第15話 幻の名人

「お二人ともそろそろお仕事の話をさせて頂いても…」


 見つめ合う二人に恐る恐る問いかける。

 これ以上は見ていられない。


「ああ、すみません。思わず感動してしまいまして皆さんのおかげでこの年で生まれ変わる事が出来た気分です」


 八光社長がこちらを見て言った。壇ノ浦と手を握ったまま。


「私も同じなのです、社長。三上姉さんのおかげで今の私があります!」


 壇ノ浦は私の隣にいる彼女を見つめる。八光社長と手を握ったまま…


 もういいだろう、いい加減離れようよ君達…


「八光社長、前回の契約の件は撤回させて下さい。私が愚かでした」


 壇ノ浦は更に手を強く握り八光社長に言った。


「ええ、ええ、今の壇ノ浦さんであればそう言ってくれると信じておりました」


 八光社長も強く握り返す。

 その後ようやく手を離した。


「光丘さんにもご迷惑をお掛けしました!」


 ゴン!


 壇ノ浦は頭をテーブルに打ち付け頭を下げた。

 下げられた頭は地肌が鏡の様に私と彼女を映し出さんと輝いていた。

 ワックスでも塗っているのか?


「お二人とも、ちゃんとケヤして下さいね」


 ケア… 彼女の事だから仕事の事ではなくて禿の事なのだろうな。


「田辺さん、ご心配おかけしましたがこれからも宜しくお願い致します」


 ゴン!


 八光社長まで額をテーブル打ち付ける様に頭を下げた。

 社長まで真似しなくてもいいのに…

 ほら、また絵面がすごいから!

 並んでるから、禿が並んでる!

 二人とも光ってるから!


 こうも禿散らかされると商談はうまく収まったのに何か負けた気分になるな…


 彼女を見ると二つの禿に食い付くかと思ったら少し観察した程度で素の表情に戻っていた。


「お二人とももう結構ですので頭を上げて下さい」


 眩しいです! と言ってやりたい。


 八光社長は頭を上げると手に持っていた鬘をテーブルに置いた。


 それを見た壇ノ浦が言う。


「社長、前から思っていたのですがその鬘?随分繊細な作りですね?」


 確かに髪の色艶や八光社長が付けていた時も全くわからない程自然な仕上がりだ。


「わかりますか?実はこれは幻の名人が作った鬘なんですよ。若い頃にたまたま名人に会いまして作って頂いたのですよ」


「素晴らしい出来で若い頃からずっと愛用してます」


 鬘にも名人とかいるのか。


「私も聞いた事がありますね、唯一無二の職人で本物の髪よりも本物らしく付けた人は誰一人見破られる事が無いとか」


「ええ、そうです。実際素晴らしいですよ。ずっと使わせてもらいましたが誰も鬘とわかりませんでしたから、壇ノ浦さん以外は」


 壇ノ浦は自身の頭をひとなでして言った。


「私も全然わかりませんでしたよ、たまたま社長が鬘を外す所を見た事がありましたので」


「そうでしたか、家以外では滅多に外さない様にしていたのですが中の髪が乱れた時がありましてその時外したのを見られたのですね」


 中の髪? ああ、切られたバーコードの事か。

 あれが鬘の中でずれたのかな。


「社長、ちょっと見せて頂いてもよろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


 八光社長は鬘を壇ノ浦に差し出した。

 壇ノ浦裏はわさわさと触って確かめる。


「こ、これはすごいですね!まさに本物の髪だ!」


「そうでしょう、かの本城喜一ほんじょうきいちが作り出した名人です」


 本城喜一と言うのかその名人…


 ん?本城?


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