第7話 逸材

「そういえば二人は何時頃根源魔法使えるようになったんです?」



 少々ひと悶着あってから俺は気になる事を聞いてみた。




「根源魔法ですか? はてどうでしょう。拙者は最初から使えましたな」

「え、最初から?」

「ええ。最初から」




 それってあれか? さっきの話だと私と一緒で郷田さんと一緒に最初に訓練したんだよな。それで剣崎さんの能力は透視。おいおい、まさか見たのか、見ちゃったのか!?



「そういえばそうであったな。剣崎はそのせいで初日随分吐いておった」

「やめて下され。思い出したくもない」

「……あれ、何か変な物でも見たんです? だって話の流れ的に郷田さんの裸を……」

「ストォオオオップ!!! 桜桃殿、それ以上はどうか、どうかご容赦を!」



 立ち上がり掌を私に向かって大きく開いて、叫んでいる。



「どうしました?」

「ああ、気にしないで大丈夫だ。剣崎は人間の裸が苦手なのだ、男女共に」

「え? そうなんです?」

「だって汚いじゃないですか! シミだの皺だの、汚れだの! 顔とかはいいのですよ、皆それなりに気を使っているでしょう。でも服の下はもうだめです。無駄毛とかもう見えないから油断して、まあ汚い! 吐き気がしますぞ。何故拙者の透視魔法でフィギュアの服の向こう側がみれない! アニメのキャラの服が透けない! 見たいものが見れず、見たくもないものが見えるというこの地獄! もう拙者は自分の魔法が嫌いなのです!」

「は、はあ」




 や、やっぱ変な人かもしれない。




「そ、そういえば桑原さんはどういう魔法なんですか?」

「ふむ。聞きたいか?」

「あ、聞いちゃだめでした? もしかしてあれですか、無暗に魔法は話さない方がいいとか」

「いや、我々は今後チームで動きますし、情報の共有はむしろ必要でしょう。だから拙者の魔法を郷田殿が話したのだと思いますし」

「まあそうだな。吾輩の根源魔法は倍化だ。単純な話、身体や身体能力含め、すべて2倍以上になる」




 おお! つまり巨大化してめっちゃ強くなるって事だよな? めっちゃ強そうだ!



「ただ桑原殿の魔法は少々使い勝手は悪いのです」

「え、そうなんですか?」

「ええ。2倍以上にはなれるのですが、最低2倍なのです」



 え、最低2倍? 桑原さんは大体190cmくらいありそうだけど、つまり最低でも3m越えの巨体になるって事か。いやでも強そうだぞ?



「2倍なので狭い屋内だと使いにくいのです。しかも桑原殿は魔力量も少ないので持続時間も少ないのですよ」

「ああ。なるほど、そういう……」




 それなら納得かもしれない。3m以上も大きくなったら天井に頭ぶつかっちゃうよな。


「あれ、でも根源魔法は魔力を使わないって話じゃ?」

「少々違いますね。回天状態でしか根源魔法は使えないのです。したがって……」


 ああ、なるほど。そういえば言ってたな。回天状態が解ければ根源魔法も使えなくなると。



「まあ吾輩の肉体であれば、天井なんて豆腐のように砕いてみせますがね」

「怒られない程度でお願いしたいものですが……」

「桑原さんの魔法も初日から使えたんですか?」

「うむ。回天を覚えた時に理解出来たぞ。吾輩は大きくなれるのだと」

「剣崎さんも同じ感じですか?」

「ええ。ああ、見えるなと思って試してみたのですが、……うぇ」




 そういって口を手で押さえている。なんだかかわいそうな気がしてきた。




「皆さん最初から使えたんですね。私全然そんな気配なかったんですよ」

「ほお珍しいですな。郷田殿が言うには回天状態になれば普通に使えると言っていた気がしましたが」

「確かにそう説明を受けました。でも全然なんですよね」

「実は天然ではなく人造魔法使いだったりしないのか?」

「流石にそれはないのでは? それなら郷田殿が気づくでしょう。郷田殿は何と?」

「しばらく様子見だって言われました。明日もひたすら郷田さんの拳を避ける訓練らしいです」



 

 痛くないからいいけど、私だけ魔法が使えないのは何だか少し焦るな。少なくとも魔力がないわけじゃない。むしろ話を聞いた感じ剣崎さんや桑原さんよりも私の魔力は多いみたいだし。でも桑原さんも言っていた。私たちが戦う相手はバンバン起源魔法を使ってくるって。そんな時自分だけそういう切り札的なものがないのは不安だ。



 



 それから翌日以降、ひたすら郷田さんの攻撃を躱す訓練は続いている。しかしようやく躱せるようになったと思えばフェイントやキックなどが追加された。



「これいつまでやるんです!?」

「言っただろう。躱せるようになるまでだ」

「結構躱せてませんかね!?」

「まだ甘い、な!」



 その場で回転するように周り裏拳が飛ぶ、それを首を捻って回避すると、今度は足だ。軌道的には顔だと思うが違う。この人は蹴りの軌道を途中で変えてくる。俺にはそれがフェイントなのかなんて分からない。だからどこへ来ても躱せるように対応するしかない。



「危なッ!」



 顔からお腹狙いだと思ったら顎の方に蹴りが伸びてきた。どういう体幹してんだ!?



