第17話 趣味
八光社長は新しく用意されたお茶を啜り話しを続けた。
「3ヶ月後に名人の家に行きました」
「そしてなぜか名人の家の前には数台の黒塗りの車とこわもての男達が立っていたのです。男達は私を見るなり凄い形相で向かって来てそのまま黒塗りの車に乗せられました」
名人とヤクザの様な連中に何か関わりがあったのだろうか?
「大丈夫だったんですか?」
「ええ、あの時は本当に驚きました。残り少ない髪がかなり抜けてしまう程に…」
ゴクリ…
「車に乗るとそこには名人が既に乗っていました」
(おう、行ってくれ)
「名人がそう言うと車は走り出し、他に止まっていた車も続きました。私は名人にどこに行くのか聞きました」
(どこって、工房に決まってるだろう。しばらく走るからゆっくりしてくれ)
「そう言って車に備え付けられた冷蔵庫から冷酒を出してくれたんです。それを飲んだらいつの間にか眠ってしまって目的地に着いた時に名人に起こされました」
怪しすぎるでしょ?その名人。
「車を降りるとそこは全く知らない山奥で…」
「目の前には立派な門が有りその奥には立派な日本家屋がありました」
「そこが工房だったのですか?」
壇ノ浦が聞く。
「だと思います…ですが工房にしては立派でまるで修行僧でも居るお寺の様な佇まいでした。実際、門の両脇には修行僧が着る様な服を着た男が二人立っていました。しかも二人とも立派に禿げ上がった頭をしてまして」
鬘を作る工房で禿丸出しの人が居るものだろうか?禿と鬘で関係はありそうだが。
そう思ったがとりあえず話しを聞いてみる。
「違和感はあったのですがそのまま中に入りました」
………
しばらく八光社長は沈黙した。
どうしたのだろう?
八光社長は彼女を見て言った。
「本城さん、あなたなら知ってますよね?」
何をだろう?確かに名人の孫である彼女なら工房にも行った事があるだろうが…
「私はそこからの記憶が無いのです…」
え?
「覚えているのは自宅で気が付いた時には若い頃のフサフサした頭をした私を鏡で見ていました。どうやって帰って来たのか、頭には確かに見事な鬘が装着されていましたがそれをいつ頂いたのか…」
そんな事があるのだろうか…
私も彼女を見た。
彼女は不適切な笑みを浮かべ答える。
「八光社長、それについては秘密ですよ?」
………
何やら得体の知れない雰囲気が漂った。
「え。あ、ああ、そうでしたね…」
八光社長は虚に思い出した様にそう言って黙ってしまった。
「その後名人とはお会いしたんですか?」
壇ノ浦が妙な雰囲気をぶち壊して聞いた。
「ええ、何度かこの会社を尋ねて来られました。頂いた鬘の具合を見に来ていましたね」
「その後はお会いする事はありませんでした…」
八光社長は再度彼女を見て言った。
「名人はお元気なんでしょうか?」
彼女は少し悲しげな顔をする。
「祖父は亡くなりました」
八光社長が肩を落とす。
「そうですか…まともなお礼もまだ出来ていなかったのですが。残念です」
「それと祖父は鬘職人ではありません」
八光社長は驚く。
「どっどう言う事でしょうか?」
「鬘作りは趣味と言ってました」
八光社長が唖然としていた。
「それでは名人ではなかったのですか?」
壇ノ浦が聞いた。
「名人かどうかはわかりませんがよく有名な方達などの鬘を作っていました。その方達が噂を広めたのではないでしょうか?」
「有名と言うと?」
壇ノ浦が食い気味に聞く。
「お教えしてもいいですがここだけの話にして頂かないとどうなるか責任は持てませんので」
私を含め他の二人も妙な緊張感が走った。
「他へは漏らさないと誓います」
壇ノ浦が左手を上げて言った。
私と八光社長も頷いた。
「そうですね、例えば
………
「まさか、元総理大臣の沢口健太郎ですか?!」
よせ!私をそんな目で見るんじゃない!絶対君の好みにはなりません! りるはひら @riruha-hira
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