第36話『ハリセンVS両手剣』
全力の俺の一撃。
ハリセン越しとはいえ、俺の全力を受けては勇者もただでは済まないだろう。
なので。
ギィンッ――
「………………は?」
粉々に砕けたのは勇者自身。
……ではもちろんなく、彼が持つ両手剣だった。
俺の狙い通り、ハリセンによる一撃を受けた両手剣が呆気なくその刀身を消し飛ばされたのだ。
「なんで……。そんな。武器でもなんでもないハリセンなんかで……。そんな……」
ハリセンなんかで剣を破壊された事がしんじられないのか、勇者が呆然としている。
俺はそんな勇者の首をぐいっと持ち上げた。
「お前……いい加減にしろよこの馬鹿勇者!! 何も知ろうともしないで魔王様が悪い? 魔王さえ倒せば全部解決する? そんなもんただの思考の放棄じゃねえか! そんなのただの逃げじゃねえか! ふざけんのも大概にしろ!!」
「なにを……」
「イリィナ様は逃げなかったぞ。どんな理不尽な目に遭っても。自分の信じてたものが嘘っぱちだって知ってもなぁっ! それでもイリィナ様は目を背けずに歩いたんだ。ただ前に向かって歩き続けたんだ。逃げずに進んだんだよ!!」
宰相であるジーに裏切られても。
集団で魔族を攫い、奴隷としてこき使うのが人間であると聞いていたのに、真実はまるで違ったと知った時も。
どんな時でも、イリィナ様はその真実から目を背けなかった。
それらをきちんと受け入れたうえでイリィナ様は自分の夢に向かって一歩、また一歩と歩みを止めず歩いたのだ。
「言っておくがな! イリィナ様はお前なんかよりも悲惨な人生を送ってるんだよっ!!」
「な……ふざけるな! 俺の事を何も知らないくせに!! 俺は――」
「知ってるよ! 生まれた村が魔物によって壊滅して、それで赤ん坊だったお前は師匠に拾われたんだろ!? だからお前は自分の親も知らず、友達も居なくて寂しさを憶えてる。その後も魔物によって色んな村が滅ぶのを見て。それで師匠と一緒に旅の途中なんだよなぁ!?」
「なっ……なんでそれを――」
「そんな事はどうでもいい!! 俺が言いたいのはまだお前はマシな方だって事だよっ。なにが孤独だ。お前には信頼できるお師匠様が居るだろうが! それに比べイリィナ様には信頼できる相手なんて誰も居なかったんだぞ!? 親も家族も誰も信じられず、彼女はずっと独りだったんだ。その後いろいろあってイリィナ様は自分が生きる為に成り行きで魔王になって、それでもその責務から逃げなかったんだ!!」
傷ついて、傷ついて、傷つきまくって。
それでもイリィナ様は一度も逃げなかった。
だからこそイリィナ様はとても可憐で、苛烈で、美しいんだ。
それなのに――
「そんなイリィナ様の事を何も理解しようともせず、会話すらしようとせずに邪悪だのなんだの好き放題言いやがって。そんな状態でみんなを救う? だから魔王を倒す? ざっけんなっ!! そんなのただ自分が気持ちよくなりたいだけじゃねえか!」
「ち、違う!! 俺は――」
「何が違う? 師匠との旅で色んな人を助けて。それでお礼を言われて気持ちよかったんだろ? 救われた気持ちになれたんだろ? だから人の為に自分の力を使いたいと思ったんだろ?」
「それ……は――」
「もちろん、それ自体は否定しねえよ。承認欲求のない人間なんて居るわけがない。自分の行動によって誰かが救われて、感謝してくれて。それで自分の力を使いたいと思う。それについては別になんとも思わねえよ」
「ならっ!!」
「だけど、それだけに囚われるのは違うだろ。お前は相手の事情について何も考えず、ただ自分の都合のいいように考えるだけ。だから魔王であるイリィナ様を勝手に悪だと断定してその剣をイリィナ様に向けた。イリィナ様は最初から争う気はなくて、話し合いを希望してたのにな。それなのにお前は聞く耳すら持たず自分の信じたい真実だけ見てその剣をイリィナ様に向けたんだ! 俺はその事が許せなくて、ムカつくんだよ!!」
そうして言いたいことを言いまくって。
けれど、勇者からの反論はなにもなかった。
ぐぅの音も出ないのか。
勇者はただ呆然とするのみ。
「ちっ――」
なんかまだ色々と言い足りないような気がするけど……今はそれどころじゃないか。
そう思って俺は勇者の首から手を放し、解放する。
その時だった。
「――――――言ったはずだぞアルト。お前はまだ修行の身。後先考えずに飛び出すな。勇猛さは人を殺す。臆病であれ。ただし、恐怖に吞まれるな……とな」
ゴォッ――
俺と勇者を分断するかのように炎の壁が現れた。
これは――
「メ、メールド師匠!?」
メールド・ディセンバー。
過去、王国の騎士団にて多大な戦果を挙げた男。
次期騎士団長候補だったが、同じ騎士団に所属していた兄と争うのが嫌で騎士団から抜け出し、今は流浪の旅をしている男。
そんな勇者の師匠が今、ついに現れた。
「退くぞ、アルト。お前はここで死ぬべき存在ではない。お前こそが魔王を倒す唯一の希望なのだ」
「師匠。でも、俺は――」
ゲームで見たことがないくらい動揺している勇者。
そんな勇者にメールドは静かに言う。
「迷うな、アルト。魔族はあの手この手で我らを揺さぶる。ゆえに、奴らの言葉に耳は貸してはならん。お前が奴らに何を言われたのかは知らんがな」
「師匠……」
「それよりも急ぎ退くぞ。悔しいが、我らではまだこの者達には勝てん」
「師匠っ。でも、まだ街の人たちが――」
「無駄だ。もう一人の生き残りも居ない」
「っ――」
「こんな悲劇を無くすためにもお前は強くなれ。この俺をも超える才がお前にはあるのだから」
「………………はいっ!!」
そうして。
勇者とメールドはその場から立ち去った。
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