 郷田さんはバックステップで後ろに下がり、足が床に着いた瞬間にはこちらへ急接近してくる。この戻ったと思った瞬間にこちらに攻めるこの動きに何度惑わされたことか。それから鋭い拳を何度も躱し、1時間が経過した。




「はぁ、はぁ」



 郷田さんは滝のように汗を流し、息を整えている。汗がシャツに張り付き非常にエロい。というか目のやり場に困る。


「……ふむ。まぁ最低限にはなったか」

「本当ですか。はぁ漸く終わった……」

「何を安心している。まだ終わってないぞ。おい、入れ」



 郷田さんがそういうと扉が開き、スキンヘッドの人が入ってきた。というかどこかで見覚えがある。




「浅霧徹だ。一番最初スカウトの時にもいた奴だぞ。それにここにマジカルバスターズ東京の人造魔法使いの中ではトップの実力者だ」

「その名前なんとかならないんですかね……」

「何を言っている。我ら東京支部のかっこいいチーム名だぞ」

「センス駄目なタイプか」

「五月蠅い」



 そういって突き出され拳をさっと避けた。おお、訓練の成果がでてるんじゃないか?



「ちっ。まあいい、明日から少し実践的な訓練に入る。今日はその余興みたいな感じだ」

「はぁ。余興ですか……」

「余興だ。だがお前のまだ残ってる普通の人間らしい常識を少し無くしていこうと思ってな。だからまずこれだ」



 そういうと郷田さんは何かを投げてきたのでそれを受け取る。




「缶詰?」

「そう、缶詰だ。よし浅霧、見本を見せてやれ」

「はっ」



 そういうと浅霧さんの身体から風を感じる。いや今ならわかる。これが魔力か。浅霧さんは人差し指を立てて、それを缶詰に突き刺した。



「うおぉ!?」

「驚きすぎだ。お前はもう少し普通の人間だったころの常識を捨てるべきだぞ」

「いやいや、まあそうかもですけど」



 でも普通缶詰に指が突き刺さるなんて思わないでしょ。いや確かに鉄より硬いとか言われてるしあり得なくないのか?



「ほれ、お前もやってみろ」

「はぁ。あの浅霧さん。何かコツとかあります?」

「普通に指を突き刺せばいいんだからコツも糞もあるか」




 くそ、鬼かよ。ゆっくり深呼吸をして自分の手にある缶詰を見る。私が以前よく買っていたツナ缶だ。マヨとか掛けて食べたい。だめだ、これ以上変なこと考えてたらまた怒られる。




「……行きます。回天」



 そう口して股間に力を入れる。全身が漲りちょっとした全能感に溢れてくる。人差し指をまっすぐ伸ばし、缶詰を持って構えた。

 でも突き指とかしたらちょっと嫌だな。そんな弱気な事を考え、そこそこの速度、気持ち的にはちょっと強く押すような感覚で缶詰に指を突き立てた。




「お、おぉお!?」




 ほとんど抵抗はなかったような気がする。ちょっと厚めの紙を突き破った感じに似ている。




「ふむ」

「これはこれは」



 郷田さんと浅霧さんがそれぞれ違うリアクションをしている。なんだ、何かあるのか?



「――よし。今日は少し早いがもういいだろう。帰っていいぞ」

「あれ、本当ですか。じゃお先に失礼しますね」




 

 









 大した疲れを見せないで桜桃は出ていった。それを見届けてから浅霧が言葉を零す。




「彼、ここへきてまだ1週間程度でしたっけ?」

「ああ。どう思う」

「……ここ数年、いや私がここへ所属してもう10年近くなりますが、彼以上の素質は見たことがないですね」



 

 そうだろうなと郷田も考える。初めての回天を数時間維持というだけで異常なのだ。あれはただ魔力が消費されるだけではない。尋常ではなく疲れるのだ。以前例えた車のように常にエンジン全開で走り続けているようなもの。人間だってそうだ。走っていれば疲れるしスタミナも減る。だというのに魔力切れを起こさず、疲れた素振りすら見せないのは異常過ぎる。



「まだ根源魔法が発現してないんでしたよね」

「ああ。恐らく膨大過ぎる魔力が蓋をしているのかもしれん」

「魔力を消費させるのが課題って事ですか。今は良いですがいつ出動命令が来るかもわかりませんし困りましたね」

「ああ。だから出来るだけ急ぐ必要がある。悪いが明日からはお前と桜桃で実戦を想定した模擬戦闘をやってもらう。一応言っておくが本気でやれよ」

「それはもちろんです。でないとこっちが危ない。……それにしてもあの異常な魔力量はどうしてなんでしょうか」




 それはここ数日郷田も考えていた。魔力の量は個人差があるとしても、桜桃の魔力は桁が違う。普通の人間がバケツだとすれば、桜桃の魔力量は貯水タンクくらいはありそうだ。



「魔法は遺伝しないはず。そうなると…………性欲が人の数倍強いって事なんだろうか」

「――いや、そんなまさか。性欲と魔力量は比例するなんてレポートありましたかね」

「さてな。ただこのまま桜桃が成長すれば――ようやく可能性が見えるぞ」




 そういうと郷田はポケットからガムを取り出し、包み紙を破って口へ放り込んだ。




「確かに、あの人に――絶猫に勝てる逸材かもしれません」


 

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