ベイビーアサルト 撃墜王の僕と、女医見習いの君と、空飛ぶ戦艦の医務室。【一万文字版】

いぬぅと※本作読んで作者への性癖認定禁止

第1話





 戦って勝ったのに、まさかの罰ゲーム?

 まさか、あのとこんな事しなきゃならないなんて。





「あの‥‥水、飲ませて貰っていいですか‥‥」


 僕、咲見暖斗さきみはるとは、医務室のベッドの上で弱々しくこう言った。僕の目の前には、ベッドに組みつけの小さなテーブルがあり、そこには水の入ったコップが置かれている。


「は~い。お水ね」


 するとバックヤードの死角から、白衣を着た女子が現れる。コートみたいな形だけど裾の短い、襟付きの白衣。


 彼女は僕の目の前のストローの刺さったコップを持ち上げると、そっと僕の口元に寄せた。



「上手に飲めるかな~?」


 僕は、顔と顎をできるだけ突き出して、ストローをくわえて。



 ――彼女、逢初愛依あいぞめえいさんの気配が近い。目線をコップに固定して、飲む事に集中する。


 僕の両手は、重力に従って未だベッドの上、だ。


 下を向いていたから、彼女の白衣の隙間からのぞく、セーラー服と胸のリボンが見えてしまった。よく見慣れたリボン。――だって、僕と彼女は同じ中学の同じクラス、なのだから。



 おっと、飲む事に集中。でないとむせてしまうんだった。



「あ、飲み終わった?」


 そう言いながら、逢初さんは僕の口まわりを布で拭いてくれた。柔らかくて何かいい匂いがするタオル。‥‥慌ててリボンから目を逸らした。



「ありがとう」

「いえいえ」


 右耳のすぐ上あたりで声がして、僕はぞくっとする。

 きっと、僕が体をぐいっと傾けたら、僕の頭は彼女のほっぺた辺りに当たるんだろう。


 ――まあ。動かせたら、なんだけど。






***






「うおお! 1機撃破!」


 話は2時間前にさかのぼる。僕は全高15mの、人型機動兵器の操縦席にいた。


 相対するのは「メテオロス」と呼ばれる、AIで動く無人兵器だ。丸っこい本体に目が付いていて、宙にフワフワ浮いている。



 僕は奴らが撃ってくるビームを盾で受けて、近接して槍で仕留めている最中。



「こらこら、飛ばしすぎだって暖斗くん! ビームは丁寧に避けて!」


「だってパワー差あんじゃん。このまま押し切るよ? オラ~!」



 オペレーターの指示を聞かずに力業で制圧した。全機撃破だ。



「暖斗くん。ウチの言う事聞かないんだから。後でしっぺ返しがあるよ」


 オペにチクリと言われたが、この時は気にならなかった。そのまま母艦に戻った。





 無事着艦し、整備デッキの所定の場所に人型機動兵器、DMTって言うんだけど、そのDMTデッキに機体を固定させて。エンジンを切ってコックピットハッチを開ける。


 グィ~~ン、ってモーターの駆動音と共に分厚い装甲が上下に割れて、徐々にDMTデッキが肉眼で見えてきた。




 ――っと!




 パイロットがDMTに乗り込む時の連絡橋に、大勢のシルエット。6、7人いる?


 女の子達だ。みんな僕の姿が見えてくると、パチ‥‥パチパチ、と拍手をしだした。




 実はこの艦、「空中戦艦ラポルト」は、中学2年生の僕と、同級生女子15人で運用してる。僕らが住むみなと市での「ふれあい体験乗艦」ってイベント中なんだ。


 中学生だけで軍艦を? そんなアホな!? と思うなかれ。だって史上初なんだから。古くから軍港の町として栄えてきたみなと市。最新鋭戦艦が就航するんだけど、AIでの完全自動制御をうたっているのさ!


