第5話 まあ変態だな

「いいか。まず今日教えるのは初歩も初歩だ」



 そういうと郷田さんはジャケットを脱いでその辺に放り投げた。ジャケット越しで分かっていたがやはりデカい。何がとは言わないがデカい。しかしなぜ上着を脱いだんだ?



「この方が動きやすいからだ」

「――際ですか」




 くそ、なぜわかる。




「今から行うのは魔法を使う上での準備。車と一緒だ。車を運転する上でエンジンをかける必要があるように、魔法を使う上でも使うための事前準備が必要になる。イメージしろ。お前は車だ。これからエンジンをかけ走り出す!」




 目をつむる。運転席に乗り、キーをさし回転させる。そうだ、漫画やアニメと一緒だ。心臓、いやよくあるテンプレだと臍辺りか? そこから魔力的なエネルギーが全身をめぐるように!





「うおぉおおおお!!!!」





 臍に力を入れ踏ん張る。声をあげ、力を全身に回すことをイメージする!!




「うおおおおおおお!!!!! 目覚めろ私のま――」

「うるさい」

「あいた!?」




 殴られた。スリッパで頭を殴らないでほしい。普通に痛いのだが。



「なんです? せっかく私の魔力が目覚めようとしていたのに」

「いや叫んでいただけだろうが。まったくちゃんと最後まで話を聞け」




 そういうと郷田さんは少しやれやれといった仕草をしながら私の目の前までやってきた。近い、かなり近い。距離にして1mもない。くそ、妙にいい匂いするな。



「いいか。魔力の源は前にも話しただろ。ここだ」

「はぅあぁ!?」

「情けない声を出すな、馬鹿者」

「いや、いやいやいやいや!」



 

 郷田さんが思いっきり私の息子を握っている。触っているとかいうレベルではない。がっつり掴まれている。っていうか痛い!



「いいか、魔力は男性器に宿っていると言っただろう! 滾る力を股間ではなく全身に回せ!」

「くそ、なんていい加減なッ!」



 異性にあそこが触られるという私の日常になかったハプニング。だが、何となくわかる。あそこに集まる血流を全身に分散するイメージ。そう、いうなればこれは!



「そうだ! 股間を大きくするんじゃない! 全身を勃起させるような気持ちでいろ!」

「ちょッ! あんたが言うな!」



 そう大声を出した時、身体が強く膨張しようとしているのを感じた。油断すれば皮膚がはち切れそうなほど身体が膨らんでいるような気がする。それだけじゃない見える。身体から迸る湯気のようなものが。



「いいぞ。一度で発現したな。その状態を回天と呼ぶ」

「か、回天?」

「そうだ。今の状況と回天という言葉をリンクさせるんだ。最初の内は言葉で発する事でその状態になるように意識しろ」

「無茶言わないで下さい! 心臓が破裂しそうなんですけど!?」

「慣れろ、慣れろ」



 そういうと郷田さんは私から離れ始めた。



「一応言っておく。今のお前は全身を魔力で纏われている状態だ。その状態だけで一般の人間と隔絶した力を持っている」



 そう言いながら何故かグローブを嵌めている。非常に嫌な予感がするんだが。



「回天の精度が上がれば以前見せたようにお前の皮膚は鉄よりも固くなり、ナイフだろうが、銃だろうが効かなくなる」



 腕を回し、身体をほぐしているように見える。というかこの後の展開ってまさか……。



 


 

「いいか。これから俺がお前を殴る。顔か腹か、もしくは肩かもしれない。反撃はするな。避けろ」



 そういって両方の拳を勢いよくぶつけている。ガキンとグローブからなっちゃいけない音が聞こえた気がする。






「とにかくその身体に慣れろ!」



 顔面に勢いよく拳が飛んでくる。私はそれを全力で防ぐため両手をクロスして顔を守った。腕に軽い衝撃が走り、そのまま私のお腹に拳が突き刺さる。



「ぐっ」

「腕で視界を防ぐな、馬鹿者!」



 そして次に側頭部に衝撃が走った。思わず数歩後ろに下がってしまう。だがそれを許さないとばかりに一歩足が踏み込まれ、鋭い左の拳が私の頬を打った。



「目を瞑るな。瞑っていては避けられるものも、避けられんぞ!」

「いきなり無茶を言わないで下さい!」

「口を開く前に躱せと言っている」



 

 顎を叩かれた。そして止まることなく鼻先を潰すように拳が叩き込まれ私は尻餅をついてしまった。



「ほら、立て。今日はしばらくこれを続けるぞ」

「ちょっとま、待って。理由を、理由を教えて下さい。魔法を習うんですよね? なんでこんな喧嘩みたいな……」

「お前がもう普通の人間じゃないという事を理解させるためだ。桜桃、質問するが?」

「は? そりゃ痛いに決まってるでしょ!」

「どの程度だ」




 どの程度ってこんだけ殴られたんだ。そりゃかなり痛いに……あれ。




「――痛くない?」




 昔、一度だけ殴り合いの喧嘩をしたことがある。思いっきり頬を殴られた。口内を切ってしまい、顔が腫れ、痛みがずっと引かなかったような気がする。でも今はどうだ? 痛みが残っていない。いやそれどころか殴られた時、精々ヌイグルミを投げつけられたような感じだった。




「わかったか。一応言っておく。俺は全力でお前を殴った。これでも訓練しているし、筋トレも欠かしていない。さらに言えばこのグローブは特別製で中にメリケンサックのように金属が仕込んである。普通の人間相手にこれで殴れば一撃で昏倒できるくらいの代物だ。それをどうだ? 痛いと感じたか?」

「……いえ。柔らかいものを投げられているような感じでした」

「む? そうか。それは――いや、今はいいか。とりあえず理解しただろう。お前の身体はもう魔法使いのそれだ。だからまず慣れろ。そのうえで対人戦闘の訓練も並行で行う」

「対人戦闘、ですか」

「そうだ。お前が戦うのは魔法使いだぞ。漫画やアニメのように魔法合戦するのは稀だ。火や水、あとはビームとかを撃ち合うような戦いは殆どない」

「え、そうなんですか」



 魔法といえば、ファイアーボールとか、そういうのをイメージしてたんだけど違うんだろうか。




「多くの魔法使いの魔法は必ずしも戦闘向きというわけではない。魔法の効果を利用し、基本は近接武器を用いた戦闘になる事が多いんだ」

「例えばどういう魔法があるんです?」

「そうだな。例えばお前の同僚になる剣崎の根源魔法は透視だ」



 待て、待て。聞きたいことが2つあるぞ。



「ちょっといいですか。聞きそびれてたんですけど、前にも言ってた根源魔法って何です?」

「天然の魔法使いだけが使える独自魔法の事だ。殆ど同じ魔法を発現する事はなくてな、また多くの魔法の能力がその人物の根源に根差すような力が多いとされている」

「それで言うと剣崎さんの根源にある能力が透視って事ですか?」

「そうだ。服はもちろん、建物まで含めて完全に透視できる。まあ根源的な変態だな」

「えぇ……」




 

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