法使いは要注意らしいです。まず人造魔法使いの方々では歯が立たないと聞いています」
「そこで私たち、という事ですか」
「とはいえ拙者は肉体労働は向いてないですからな。その辺は桜桃殿と桑原殿に任せます。さて! ごはん作りましょう」
そういうと剣崎さんはキッチンへ向かっていった。剣崎さんの言う通りなら明日は結構ハードな日になりそうだ。ずっと避ける訓練はしていたけど、戦うなんて今更ながら実感がわかない。喧嘩だって数回しかしたことがない私が、人と戦う姿が想像できないのだ。
「ちょっと気が重いなぁ」
そう少し愚痴を零し、私は自室へ戻った。
翌日。
「さて、今日からここにいる浅霧と模擬戦闘をしてもらう」
郷田さんがそう言うと私は小さくため息をついた。剣崎さんの予想が外れて欲しいと願いながら昨日は就寝についたのだが、ダメだったようだ。
「ここにある物は何を使っても構わん。まずは慣れろ」
「ここにある物って、……まさかナイフとか、警棒とかですか?」
「桜桃さん。魔法使いと戦う場合、一番気を付けなければならない獲物はこういったナイフ系なのです」
浅霧さんがそう言うと近くに置かれているナイフを手に取った。
「通常、こういった戦闘の場合は銃が有効と思われがちですが、魔法使い同士の場合は違います。銃はただ速いだけで我々の皮膚を突き破る事も出来ないのです。そうですね、感覚的にはBB弾を当てられた程度の威力だと思ってもらえばいいと思います」
「は、はあ」
いやいや。銃弾がBB弾程度ってすげぇな魔法使い。マジで人間離れしてんな。
「あれ、でも何でナイフは危険なんですか?」
「簡単です。桜桃さん回天を」
そう言うといつの間にか浅霧さんは私の目の前にいてナイフを振り抜いていた。……速い。呆けていたとはいえ、まったく見えなかった。あれだけ郷田さんと訓練したのに凄いスピードだ。すぐにバックステップで距離を取り、私は思わず自分の喉に触れた。間違いない、浅霧さんは今まさに、
「驚かせてしまいすみません。ですがほら」
そういうと浅霧さんが持っているナイフを見せてくる。そこには、刀身が砕け、柄だけになったナイフが握られていた。これは私の皮膚を切れず、ナイフが壊れたって事か。
「通常のナイフでも回天を行っている我々には脅威ではないのです。ですが……」
そういうと浅霧さんは別のナイフを取り出しこちらに刃を向ける。先ほどと何か違う。さっきはナイフを怖いとは思わなかった。でも今は違う、あのナイフを向けられるのが怖い。
「見えますか。肉体に纏っている魔力をこうしてナイフを包むことによって、ナイフ自体の強度も、切れ味も数倍に跳ね上がります」
魔力を流す。ああ、漫画とかでよく見るやつか! くそ実際にこうして目の当たりにするなんて思わなかったぞ。
「この状態のナイフは非常に危険です。私が全力でナイフに魔力を流しても、恐らく桜桃さんの魔力を貫く事は出来ないでしょう。精々皮膚を切る程度かと、ただし――」
「敵が同じ天然魔法使いであれば、別って事ですか」
「はい。魔力は身体から近くにあるもの、例えば服とかこうした近接武器に魔力を流す事は容易です。ただし銃弾のような身体から離れてしまうものに魔力は付きにくい。だから銃はあまり脅威ではないのです。無論当たらないに越したことはありません。ただしこうしたナイフなどの刃物は別です。同じレベルの魔法使いが刃物を持つというのは十分に脅威になる」
口に溜まった唾が喉を通っていく。暑くもないのに汗が流れ始める。
「いいか、桜桃。今回は反撃もしろ。人を攻撃するというのも、土壇場に出来る奴は少ない。それも含めて訓練だ。では――はじめッ!」
郷田さんの宣言と共に、魔法使いになって初めての戦いが始まった。
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