 で、毎年地元の中学生が夏休みを利用して2週間、軍艦に乗るイベントをやってたんだけど、今年は軍人さんのサポート無し、中学2年生16人だけで運用する事になった。


 そのAI完全自動制御の最新鋭戦艦をね。16人っていうのは、このでっかい軍艦を運用するにあたっての最低必要人数。で、「ほら、中学生にも出来てしまうよ」って海外にアピールできれば、万年人手不足のこの国の軍隊が、「いや、人いなくても全然イケますけど?」っていうスゴイ宣伝になるんだって。



 そして、今日は僕の初陣。人型機動兵器DMTを用いての「メテオロス」っていう電脳機雷の除去メニュー。まあ危ない敵ではないんだけど、無事、全機破壊した。




 コックピットハッチはもうすぐ開き終わる。連絡橋の女子達はまだ拍手をしてくれていた。



 僕はシートベルトを外しながら考える。「いやあ、まいったなあ」と口もとが緩むのを慌てて噛み殺して。



 ただでさえ男子1人女子15人、艦内は女子校みたいな雰囲気なんだ。あんまり調子に乗った行動はしない方がいいよね。「イキリムーブ」とか思われたくないし。


 でも、みんなそれぞれ艦内の持ち場があるのに、7人も集まってくれてるし。――そうだなあ。右手で応えながら寡黙に通りすぎる。‥‥うん。これでいこう。正直気恥かしいしね。


 そんな思惑もあって、ハッチが開き切るのと同時くらいに、僕は操縦席を飛び出した。




 つもりだった。




「ふしゅう」

 変な息が口から洩れて。




「待って! 咲見くん!」



 艦長の子が叫んでいた。刹那。



 ズダン!! って音がして、気がつくと僕の顔前には鉄製の床があった。




 居並ぶ女子の目の前で、僕は――ハデにコケていた。

 カッコ悪! 最悪だ!





「痛ってて‥‥ぐぐ」


 走る痛みに声をあげてしまったけれど、慌てて奥歯で嚙み殺す。既に死ぬほど恥ずかしいのに、この上痛がるとか出来ないよ。



 顎と体中を痛打していた。呻きながら目だけで周囲を窺うと、あの女子達が駆け寄って来る。



 うう。やめて。痛いけどそっとしといて。

 この上女子に助けられたら、恥ずかしい+情けないレイズで黒歴史確定だ。




「大丈夫? 咲見くん?」


 いや、大丈夫だし。


「大丈夫? 咲見くん? 立てる?」


 そうだ。サッと立ち上がって、せめてノーダメージだけでもアピールしよう!



「‥‥」



 倒れた格好から、慌てて体を起こそうとして。



「‥‥‥‥!」



 四肢に力を込めて。



「‥‥‥‥?」



 立とうとして。



「‥‥‥‥!?」



 あれ? 立とうとしてるんだけど。



「‥‥‥‥‥‥‥‥!!」



 僕は、自分の体の異変に気がついた。




 首から下が、全く。





 動かない。







「大丈夫よ。咲見くん。大丈夫だから心配しないで。今からベッドに乗せるからね。ハイ、1、2の!」


 割と手際よく、周りの女子達の手でベッドに乗せられる僕。そのままデッキを出て、同階の医務室へ運ばれる。



 何が起こったのか? わからない。



 でも既に用意されていたベッドで、少し察する。あそこに集まった女子達は、僕に拍手をするために集まっていた、というよりは――僕を運ぶため?




 仰向けに寝かされて、視界を過ぎていく廊下の照明をいくつも見送りながら、僕は呆然としていた。






***






「逢初さん。来たよ」


「は~い」




 医務室に入ると共に、おっとりとした聞き覚えのある声。


 逢初さんだ。


 ウチの中学のセーラー服に、コートみたいな白衣。





「大丈夫よ。咲見くん。わたしが必ず治すから。ね? 取りあえず一旦落ち着きましょう」


 彼女の声には、不思議と安堵の音色があった。そして顎の傷を診てくれた。



 ウィ~ンと音がして、ベッドの背板が持ち上がる。上半身が起きた所で。


「あ~。挫滅創かな。痛い? ちょっと触るね? 他に痛い所ある?」


 彼女の女性的で華奢な指が、すうっと傷口付近をなぞる。彼女はその大きな黒瞳をギリギリ傷口に近づけて、そう言った。


 そのあまりの近さに、思わず仰け反る。これって恋人レベルの近さじゃね? ‥‥いや、恋人いる経験ないんだけどさ。


 そして仰け反るって言ったけど、首から下は動かないんだけどさ。



 体の方の痛みは消えていた。大した事は無いみたいだ。そのまま顎だけ手当をしてもらった。






***






 そして、現在に戻る。


 逢初さんは「心配しないで」をくりかえしていて。一応それを信じる事にした。根拠は、この逢初愛依さん、この子自身だ。




 この「ふれあい体験乗艦」は、1年かけて選抜試験と研修をやって、みなと市の各中学校から人が集まってる。僕の中学からは僕と逢初さん、それと僕の幼馴染みの七尾麻妃ななおまき。さっきのオペレーターで、みなと市立第一中学だ。


 で、この逢初さん、クラスでは目立たないし、成績も学年10位くらいなんだけど、実はぶっ壊れ性能だった。


 さっき「軍は万年人手不足」って言ったよね。僕の国は人口に色々問題ありでどこでも人手不足だ。国は中学生の僕らにもバイトとかを奨励したり、色んな制度で何とかしようとしてる。


 その1つに「若人チャレンジ試験」ってのがあって。ざっくり言うと、医者希望者がこの試験受けると医学部に行くのに超有利になって、条件クリアの成績優秀者には「準医師」とか「準々医師」とかの国家資格もくれるんだって。


 で、この逢初さん、女医になる夢の為に本気ガチムーブ。「準々医師」の試験を楽々クリアして「準医師」にも受かった。全国で中学生でクリアしたのは10人程で、2年生でのクリアは彼女だけ。しかも「準医師」は満16歳からだから、今回は「準々医師」資格で「船医枠」としての乗艦なんだって。




 ここに、史上初! 現役JCにして現役女医。白衣 オン ザ セーラー服、という「属性のウニいくら丼キャラ」が爆誕した。「女医さんがJCのコスプレしとる」でも「その逆」でも無いからね!




 その逢初さんがほんわか笑顔で「大丈夫よ~」って言うから信じる事にした。‥‥まあ大人のいないこの状況で、他に選択肢も無かったのさ。






***






 水を飲み終えた僕を、逢初さんの澄んだ瞳が見つめていた。



「‥‥‥‥そろそろ説明する?」


 彼女が、首をかしげた。



 透き通るような白い肌と、整った知的な顔立ち。でも、まだ表情はあどけない。白衣が無かったら、お医者様だとは誰も思わないよ。


 そして、いいタイミングだった。さっきより気持ちが落ち着いてきてる。





「咲見くんの症状は、『MK後遺症候群』って病名がついてるの。MKは『マジカルカレント』の略。一応軍事機密ね。簡単に言うと、咲見くんがDMTを操縦すると脳から『マジカルカレント』って特殊な脳波が出て、感応したDMTのエンジンが高出力化するの。だけどその反動で、こんな風に動けなくなっちゃう」


「え? 代償大きすぎない!? そんなにパワーアップ‥‥してたかな?」


「わたしDMTの事はわからないけど、この病気の問題点は2つあるの。今みたいに体を動かせなくて戦えない点」


「あ、そうだよ。今敵来たらヤバイ」


「うん。今戦艦は停止して遭遇率下げてるよ。そしてその2。回復する為に、栄養補給と休息を取らなくてはならないの」


「‥‥回復? 治るの? 僕の体」


 僕は女神に祈るような顔で、逢初さんを見つめる。



「治す、大丈夫って言ったでしょ。ちゃんと栄養剤飲んで寝れば‥‥そうね。明日の朝には快方に向かう筈」





「良かった~~!!」


 僕は全力で叫んでいた。



「不安だったよ! だっていきなり体動かないからさ。一生このままかと! そっか。治るんだ~」




 飛び跳ねんばかり(出来ないけど)の僕に対して、逢初さんは物憂げだった。



「そうよ。でもお話ちゃんと聞いて。可及的速やかに栄養補給をしないと」


「栄養剤? 飲む飲む! 薬が苦いとか、そんなガキみたいな事は言わないよ!」




 有頂天の僕。その僕の眼前に、「それ」は置かれた。

 彼女は僕から目を逸らし、急に髪をさわりだす。




 そして僕は、「それ」を見つけて絶句する‥‥‥‥!!






「‥‥‥‥マジ? え? これで飲むの?」





「うん。『これ』がベストなの。今の暖斗くんは後遺症の真っ最中。摂食嚥下せっしょくえんげ――もぐもぐとごっくん、が上手くできないから」


「いや、ちょっと待って!」


 僕は堪らず絶叫した。







「これって! ほ乳瓶じゃないかああぁぁ!!」






***






 少し落ち着いてから、逢初さんの説明を受けた。摂取する栄養剤に少し粘度がある事。だから水も上手く飲めない今の僕は、ストローでは難しいこと。――実際、少量試したけど確かに飲めなかった。




 そして。




 説明が終わる頃、僕にある1つの疑問が浮かぶ。


 それは、口にするのも恐ろしい疑問だ。







「あの。僕今、体動かせないんだけど。その、仮にだよ? その、ほ乳瓶で栄養剤を飲むとして‥‥‥‥えっと、一体、いったい誰が僕に飲ます、と‥‥‥‥?」






 逢初さんはまだ顔を背けたままだった。俯いて、潤んだ目を見開いている。


 その頬がみるみる紅潮していく中、彼女は言った。







「‥‥‥‥それは‥‥‥‥わたしが」






***






「うおお!」


 その2日後、僕はまた出撃していた。敵機メテオロスが出たからだ。



「よっし! 1機撃破――ってヤバ!」


 インカムから聞こえるこの声。オペの麻妃だ。不穏な事態を告げる。




「暖斗くん! 残りが母艦に行っちゃった」


「――え? 母艦守る為なのに、艦やられたらダメじゃん?」


「全速力で戻んないと!」



 僕らって結局、素人民間人なんだよね。で、困った僕から提案する。



「MK使おう」


「‥‥いやいや暖斗くん。この前寝込んだでしょ? 意識して使ったらもっと重篤だよ」


「なんて言ってて母艦落とされたらアウト。いいからエンジン回路の電圧上げて!」





 しぶしぶ了承する麻妃を尻目に、僕は息を大きく吸って、吐く。エンジンに意識を集中させる。――たったこれだけが、発動条件だ。これで、ほら。


「重力子回路」の抵抗値が変わる。大重力がタービンを回す!


 エンジンの駆動音が変わった。重低音から高い金属音へ。猛獣の唸り声の様に吹き上がっていく。パネルの色んな数値が、ハイゾーンに入る電子音!




突撃アサルト!」




 僕は槍を構え、ラポルトへ向けて跳躍した。






***






「は~い。よくできまちた」



 それから90分後、前回と同じ様に、僕は医務室のベッドの上にいて。逢初さんに介助してもらっていた。



いや、一点、相違があるよ。





「あの、逢初さん‥‥」


「は~い」


「個室貰ったのは嬉しいんだけど、ここ、『授乳室』って表札が」



 彼女は顔を伏せて、手の中の白い液体を冷ましている。


「うん。わたしが咲見くんを『介助』するでしょ? 人目から隠す配慮よ。元々あった授乳室だけど、中学生じゃ絶対使わないからね」


 当たり前だ! このメンバーで妊婦出現したら、100%犯人僕じゃん!?




「あ、そろそろ。じゃあ、咲見くん口開けて。ハイ。あ~~ん」





 1回目の出撃の時。この栄養剤をほ乳瓶で飲むって話だったんだけど、僕が全力で拒否。

 で、逢初さんにスプーンで口に入れてもらう次案になった。


 これは正直、彼女の負担が大きい。すっごい申し訳ないんだけど、止むを得ないよね‥‥。


「何か文鳥に餌あげてるみたい。ふふふっ」






***






「うおおおん!」


 3回目の出撃。朝7時。まだ眠い。


 敵が逃げてばっかだから砲戦になった。深い森に光弾が交錯する!



「暖斗くんバランス! DMTのエネルギーをビーム、機動、バリアに上手く振り分けて」


 オペの言う通りだ。強いビームで敵のバリアを割らないと倒せない。けど、機動をケチると被弾するし、食らいすぎるとこっちのバリアが割られる。バリア残量ゼロで被弾したら、愛機が実損しちゃうよ。



 ええい。もうよい。我が能力チカラを喰らうがよい! と心の中で叫びながら、あの能力を発動する。



「うおお!」


「あ、またズル能力使った。――確かに全性能、強化バフがかかるんだけどさあ。ま~た寝込むつもりだよ。このパイロット!」

 と、オペの麻妃がチクリ。

 


 無事、全機撃滅。





「ふしゅう」


 また変な息を吐きながら、DMTハッチの前で僕は脱力した。







「しまった。朝飯前だった」


 後悔しても遅い。朝食があの栄養剤とは。




「ミルクできまちたよ~♪」



 個室に愛依さんも入ってきた。――そう、昨日から逢初さんを下の名前で呼ぶことになった。原因は僕。「愛依」を「あい」と読んだから。「毎回ちゃんと『えい』って呼んで」と。


 最近少しだけ彼女と仲良くなったんだ。好きなアニメの話とかして。


 DMTを駆って戦艦を守るのが「パイロット枠」の僕の任務。だけどもう1つ、この艦を守りたい理由モチベができた。




「あ、暖斗くん、ちょっと」


 愛依さんはタオルの端で、僕の目尻をなぞる。


「ふふ。汚れてたよ? 顔洗ってないの?」


「寝起きで出撃して。それ所じゃ無かったよ」


「女子もバタバタよ。麻妃ちゃんも『寝ぐせが~』って」


「アイツはいつも帽子じゃん」


「うふふ」





 愛依さんは、僕の傍らに座った。


「じゃ~~ん」


 取りだしたのは、ピンクの生地にうさぎと犬のアップリケがついた、前かけだ。



「‥‥‥‥何それ」


「ふふ~。かわいいでしょ? 作ったのよ。わたしのエプロンとお揃い」


 確かに。愛依さんはいつもセーラー服の上に白衣だけど、水仕事とかする時はピンクのエプロンだった。うさぎと犬のアップリケ付きの。両方彼女のバイト先の小児科から、借りパクしているとか。




「着けないよ」


「ええ~? せっかく作ったのに。それに暖斗くんミルクぽたぽたよ」


「嫌だよ。飲むの下手だけど、それは断固拒否する」


「え~~。せっかく赤ちゃん度数も上がるアイテムなのに」


「‥‥‥‥ッ!」





 結局スプーンで飲んだけど、確かに少しパイロットスーツの襟に垂れてしまう。基本操縦席で倒れるから、服を着替えずここに来る。うう、どうしよう? このスーツ2着しかないんだった。





 その後、例のアップリケを着ける着けないで小競り合いをした。愛依さんは、動けない僕の首もとに布を当てて爆笑してた。やめろし。


 僕が本気で嫌がるほど、彼女は笑った。


「あ~もう‥‥お腹痛い。もったいないな~。かわいいのに」






***






 その夜、また艦内に警報が鳴った。


「え? 敵?」


 僕は、ベッドから跳ね起き――れない!


「暖斗くん!」


 授乳室のドアが開いて愛依さんが現れた。このままでは――!






 僕は意を決した。






「飲むよ! ほ乳瓶で!」


「え?」


「用意して。僕が戦わないとこの戦艦を守れない。ほ乳瓶で一気に飲む! 愛依さん。準備を」


「う、うん」


 もう、この際体裁とか気にしている場合じゃない。それよりも大切な物ができたんだ。馬鹿にするヤツがいればすればいいさ。僕は、僕の使命を果たす!





「いいの? 暖斗くん‥‥」


 彼女が戻ってきた。その手には ほ乳瓶。


「頼む。目、閉じてるからその間に」



 こくりと頷く愛依さんが、心なしか生気がないように感じた。首の後ろに手が回され、右肩越しに彼女の吐息と体温を強く感じる。



 ――が、僕の口もとにあのおしゃぶりが来ない。あれ? と思って目を開けると、手で顔を覆った愛依さんがいた。






「‥‥‥‥わたし、あなたのお母さん‥‥とかじゃないし‥‥‥‥」






 ほ乳瓶でミルクを飲むミッション。


 恥ずかしいのは、僕だけじゃ無かった。








「ほら、愛依さん僕に言ってたじゃん。『早く飲まないと糖代謝で筋肉が』とか『誤嚥性肺炎のリスクが』とか」



 あ、ダメだ。でっかい目がうるうる。この娘(こ)を責めても良くない。朝から寝てたお陰で少しだけは動ける。これで行くしか。


 と、無理矢理起き上がろうとした所で、ある物が目に入る。――そうだ。あれなら。




「ね! 愛依さん。照明消そうよ。そしたらお互い恥ずかしくないよ!」



 聞いた彼女は一瞬で理解する。

「あっ! 名案! じゃあ電気消すね?」




 彼女が立ち上がってスイッチまで動く。この医務室は戦艦の深奥部。

窓は無いから真っ暗闇。





「全然見えない。暖斗く~ん」


「ここだよ~」


「意外と距離感が」


「僕は動けないから」


「うん。じゃ、首に手を回すね‥‥きゃっ!」




 グラリ、と部屋が揺れた。この揺れ――そうだ。敵に近接されて、戦艦が回避運動始めたんだ。急がねば!




「揺れるね。暗闇だとキツイけど、早く栄養剤を!」


「うん。‥‥ここ?」


「ぎゃッ! 僕の目だ!」


「ご、ごめんなさ‥‥ひゃっ!? 暖斗くんどこ吸ってるの?」


「え? だって‥‥」


「違うよ。だめ」


「じゃ? これ?」


「ひゃあああああ!!」






 パチン、と音がして再び部屋に明かりが灯る。僕の目の前には、口を結んで目を逸らし、身を強張らせた愛依さんが立っていて。






「‥‥‥‥ごめん。やっぱり無理」 「だよね~」


 僕は食い気味に返事をした。






***






「艦長怒ってたぞ。早く体調戻せってさ」


 授乳室に、珍しく麻妃が来ていた。


 赤い野球帽にショーパン姿。愛依さんを含めて皆、艦内ではそれぞれの学校の制服を着てる。学校行事だから。


 だけどこの麻妃だけは堂々私服。同じ中学だけど、コイツの制服姿もう忘れたよ。



「あっ」


 愛依さんが入ってきた。僕と目が合うなり、右手で左手の肘を掴んで、身を強張らせる。昨日、暗闇でニアミスして以来、こんな感じだ。


 ‥‥‥‥わかってるよ。すっかり警戒されてしまった。僕はあの時体が動かないし、誤解だとは思う。


 思うけれども、もう上手くは喋れない空気感。栄養剤を「ミルク」って呼ぶの止めて欲しかったんだけどなあ。





「ウチの話聞いてる? 戦艦のエネルギー大分使っちゃって、今後の予定に影響出るかもだって。ああ~暖斗(はると)くん。やっちまったなあ」


 麻妃は、芸人みたいな口調でそう言った。

 そう。やっちまったんだ。





 結局昨日は、僕は出撃できなかった。というか、僕らが医務室で「飲む、飲まない」と揉めてる内に、戦艦の主砲が火を吹いて。


 巨大戦艦の主砲は強力だけど、敵機には当たらないんだよね。的が小さすぎるんだ。やっぱりDMTで迫撃しないと。


 で、主砲を「放射状」にしてクラッカーみたいな散弾をむりくり当てて、バリアを削り倒したんだって。そしたら撤退してくれたと。その代わり戦艦のエネルギーを大分消費しちゃいました。





「この個室で愛依と何してんのか知んないけど。MK使わずに勝とうゼ☆」



 確かに。あの能力を使わなければ、後遺症も最小値な筈だ。


 サムズアップして爽やかに去ろうとする幼馴染みに、僕は視線を向けた。



「‥‥‥‥どした。暖斗くん」


 通じた。麻妃とは阿吽の呼吸。僕に耳を寄せてくる。





 僕ももう、大分体が動く様にはなっていた。愛依さんから退院の許可をもらって、医務室の隣にある食堂に行く。丁度朝食の時間だけあって混んでいた。




 でも僕以外は全員女子。雰囲気は女子校。




 色んな制服が見える。文化祭の一幕か? みなと市JC制服博覧会だ。


 軍服みたいな黒っぽいカーキ色は、国防大学の附属中学。艦長さん達、艦をメインで動かしてる子達だ。

 隣のテーブルで寛ぐ水兵みたいなゆったりズボンは、海軍中等工科学校。DMTとか機械のメンテを一手に受け持つモノ作り系女子達。

 ピンクのブラウスにチェック柄のスカートが、スポーツ進学多い周防すほう中。私立だね。

 後は、塞ヶ瀬さいがせ中。白ブラウスに黒い合服は、男子に密かに人気。



 この中に私服の麻妃が入ると浮くなあ。まあ僕もTシャツに短パンなんだけどね。



「‥‥で? なんの相談? 暖斗くん」



 僕は麻妃に、後遺症とその回復方法、あと昨日の医務室での顛末を話した。



「まあ、MK使いすぎると、後遺症が出て戦線復帰が遅くなるとは聞いてた。でも回復方法がそんなだとは。戦う、いや、『突撃する赤ちゃん』じゃない?」


「笑いごとじゃないよ。愛依さんはよそよそしくなっちゃうし。僕は体動かないんだから濡れ衣だよ!」



 無実を訴える僕に、麻妃はニヤニヤしてるだけだった。朝食をトレイに乗っけて持ってくる。


「いやあ。コレは重大インシデントだよ暖斗くん。自己弁護ばっかせずに、愛依の立場で見てみたら?」






***






 数日後また敵と遭遇した。満を持して僕のDMTが出撃する。




 あれから愛依さんとは話して無かった。体調チェックとかで顔は会わすんだけど、前みたいな感じじゃあ無くて。――きっと、もう嫌われたんだろう。






 戦闘は厳しい状況だった。小型のメテオロスが8機。1機が囮になって僕を引き込んだ。待ち伏せで包囲射撃を受けた僕は、一気にバリアを喪失する。


「暖斗くん! MKで何とか!」


「‥‥それが‥‥上手くいかないんだ!」




 そもそも、意識を集中するだけで発動したMK。逆に出来なくなっても、原因もわからない。


 ピンチになって集中できないのか? あるいは‥‥‥‥?








「戦って!」


 インカムから、澄んだ声。


「ごめんなさい! わたし、逃げてたの!」




 愛依さんだ。


「暖斗くん!!」



 敵の包囲を外しながら、飛び交う光弾を必死に避ける。



「‥‥愛依さん!」




「ごめん。暖斗くん。心配しないで。必ずわたしが治すから。ちゃんと向きあうから。それは、わたしにしかできない事だから!」





 ああ、そうか。そうだったんだ。


「あなたが戦ってくれたから、みんな無事だったんだよ。ありがとう! 暖斗くん‥‥!」





 僕と、このは、合わせ鏡だったんだ。





 たった一人の医療従事者。しくじれば、後が無い。

 たった一人のパイロット。しくじれば、後が無い。





「わたしは、暖斗くんを信じる。がんばって!」





 僕も、君を信じるよ。守り抜くよ。たとえこの身がどうなっても。







 エンジンの音色が変わる。まるで、森を震わす巨獣の咆哮だ。出力が臨界点を超えた警報で、コックピットが埋まっていく。


 僕のDMTは、光の帯と竜巻を纏っていた。初めて見る。MKを本気でやった時のエフェクトだ。






***






 それから、数日後。


 医務室。また艦内に警報音が鳴る。



 僕は、先日の全開戦闘でまだ寝込んでいた。そこへ、現れる愛依さん。





「‥‥どうしよう。もう治さないと。‥‥コレ、いっちゃう?」



 もじもじと上目づかいで、上半身を揺らしながら。


 後ろ手に組んだ腕から見せた物は。






 あの、ほ乳瓶、だった。






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